中編 | ナノ

無免許運転は警察に通報するべし

生死云々の話以前に。誰か止めてよ、このバカ宗を。誰か助けてよ、今にも殺されかけている私を。

***

私が理想としていた恋人と過ごすクリスマスは。どちらかの家でケーキを食べながら笑い合う、些細なものだった。あ、プレゼント交換も忘れずに。あとはキレイなイルミネーションの街を、手を繋いで歩くとかもしてみたい。そんな些細な、些細な恋人同士らしい幸せだったのだ。私が求めていた幸せとは、そんなものだったのに。

決してこんな―――目ン玉ひん剥くようなモノじゃない。

政宗に引っ張られて連れてこられた場所は、屋敷には似つかないガレージだった。そこには一台の車が止まっていた。それは車について詳しくない人間でもわかってしまうほど有名な高級外車、フェラーリ599。一庶民には一生手が出ない高級車アンド政宗アンタなんでこんな車持ってんのという二重の混乱で、私はしばらくの間、開いた口が塞がらなかった。

「なにボーっとしてんだ。Ride on」

当然のように運転席に座ろうとしている政宗を見て、私はまたもや目を丸くさせた。

「政宗、なんで運転席に座ろうとしてるの? あんたはいつも後部座席で偉そうにして
るでしょ。そこは小十郎さんの席。運転する人が座るとこでしょ、そこは」
「だからオレが座るんだろうが。あと一言余計だ」

そっか。政宗が運転するんだ。そりゃ運転席に座らないと駄目だよね。コリャア一本トラレタネ!

「…………政宗、アンタいくつだっけ? 私の記憶が間違ってるのかなぁ。たしか私と同じ十七歳だったはずだよねぇ? この国の決まりじゃ免許って十八歳からしか取れないはずだけど、私が間違ってるのかなぁ?」

にっこりと笑みを浮かべながら、できるだけ優しい口調で政宗に語りかける。何かを諭すかのように、深い慈悲の心で政宗に接した。なのにこいつってば。憎たらしい口調で私の優しさを突っ撥ねやがった!

「車なんてな、免許がなくても運転できんだよ」
「んなわけあるか! 免許がなきゃ運転しちゃいけないんだよ。法律違反なんだよ捕まっちゃうよ!? それ以前に無免許のヤツが運転する車に乗ろうとする馬鹿はいない。自殺志願者くらいしか乗りませんッ!」

死にたくない人なら確実に乗らないであろう、格安ネガティブ自殺ドライブ。今ならもれなく別の世界に飛び立つ羽をプレゼントしちゃうよなんて、何があってもお断りしたい。少なくとも私は死にたくないわけで、だから政宗が運転する車なんて乗りたくない。ヨボヨボになるまで、笑顔がしわくちゃになるまで生きたいんだ!

「向こうにいたときから運転なんてやってたんだ。向こうはここと違って、十五歳になれば親の承諾さえありゃjunior licenseが取れるんだぜ?」
「ジュニアライセンス? なにそれ」

新しい資格か何かだろうか? こんな私だが、それが食べられないものだとわかっただけ幾分マシというものだろう。

「手っ取り早く言えば、運転できる時間帯や同乗者の人数にlimitがある運転免許ってことだ。向こうじゃ高校生でも車の運転ができるもんだから、車で学校に通う生徒もかなりいるんだ」

政宗の口ぶりからして、そのジュニアライセンスというものを持っているんだと思う。でもそれはあくまでもアメリカの制度であって日本の制度ではない。向こうで免許を取ったという事実は少しだけ私を安心させたが、こっちで運転すれば一発で無免許運転扱い―――お縄にかかってしまう。いやだ、犯罪者の片棒を担ぐなんて真似したくない!

「と、とにかく駄目―――! 小十郎、小十郎呼んでこよう。そして運転してもらおう」

そもそもなんで、帰ってきたばかりだというのに、わざわざ車を乗り換えてまで出かけようとするのかわからない。なんで私は政宗に引っ張られて、車に乗せられようとしているんだろうか。わからなさすぎて、何がわからないのかわからなくなってきたぞ。私、ワタシハ誰デスカー? 日本人デスカー? 地球人デスカー? 火星人デスカー? 足ハ八本アリマスカー? ………なんか地球人の自信がなくなってさえきたぞ。ふと自分の手を見ると、タコやイカのような触手が見えた……ような気がした。今なら宇宙人と電波で交信、もできそうな気がする。

「小十郎は駄目だ、moodがなくなっちまう。今日ばっかりは小十郎にも邪魔されたくねぇんだよ」

言うが早いか政宗は、一瞬の隙をついて私を車の中へと押し込んだ。慌てて抵抗しようとしたが既に遅く、バンッと乱暴にドアを閉められたと思うやいなや車が急発進したのだ。どうやらこいつは、私を押し込むと同時に自分の体を車の中へと滑り込ましたらしい。こういう行動だけは本当に素早いな。

「ってちょっとそうじゃない! 降ろして降ろして、てか降ろしやがれこのバカ宗ェ!」

そんな私の虚しい魂の叫びは車内で反響するだけで、全ての元凶である政宗の耳にしか届いてくれなかった。当然のことながら、この方が私のお願いをきいてくれることはなかったのです……。

続