中編 | ナノ

一枚ならぬ十円足りませぬ

UFOが映っている映像は信じる。しかし宇宙人が映っているという映像は信じられない。何故ならとても胡散臭いから。幽霊の存在は信じる。しかし幽霊がみれるという霊媒師は信じられない。何故なら霊感があるという証拠がどこにもないから。そもそも霊感ってなんですか美味しいんですか。変人の存在は信じる。何故なら自分達の周りは変人ばかりだから。

***

草木が眠る丑三つ時までとはいかなくても、それなりに遅くはある夏の夜。今日は一段と蒸し暑く、夜だというのに昼間のような暑さである。華那は右手でパタパタと、気休め程度に顔を扇いでいた。だが扇いでも生温かい風がちょっとくるだけで、逆に体を動かすことで余計な体力を使ってしまい更に暑くなっただけだった。蒸し暑さが華那の苛立ちに拍車をかける。

華那が今いる場所は学校の入り口といえる校門前。人気があまりなく、いつもは喧騒に包まれている校舎も不気味な静けさを漂わせていた。何故彼女がこんな時間に学校に訪れているのか。別に忘れ物を取りに来たとかそんなくだらない理由ではない。もっとくだらない理由のために彼女はここにいるのだ。

しかし、何故こんなことになってしまったのだろう。心の中で華那は何度も自問した。自分の軽率な行動のせいなのかもしれない。しかし何度自問しても、たった一つの結論しかでてこないのだ。

「―――出るらしいぜ」

何度考えても、佐助のこの一言が始まりだったとしか思えずにいた。

時刻は遡ることお昼休み。いつもは屋上でお弁当を食べるところなのだが、今日は違った。あまりに暑すぎるため、華那は瑠奈と一緒に食堂でごはんを食べることにしたのである。二人とも今日はお弁当を持っていなかったというもの理由の一つだ。華那は「育ち盛り専用定食」という定食を、遥奈は「ざるうどん」を頼み席に着く。

「いつ見ても凄いわね、「育ち盛り専用定食」は」

遥奈が呆れとも感心ともとれるような眼差しを向ける。華那が頼んだこの定食は、普通の定食とは少し違っていた。まずボリュームからして普通じゃない。全てのおかずが大盛りで、これでもかというほど皿やお椀に盛られていた。ボリュームの多さにまず誰もが目を見張るだろう。そして普通ではないもう一つの点は、おかずの大きさにある。全てのおかずがどれも普通サイズより大きいのだ。「育ち盛り専用定食」とは、その名の通り「大食い」を目的としたジャンボサイズの定食のことなのである。

これを食べるのは大抵男子で、女子が食べることはまずなかった。だが華那は食べる。このジャンボサイズの定食を完食できる、唯一の女子生徒なのである。少食の遥奈からみれば華那の胃袋は宛らブラックホールだ。

「そしてそれをペロリと食べるアンタも凄いわ……」
「暑いときってなんか食欲湧かない?」
「普通は食欲が失せるものなのよ、暑かったらね」
「そんなことな……」
「―――よく食べるねぇ、華那。まるで真田の旦那女バージョンみてえ」

大口開けてトンカツを食べようとした華那の背後から、掴みようのない、抑揚のない平坦な声が聞こえた。トンカツを頬張りながら振り向くと、大量のパンを抱えている佐助の姿があった。佐助は毎日お弁当を持参している。故に彼が食堂を利用する機会はないに等しい。しかし幸村は佐助のお弁当だけでは満腹にはならないようで、佐助はよく食堂でパンを買い込みそれを幸村にあげていた。今もそのおつかいの最中だろう。

「相変わらずご苦労なことね、佐助」
「ありがとう。でもそう言いながら冷たい目で見んのやめてくんね?」

遥奈は淡々とした声と冷たい目で佐助を労わった。しかしこれのどこに労わりの心遣いなど窺えよう。馬鹿にしているとしか思えない。佐助もニコニコと笑っているが、目が笑っていなかった。二人とも頭がキレる分、妙な緊張感が遥奈と佐助の周りを包み込む。きっと腹の探りあいでもしているのかもしれない。

ここでイレギュラーなのが華那の存在で、彼女はピリピリとした空気を介せずパクパクとおかずを胃袋に放り込んでいく。黙々と美味しそうにごはんを食べている華那を見ていると、なんだか自分達が馬鹿らしくなってきた遥奈と佐助だった。彼はテーブルの上にパンを置くと、華那の横に腰掛ける。遥奈も佐助を無視してうどんに手をつけた。

「そういや華那と遥奈はさ、こんな話知ってる?」

華那がトンカツ(最後の一切れ)を口に運ぼうとしたときだった。

「―――出るらしいぜ」

佐助の口元が怪しく弧を描く。何が出るのかサッパリである華那と遥奈は、お互いを見ながら揃って首を傾げた。この反応で二人が佐助が言わんとしている話を知らないとわかる。

「何が出るの?」

と、訊ねたのは遥奈である。

「出るといえば決まってんだろ? 幽霊だよ、幽霊」
「幽霊ねぇ……寝言は寝ている人間が言うことだから許されるのよ?」

爽やか度数百二十パーセントの黒い笑みで佐助の発言に異を唱えたのは例外なく遥奈である。彼女の周りは常に黒いオーラが漂っているような気がして仕方ない。

「それなら私も知ってるよ。教室から不気味な声が聞こえるってやつでしょ? たしか数えてるんだよね、お菊さんみたいに!」

怖い話が大好きな華那は佐助の話題に食いつく。情報交換という形でどこか得意気に互いが聞いた話がどんなものかと話している二人の横で、黙々と箸を動かしていた遥奈は何気なく呟いた。

「お菊さんみたいに数えるってことは、一枚二枚って皿を数えているわけ? ダサイにもほどがあるわ」

しかしこの呟きに反応した華那は即座に「違うよ」と否定する。これには噂を知らない遥奈は「どういうことよ?」と訊ねた。お菊さんのように数えているということは、皿を数えている以外ではありえないためである。

「その声が数えているのはお金なの。いちえ〜ん、にえ〜んって数えていって、最後にじゅうえんたりな〜いって言うらしいよ」
「………………ケチなのね、その幽霊」
「十円足りないときのあの悔しさ! わかるわっ!」
「成仏できないのも無理ないよねー」

三人が思い思いのことを呟く。遥奈は守銭奴な幽霊をケチと罵り、華那は身に覚えがあるのか酷く幽霊に教官し、佐助は相変わらず嘘か本当かわからない飄々とした感じで明後日の方向を向いていた。

「で、要は学校に守銭奴の幽霊がでるって話よね。それがどうかしたの?」

そんな噂が流行っていることは理解できた。次に問題なのはだからどうした、である。その話を訊かして何をするか、遥奈にとってこれが重要だった。大体このあと言い出すことといえば予想がついていたからである。

「いや、別に話しただけ……」
「確かめに行こう!」

佐助の言葉を遮り、華那が大きな声で遥奈が予想していた言葉を言ってのけた。いま佐助は「ただ話しただけ」と言いかけていたのではないか。華那が余計なことを言わなければ、何事もなくこの会話は終わるはずだったのに。遥奈は内心で舌打ちする。やっぱり単細胞は肝試しが好きなようだ。

「善は急げ、今夜決行よ!」
「ハハ、やっぱこうなったか」
「はぁ!? ふざけないで、私は行かないわ」

苦笑している佐助を睨みながら、遥奈は嫌そうに眉を顰める。別に怖いものが苦手でも、暗いところが苦手というわけでもない。ただ、絶対にいるわけがない幽霊を探すという行為が無駄であり、面倒臭いと思っているのだ。

「第一、華那は平気なの? 夜の学校」

フフンと少し馬鹿にしたように鼻を鳴らす。しかし鈍感な華那は遥奈の挑発に気がつかず、ヘラヘラと笑いながら「一人じゃなければ平気だよ」とあっさりと返した。その悪意のない返事に遥奈はがっくりと肩を項垂れ、佐助は面白そうに笑っている。残念ながら遥奈に拒否権はないらしい。

「でも三人だけじゃあれだから、他の人も誘おうか」

と、さりげなく自分だけが華那の犠牲になりたくないと思っている佐助は、暗に他の人間を誘うことで被害を平等に分け与えようと画策していた。誰でもいい、自分独りでこんな女二人を相手にするとなると、いくら佐助とて身がもたない。彼の思惑を知ってか知らずか、遥奈は考え込む仕草を見せた。

「………そうね、じゃあ心当たりに声をかけてみるわ」

で、今に至る……のだが、実は肝試し自体遥奈は非常に楽しみにしていた。夏といえば肝試し、肝試しといえば夏と言っても過言ではないほどである。しかし素直に喜べないのは何故なのだろう。遥奈はそんなことを考えながら、チラリと横に目をやった。

「だから何故我が肝試しというくだらないことに参加せねばならないのだ!?」
「面白そうだからに決まってんだろ!」
「はいはい、ただでさえ暑いのにこれ以上暑くさせないで」

横には元親と、何故か元就がいた。元親は遥奈が呼んだのだが、問題は元就である。何故こういったことに一番縁がない彼がここにいるのか、それが遥奈には不可解でなかったのだ。佐助もさっきから意外そうに元就を見ている。元就の言葉を聞いている限り、これは元就の意思に反している様子だ。彼は来たくなかったのに、無理やり連れてこられたのだろう。しかし誰に? 何故?

「俺が連れてきたんだよ! 肝試しをやるんなら、こいつを連れてきたほうが面白いぜ!」

元親が元就の肩に後ろからガシッと腕を回す。元就は暴れることで、その腕を解こうと躍起になっていた。

「違いますよ元親先輩。肝試しをしにきたんじゃないですもん」
「アァ? じゃあ何だって言うんだ?」

元親だけでなく、遥奈や佐助も怪訝そうに眉を顰める。まさか夜の学校に勉強をしにきたという、血迷ったことを言うのではないだろうな。

「肝試しじゃなくて、幽霊を捕獲しにきたんですよ!」

と言って、華那はどこからか虫取り網を取り出した。どこから出したのかという疑問より、そんなもので幽霊を捕獲しようとしている華那に驚かされる。虫取り網で幽霊を捕まえようとするなんて、いまどきの子供でもやらないことだ。

「…………さっさと行って終わらせましょうか」
「そうだね、そうしよう」

かくしてちょっとお馬鹿な肝試し大会は幕を開けたのであった。

続