中編 | ナノ

その起源はローマのおじいさん

聖バレンティヌスのバカヤロー。

***

二月某日、オレは見てはいけないものを見てしまった。その日、オレは暇だからという理由で成実と街をブラブラしていた。最初から成実を誘おうとしたわけじゃない。誰が野郎と肩を並べて、暇つぶしをしたいと思うものか。最初に浮かんだのはhoney(そう言うとあいつは心底癒そうな顔を浮かべ、これでもかというほど身震いを起こすが)こと華那だった。華那にtelしてみたものの生憎と留守番電話に繋がり、オレは仕方なしに同じように暇を持て余していた成実に声をかけたのである。

「……しっかしまぁ、相変わらずみんなの視線を釘付けにするね、政宗」
「What? そういや似たようなこと、あいつも言ってな……」

道を歩いていたら成実が急に意味不明なことをぬかしやがった。実はこのようなことを言われるのは二度目だったりする。一度目は誰であろう華那だ。成実に言われなくとも、周りがオレらをジロジロ見ていたのは気がついている。家業がら視線には敏感なんだからな。

「政宗の外見は人目を惹くからねー。女の子だけじゃなく野郎の視線も集めてるけど自覚ある? ってあるわけないか」

成実の言うとおりオレらを見ている視線は女だけじゃなく、野郎の視線も混じっていた。おまけに年齢層もバラバラだ。若い奴もいりゃそうじゃない奴もオレ達を見ているのだ。正直言って何を言うわけでなくジロジロ見られるのは居心地が良いものではない。はっきり言うと気分が悪い。だがその視線全てに邪険が混じっていない分、こっちとしても何も言えないのだ。殺気の一つでも混じってりゃオレも手が出せるんだがな……。

「……なんか物騒なこと考えてない、政宗?」
「It must be your imagination」

隣を歩いていた成実がねっとりをした視線を投げかける。オレは前を向いたまま気のせいだと告げると、何事もなかったように周囲に目を向けた。もうじきvalentine's dayということもあり、街はheartやchocolateで埋め尽くされているようだった。valentine's dayに関係のない店に行っても、何故かそれにちなんだ商品が置いてあったりするくらいで、十四日が過ぎるまでheartやchocolateを見ない日はないだろうとさえ思えてくる。

「もうすぐバレンタインだもんね。この時期の女の子達はなんか殺気立っててちょっと怖いくらいだよ」
「女からすりゃ十四日はある意味戦いらしいからな」
「誰が言ったの、ソレ?」
「華那に決まってんだろ」

華那の言うことにも一理あると思う。現に遥奈がいい例だ。長曾我部からすりゃある意味とんだ災難かもしれねぇが、渡すほうは多大な勇気がいるらしい(これも華那が言ってた)。素直じゃない性格をしている奴ほど、渡す際に多大な勇気がいるってことか?

「華那といえば今年はどんなチョコくれるか楽しみだな〜」
「……は?」

自分でも信じられねぇくらい気の抜けた声だったと思う。だってそうだろ? なんで成実が華那のchocolateを楽しみにしてんだよ。華那のchocolateを貰うのは彼氏であるオレだけの特権だろうが。これはオレに喧嘩を売ったって解釈してもいいのか? いいんだな? いいぜ買ってやる。たっぷり利子つけてやるからよ!

「って怖いから! 頼むからこの手を放して、ついでにメンチ切るのもやめてってば!」

オレは無意識のうちに、成実の胸倉を掴みながら睨みつけていたらしい。仕方ないというふうに手を放してやると、「どういうことだ?」と成実に詰め寄った。

「去年さ、華那と約束したんだよ。来年は俺にもバレンタインチョコ頂戴って」
「………………それで?」
「そしたら「わかった、楽しみにしてて」って」

………時々、本当に時々だが、華那のこういったところが憎らしく思えて仕方ない。勿論、どうして憎らしく思えるのか理由は知ってるし、理解もしている。これは嫉妬だ。Coolを信条としているオレらしくもねぇ。だけどな、どんなに醜く浅ましくても、心の中に漂うこのドロドロとした感情は決して消え去ることはない。それどころかどんどん重みを増していっていた。

本当は嫌で堪らない。オレ以外の奴と話すのも、オレ以外の奴に笑顔を向けるのも、オレ以外の奴があいつの声を、姿を、その耳と目に焼き付けるのも。いっそのこと閉じ込めて自由を奪ってやりたいとさえ思ってしまうほどに。―――こんなことを考えてしまうなんて末期だな、オレも。

「………ん? お、おい政宗、あれ華那じゃねーか!?」

成実のこの声で現実に引っ張り戻された。成実が見ている方向に俺も目を向ける。オレ達の視線の先には一件の店あり、華那はその店の中にいた。Glass越しに映る華那の姿にどうしようもないほどの喜びを感じる。だってそうだろ? 街で偶然好きな女を見つけたんだ、これが喜ばずにいられるか。オレがその店に入ろうと足を踏み出したときだった。成実の野郎が急にcoatの裾を引っ張り、「待てってば!」と何故か小声で呼び止めたのだ。

「その手を放せ、成実」
「ばっか! 華那がいる店をよーっく見ろ!」
「An……?」

華那がいる店はお菓子の専門店らしく、中にいる客は圧倒的に女が多い。が、成実が言いたかったのはそういうことではないらしく、またもやオレをfoolと罵りやがった。これにはカチンときたので、とりあえず成実の頬に一発食らわせることでオレのstressを軽減する。

「いってぇ! なんで殴るんだよ。しかもパーじゃなくてグーで!」
「誰がfoolだ。オレよりも頭が悪い奴にfool呼ばわりされる筋合いはねぇ。毎回test前になると泣きついてくるのはどこのどいつだ、アァ?」
「確かにそうだけど! それについては否定しないけど! って今はそんなことどうでもいいや。華那のいる店では何が行われているかよーっく見ろって言いたいわけ!」

華那のいる店で何が行われているかだと? オレは目を凝らして店内を隅々観察した。そしたら案外早く成実の言いたいことがわかっちまったから、オレは(ムカツクが)成実の言うとおりその場に踏み止まる。華那のいる店では現在―――valentine's day fairが行われていたのである。

「ありゃ絶対、バレンタインチョコの買出しじゃん」
「ってことはhandmade chocolateじゃねぇってことか!?」

ふざけんな。彼氏にはhandmade chocolateって相場は決まってるだろうが! 市販のchocolateなんて義理だけで十分なんだよ。いやまて、それにしても成実にあんな立派なduty chocolateをあげるのも気に食わない。成実にはconvenience storeで売ってる百円未満のchocolateがお似合いだ。

「ってことは……そうか。そういうことか」
「なに一人で納得してんだ、政宗?」
「華那は必ず、何も買わずに出てくるぜ」
「どゆこと?」

そんなことを言っていた矢先、満足そうな笑顔を浮かべた華那が店を出てきた。オレ達は咄嗟に物陰に隠れ、華那の視界に入らないように気配を消す。彼女の手に店の袋がないことから、さっきオレが言ったとおり何も買ってはいないようだ。

「な? 言ったとおりだろ」
「よくわかったね、政宗。でもどゆこと?」
「華那の目的はchocolateを買うためじゃねぇってことだ」

おそらく華那の目的は完成品の研究だろう。handmade chocolateを作ると言ってもdecorationやwrappingの方法は千差万別。こうなったら市販されているものを見たほうが早い場合がある。より綺麗に、美味そうに見せたいのなら、市販のものを見て研究するのが一番なのだ。あとは自分のsenseでそこを上手くarrangementして、相手にバレないように出来れば完璧だろう。

「………くわしいね、政宗」
「てなことを去年、華那が言ってたんだよ」

これは期待できると、オレは内心でガッツポーズをしていた。何しろそうまでして作るhandmade chocolateだ。きっと華那は頑張って作るに違いない。まさか義理でここまで本気にはなれないだろう。valentine's dayまでもう少し。オレは楽しみで楽しみで―――仕方なかった。

続