中編 | ナノ

所有物には目印を付けるべし

さて、ここで問題です。今日一日で、一体何回マヌケ面を晒したことでしょう?

***

「…………おい、華那。さっきからいい加減にしやがれ」
「………………………いや、だって、ねぇ?」

頭上を見上げると、広がっているのは一面真っ暗な闇色の空。どうやら今日は雲ひとつないらしく、キラキラと星が瞬いているのがはっきりと見える。冬は空気が澄んでいるから尚更だ。だが私の目を奪うのはそれだけでない。空にも負けないほど高く聳え立つ高層ホテルにも、私の目はバッチリ奪われておりましたともさ! すっげぇ、高級ホテルだよ高級だよ! 高級という言葉に弱い年頃なんです(どんなだ)。

「………頼むから、ガキみてぇに目を輝かせるな」
「なーにその、自分こういうとこよく来ますから的な態度。どうせ政宗はお金持ちよ、そして私は貧乏じゃないけど庶民よ! 政宗から見れば庶民なんてみんな貧乏でしょうけどねっ!」
「…………だから大きな声でンな恥ずかしいこと抜かすんじゃねぇよ!」

耐え切れなくなったのか、政宗は私の腕を掴むと無言のまま入り口へと歩を進める。どうしてこんな場所に、こんな格好で連れてこられたのかという疑問は相変わらず消えてはいないが、生まれて初めての高級ホテルにドキドキしていた。もしかしてだけど、最初からここに連れてくるつもりなら、わざわざこんな格好をさせた理由も納得がいく。こういう場所ってさ、正装してないと門前払いされそうなイメージあるし。

ああ、このドレスとかアクセサリー一式ですが、政宗の奴が全額払ってくれました。政宗曰くプレゼントってことらしいけど、プレゼントにしてはあまりに高すぎる。一万でも高いかもと首を傾げる私だ、百万を越える金額だと何も言えない。何度だって断ったよ? いらない、こうやって着せてもらっただけで十分だって。でも何を言っても納得しない政宗に押し切られ、結果的にこうして買ってもらったわけだけど……何回払いで返そうか? 

いや、何百回払いになるかもしれないよ、この金額じゃ。まず返せるのだろうか、たかが学生に。エントランスを潜るとまず目に飛び込んできたのが、大きな大きなクリスマスツリーだった。ホテル自体が吹き抜けになっている構造故か、ツリーは何十メートルあるかわかったもんじゃない。装飾もとても綺麗で、もみの木は金色や赤色の飾りでいっぱいだ。今も昔も、こんな立派なツリーを見たらテンションは上がる。

「Hurry up! いつまでもぼけっとすんな」
「う……もうちょっと感傷に浸らせてくれてもいいじゃない」

政宗がエレベーターに乗ろうとしていたので、私も駆け足でエレベーターに飛び乗る。しかし履きなれていないハイヒールのせいで、エレベーターに乗り込むと同時にこけそうになってしまった。

「おっと」

こんな立派なホテルでこけるというドジを踏むのかと腹を括ったが、横から出てきた政宗の腕に支えられたおかげで、その心配は無用と化してしまった。なんだか政宗に飛びつく形となり、今度は違う意味で恥ずかしくなった。エレベーターに私達以外乗っていなかったのが救いである。

顔を上げると、目の前には男なのにやたらと整った政宗の顔。サングラスで瞳が隠れているせいか、普段より二割り増しにカッコよく見えてしまう。不覚にも体は素直で、顔中が熱くなった。とっ、とにかく急いで離れなきゃ。これ以上こいつの顔を直視したら鼻血が出そう……。

「どうした、熱でもあるのか?」

離れようと思った瞬間、こいつは私の腕を掴むとそのまま壁際に追い詰めた。両手を頭の上でクロスさせられ、なんとか振りほどこうとしても、政宗の右手で押さえつけられているためびくともしない。

壁際に追い詰められた私は、退路を塞がれ成すがまま。目の前には政宗、しかもここはエレベーターの中(しかもいつの間にか動いてるし)。他の階で誰か乗り合わせたらどうすんのよ!? こんな体勢じゃ説明のしようがない。熱でもあるのかって言うけど、それが心配からくるものならば私だって素直に喜んださ。心配してくれてありがとう、でも大丈夫だからってね。でもね……政宗。あんた、自分の顔を鏡で見てみなよ。―――すごい悪人面だから。弱者を甚振って弄って楽しんでいる、ドSの顔しているからッ!

「………ってちょっと政宗ェ!?」

私の股の間に自身の右足を強引に入れる。ちょっとちょっと何やってんですか貴方!? くそぅ、ミニドレスを選んだばっかりに、私の下半身はいつも以上に無防備だった。羞恥心で顔だけでなく全身が熱くなる。

「もうちっと色気のある声を出してみるこったな」

そう言いつつこいつは私の太ももに手を添える。その瞬間、背筋が仰け反りそうな、妙な感覚が全身を駆け抜けた。電気が走ったように痺れる。まずい、こんな肩が出たドレスを選ぶんじゃなかったと、少し後悔してしまった。今更だけど恥ずかしい。

「うひゃあ……くすぐったいってば〜!」

政宗は私の首筋に顔を埋める。柔らかい髪が素肌に直接触れ、私はくすぐったさから身を捩った。いつもならここでムードはないとかうんたらかんたらと文句を言われるのだが、今日に限って政宗は無言。ただ顔を埋めているだけで微動だにしない。なんだかちょっと不気味に思えて、私は恐る恐る政宗に視線を降ろすが……。

「………っ!?」

首筋に走った痛みに声を失った。

「これでよし」

何事もなかったように顔を離し、飄々とした表情で明後日の方角を見だした政宗に、私はしばらくの間呆気にとられてしまった。痛みが走った首筋に手を添え、ポカンと口を開けたまま閉じることができない。チンッとベルが鳴ったような音がしたと同時に、動いていたエレベーターも止まった。扉が開き、先にエレベーターを降りる政宗の背中を見続ける。外に広がる別世界すら目に入らない。頭が回らない。こういったときいつもどんな反応をしていたのかも思い出せない。ゆっくりと頭が正常に回転しだすと、何が起こったのか大体わかる。そしていつも―――どういう反応を返していたかも。

「ま………政宗ェェエエエ!」

先を行く政宗の大きな背中目掛けて、跳び膝蹴りをお見舞いしてやった。

続