78円の愛情表現 屋上に行くと、何故かそこには落胆した面持ちの野郎共がいた。放課後。不覚にも職員室に呼び出しを食らってしまったオレは、さっきまで教師にどうでもいいいようなことを延々と聞かされ続けていた。わざわざ職員室に呼び出すほどのことかと思える内容で、説教を聞いている途中何度もあくびを噛み殺していたほどだ。 しっかし職員室に呼び出されるとはな……。別にケンカ売ってきたやつを返り討ちにした挙句、校舎のglassを二、三枚割っちまっただけじゃねーか。たったそれだけでここまで怒ることはねぇだろう。calciumが足りてねーんじゃねぇか? こういうイライラした気分のときは屋上でtobaccoを吸うに限る。屋上なら生徒は立ち入れないし、教師も滅多ことではここまでこない。生徒会のみ屋上の鍵を持っているため、オレは何不自由なく授業をサボることができるようになった。つっても歴代の生徒会役員の何人かが合鍵を作っているために、生徒会役員のみが屋上を使えるということではないのだが。 「……Bad Earlier visitorか」 屋上には何故か真田に、それに引っ付いている猿、そして相変わらず派手な色男がいた。ただ真田の野郎はともかく残りの二人の様子がおかしい。不審に思いながらも俺はそいつらの下へと近づいた。 「Hey なに暗ェ面してんだ?」 「竜の旦那……あんたさ、あの子にどういう教育してんの?」 猿の奴が短い溜息とともにこう言った。猿のやつが言う意味、そして「あの子」が誰なのかわからず、オレは「What?」と短く訊き直す。すると猿のやつは再び溜息をついた。なんだか馬鹿にされてるみたいで腹が立った俺は、ギュッと拳を握り締める。 「ここまで愛のこもってないチョコも初めてだなー……」 と、これは色男。頭上に広がる青い空を見ながら気の抜ける声で呟いた。遠い眼差しは正直どこを見ているのかわからねぇ。空を見ているはずなのに空を見ていない、そんな気さえした。もしかしたら空に浮かぶ未知の世界への扉を見ているのかもしれねぇ。よく見ると二人の手にはchocoが握られている。オレは思わず自分の目を疑い、数回瞬きをした。今日はvalentine's dayだからchocoを持っていてもおかしくはねぇが、こいつらの手の中にあるのはvalentine's day chocoとは程遠い代物だったのだ。 「板choco……?」 いつでもどこでも売っていそうな板chocoが握られていたのだ。wrappingなんてモンは一切ねぇ。かといってmessage cardがあったとも思えねぇ。本当にただの板chocoである。なんでこんなモン持ってんだ? いつもなら「chocoが食いたかったからこんなもん買ったのか」で済まされる。しかし皮肉にも今日はvalentine's day。こんな日にわざわざ自分でchocoを買う男はいねぇはずだ。たとえ食いたいと思ってもわざわざ自分で買うような真似だけは絶対しねぇ。したらなんとなく負けた気分になっちまうじゃねーか。となると、だ。 「……まさかと思うが、それはvalentine's day chocoか?」 猿と色男が黙って大きく首を縦に振った。言葉を失くした俺は、しばらくの間落胆している二人を眺め続けていた。なんというか気まずい沈黙が流れる。たった数十秒のこと。だがたった数十秒がとてつもなく長く感じた。 valentine's dayに百円の板choco……すっげぇ女もいるもんだ。いくら義理つっても百円の板chocoはねぇだろう。せめてribbonの一つでも結んでおくとか、包装紙に包んでおくとかしておけばまだましだったというのに。まさか買ったときの状態でやるなんて、どんだけ肝っ玉の据わった女なんだ。クク……その面を拝んでみてぇもんだ。 「……笑ってるとこ悪いんだけどね、竜の旦那」 猿が白い目で俺のほうを見ずにこう言い出した。オレは込み上げる笑いを抑えきれず喉の奥で笑っていると、猿が口元に薄っすらと笑みを浮かべてとんでもない一言を言ってのけた。 「―――これくれたの、華那だからね。あと百円じゃないから、七十八円だから」 「……………What?」 込み上げてきていた笑いが一瞬で引きやがった。口が半開きのまま閉じることができない。 「……これを、華那が?」 もう一度確認のために訊くと、猿と色男が大きく頷きやがった。こういうとき、彼氏としてどんな反応をするのが良いのだろうか。オレ以外の野郎にchocoを配っていたという事実を知り、オレの中ではドロドロとしたものが漂いだしたのがわかる。しかし今回はそれ以上に、オレの男としての心情が勝ったようだ。 「……いくらなんでも、これはねぇよな」 今回ばかりは猿や色男に同情した。義理っつってもこれはあんまりだったからである。オレも男だ、chocoをもらう野郎の気持ちは大いにわかる。わかっちまうからこそ、こいつらに同情したのだ。おまけに百円じゃなく七十八円。あんたは百円の価値もないと言われたようだ。 ……が、同情する反面、ざまーみやがれと思う気持ちも少なからずあった。義理と本命の差がここまであると、彼氏としてはちょっとした優越感に浸れるのだ。オレがもらうはずのchocoをこいつらの前に突き出せば、どんなreactionが返ってくるだろう。悔しそうに顔を歪めるのは必然だろうな。 「そういや伊達はどんなチョコをもらったんだ?」 「Ah オレか? オレはまだだ」 「あ、もらえなかったんだ」 「うっせぇぞ猿!」 別にもらえなかったというわけではない。華那が「恥ずかしいから放課後に渡す」っつって、恥ずかしそうに目を潤ませながら言うもんだから、仕方なしに今まで待ってやっただけだ。し、仕方なしに決まってんだろ!? 誰があんなお子ちゃまに色気なんか感じるか。 「……で、放課後になったはいいが教師に捕まってお説教だ。華那は先に帰って、俺んちに直接持ってくるってよ」 成実にも渡さなきゃいけねぇから、まぁ丁度よかったのかもしれない。 「でもいくら義理って言ってもこれはないっショ。バレンタインのバの字もないよ。聖バレンティヌスに謝れって言いたくなったねオレサマは」 「……そもそも今日はンな甘ェ日じゃねーだろ」 「今日は愛を語り合う日だろー? なに言ってんだい伊達男さんよ」 元をたどれば今日はバレンティヌスが絞首刑にされた日である。そんな日に愛を語り合うなどよく言えたモンだ。 「……でもうちの旦那は大はしゃぎしちゃってるけどね」 さっきから視界に入れないように心がけていたが(鬱陶しい)、それももはや限界だった。オレは舌打ちをすると真田の野郎に目をやる。真田はさっきから七十八円の板chocoを見ながら唸っていた。それもご丁寧に正座をして。まるで板chocoをお偉いさんのように扱っている。おいおい、なんでそんな崇め奉ってるんだ!? 眉間には深いしわ、額には脂汗。一体なにをそこまで苦悩してんだ? あいつ頭カラだから、考えすぎて頭から煙が吹き出るんじゃねぇか? 「華那ちゃんからもらったチョコを食べるか食べないか、もうずっと悩んでんだよねー……お昼休みからずっと」 ……そんなくだらないことでずっと悩んでいるのか? やっぱ馬鹿だこいつ。 「………なんでそこまで迷うんだよ」 「だってほら、旦那ってば大の甘党じゃん?」 「そういう問題か……?」 たかが板chocoだぞ? 愛情なんてこれっぽっちも感じさせない板チョコだぞ!? つかそんなことで悩む真田が哀れに見え、そんな奴をrivalと思っている自分が情けなくなってきた。 「まっ、俺には関係ねぇことだがな」 「あ、もう帰っちゃうの竜の旦那?」 背中を向けて歩き出していた俺の背中に猿の声がかかる。オレは振り向きもせず前を見据えたまま、「華那のhandmade chocolateが待ってんだよ」とだけ言ってやった。そんなオレに猿は「手作りだったらいいねー」と、縁起でもねぇことを言いやがる。……なに抜かしてんだか。オレは華那の彼氏だぜ? handmade chocolateに決まってんじゃねーか! 続 ← |