中編 | ナノ

チョコの味がしたらそれはチョコなのです

二月十四日―――バレンタイン当日。この日、校内はどこもかしこも浮き足立っていた。女子は好きな男子にチョコをあげるため、男子は女の子からチョコをもらうため、双方ソワソワしているためだ。特に男子はその気がない素振りをしようと平静を装っているから面白い。落ち着きすぎているために「あ、こいつチョコ狙ってるな」と逆にわかってしまうことに、何故いつの時代の男子も気づかないのか。

特にうちの学校は可笑しいだろと、思わずツッコミを入れたくなるほど美男が揃っている。去年のバレンタインのときだ。男子の中では誰が一番多くチョコをもらったランキングというものがあったらしく、上位(イコール勝ち組)は政宗、幸村、佐助。元親先輩に慶次先輩、そして毛利先輩だったらしい。って全員知ってる人達じゃん! 

ゴホン……とにかく、そのためかチョコの回りが恐ろしいほどで、チョコを持ってきていない女子がいないのではないかと思えるほど大量のチョコが動く……。という噂を遥奈から聞いたことがあった。去年は浮き足立っている男女を冷めた目で眺めていただけの私だったが、不本意ながら今年はその浮き足立っている輪に入らないといけないのです。

休み時間になるたびに廊下や教室ではチョコを渡す光景が見られ、辺りはチョコの甘い匂いと男女の不思議な空気が充満していた。昼休みになるとピークに達し、廊下を歩いているだけで告白現場に遭遇してしまうほどだった。女の子は恥ずかしそうに頬を染め、男の子はチョコを受け取りながらも恥ずかしいのか顔を赤くしている。くそ、なんか初々しいぞ。今時こんな甘酸っぱい恋愛があったのか!? 羨ましいなァ……。

***

お昼休み。お弁当を食べ英気を養った私はチョコが入った小さな紙袋を持って校内を徘徊していた。朝、登校してきたときこの紙袋の存在に政宗が気づき、「オレになんか渡すモンはねぇか?」って、紙袋を見ながら明らかターゲットロックオン的な目で訊いてきたけど。私はそれを鮮やかな手法で回避し、早くチョコが欲しいのか休み時間になるたびに迫られ続け、今に至る。

なーに、政宗といえど所詮は男。上目遣いで恥ずかしそうに、「は、恥ずかしいから放課後、誰もいないとこで渡していい……?」って言えばイチコロだったよ。女の涙に弱いってさ、伊達組筆頭としては致命的な弱点じゃね、これ? 政宗と成実の分を用意したら、もうついでだった。私は沢山の義理チョコを袋に詰めて、いつものメンバーを訪ねて三千里……ではなく屋上に向かっていた。あいつらを捜すならまず屋上だ。

どんなときでもお昼休みは大抵屋上にいるから、捜すほうとしては有難い。この寒いのに屋上でお弁当を食べるなんて、普通の神経してたら考えつかないけど。屋上へと続く扉を豪快に開け放つと、冷たい風が頬を直撃する。それだけで身が切り裂かれるように痛い。やっぱり普通の神経してたらこんな寒空の下でお弁当は食べないだろう。ま、馬鹿には寒さなんて感じないのかもしれない。ほら、現に元気に騒ぐ人を発見しちゃったよ。

「……元気だねぇ、幸村」
「むぐ!? 華那か、一体どうしたのだ?」

ガツガツとお弁当を食べるのに夢中だったらしい幸村は、突然名前を呼ばれたことで少し咽たご様子。別にお弁当は逃げも隠れもしないんだから、そんなにがっつかなくてもいいと思うのに。幸村を筆頭に佐助や慶次先輩も私の存在に気がついたらしく、「華那じゃん」と陽気な声で私の名前を呼ぶ。私も「チーッス」と軽く挨拶をして、ゆっくりと足取りで彼らの元に歩み寄った。

こういうとき一番目敏いのは佐助で、私が手にしていた紙袋にいち早く気づき、「なになにー。俺様にあげるモノでもあるのー?」と白々しく言ってきた。こいつ、中身を知ってて言ってるな。それを皮切りに慶次先輩も「俺にもあるんじゃないのー?」と悪乗りしだす始末。ああもう、あげるから押さないで。並んで並んで!

「だからこうして三人を捜して、こんな寒いとこまできたんじゃないですか。じゃないと誰がこんな寒い場所に、暖房が効いた温かい教室から出てこようという気になれるのか」

言いつつ紙袋をゴソゴソと漁る。そして目の色を輝かせている三人の眼前に、「ハイ」とチョコを三つ差し出した。

「……………」

ありゃりゃ? 三人とも、固まっちゃったよ。もしかしてあれなのかな。嬉しすぎて咄嗟に反応できなかったとか? それほどまでに私からのチョコが嬉しかったのかー。いやぁ照れますなァ。

「……どーでもいいけどさっさと受け取ってくれないかな」

いい加減腕が疲れてきたんですけど。

「………なぁ華那、もしかしてこれがバレンタインのチョコ?」

と訊いてきたのは佐助だ。信じられないとでも言いたげな顔でチョコを凝視している。

「うん。どっからどうみてもチョコじゃん」

まさかこれがチョコに見えないとでも言うつもりか? どんだけ目が悪いんだ佐助よ。

「だけどさー、俺が思うバレンタインチョコって、小さな箱に入ってたり可愛らしい袋に入ってたりしてさ、なんつーかこう……愛がこもってるラッピングなんだけど」

と言ったのは慶次先輩。先日私が見たチョコもすっごく丁寧で凝ってるラッピングしてたなー。慶次先輩が描く脳内イメージはきっとそういうのだろう。

「だーかーらー! どっからどうみてもチョコなんだから早く受け取ってよ!」
「これのどこがバレンタインチョコなんだよ!? どっからどうみてもコンビニとかスーパーで売ってる百円の板チョコじゃんかコレ!」

あ、佐助が怒った。横では慶次先輩は何故かガックリと肩を落としている。なんだ、何が気に食わなかったんだ。

「こ、これを某に!? あ、ありがとうでござる、華那」

私のチョコを純粋に喜んでくれたのは幸村だけだった。幸村はチョコを受け取ると本当に嬉しそうに笑ってくれたんだよ。人懐っこい子犬みたいな笑顔だけに、私の心はキュンとときめきを覚えてしまう。不覚にも顔が熱くなったのがわかったぞ。

「って旦那! こんなんで素直に喜んじゃダメだって。これどうみてもチョコになる前のやつだよ、原型留めちゃってるよ! バレンタインチョコっていうのは、これが溶けて原型がわからないほど形を変えたやつのことを言うんだからね!」
「その言い方、すっごく失礼! チョコには代わりないんだから有難く受け取れ!」
「受け取れるわけねーだろ! こんな百円の板チョコ丸出しのやつ! せめてリボン結ぶとかさ、ラッピングしておこうよ!」
「リボンだけで百円もするんだよ? そんな勿体無いことできるわけないじゃん。それに百円じゃないもん。聞いて驚け、七十八円だ!」
「ってそりゃスーパーの特売品の値段だよね!? 百円以下のお買い得品じゃん」

さっすが武田道場のオカン。スーパーの特売品は詳しいようである。でもよーく考えてみて。バレンタインチョコってね、本当にいい値段するんだよ。一人五百円と考えても結構な額だ。それを金欠学生に求めるなんてこと自体、間違っていると気づきやがれ男ども。

「だったら手作りチョコにすればよかったんじゃねぇの? そのほうが愛がこもってるし、俺も華那の手作りチョコが欲しかったなー……」
「ヤですよ。時間もないし、何よりどうして義理チョコでそこまで凝る必要性があるんですか。義理チョコは所詮どこまでいっても義理チョコなんですよ? それなのに手作りなんかしちゃったら色々と面倒じゃないですか。好きでもない人に手作りなんて意味深すぎる」

某ゲームでも、好きな人にだけ手作りチョコ渡すようになってるしね。他はみんな市販のチョコだ。

「あ、それと慶次先輩。これ、元親先輩と毛利先輩に渡しておいてくれませんか?」

紙袋の中から新たに二枚の板チョコを取り出し、私は慶次先輩に差し出した。自分で渡せばいいじゃんと言う慶次先輩に、「遥奈の目が怖くて渡せないんですよ」と言うと、色恋沙汰が大好きな慶次先輩はそれなら仕方ないってことで渡してくれることになった。なーんて。本当は今頃バレンタインチョコの嵐を食らっている三年の教室に、ただ近づきたくないだけなのだが。

「じゃあ渡したから、来月のお返し楽しみにしてるねー」

誰が言い出したのか、ホワイトデーは三倍返しが相場である。男からすれば傍迷惑な常識だが、女からすりゃ素晴らしいの一言だ。チョコが物に化けるんだから、これ以上素晴らしいことはないだろう。でもそれは立派なチョコをあげた人の場合のみ。私みたいな板チョコラッピングなしの場合はどうなるんだろうかと、今更ながら不安になった。

続