中編 | ナノ

誘拐犯には一発お見舞いするべし

これって誘拐以外のナニモノでもないよね?

***

中から伸びてきた腕に、自分の腕を掴まれた。そして、あろうことかそのまま車の中に押し込まれそうになった。え、なんだこれ。何が起きてるのォ!? ハッ! まさかこれ、世に言う誘拐ってやつじゃないの!? 誘拐といえば普通お金持ちの子狙うよね。なんで一庶民である私なんか狙うわけ。ないない、ないからね。うちにはお金なんてありませんからね。

頭はもうパニック。何を言っているのか考えているのかわかったもんじゃない。車の中に押し込まれてたまるかと、私は精一杯の抵抗として暴れまくる。手足をバタバタと動かし、ところ構わず殴りにかかった。

「いやぁあああ! ないない、うちにはお金なんてないから。誘拐してもなんのメリットもないからね! だからって臓器を売るとか言わないでくださいね!? たしかに五臓六腑には自信がありますがぁあああ!」

元気だけが取り柄なんで(だけ、ってどうよ?)、さぞかし健康的な粋のいい臓器があると思う。売ればそこそこのお金になるんだよ、私なんかの小娘でも!

「……誰がkidnapperだ。とにかく落ち着け、Don't'move!」

…………………………え、英語? 暴れていた手足の動きがピタリと止まる。まるで電池が切れたおもちゃのように。私は外に出ようと必死になっていたので、体はドアのほうを向いている。つまり車内の様子は見えていないということだ。そしてそんな私の背中に、聞き慣れた声、聞き慣れた英語。私の腰を抱き寄せるように絡まっている腕。この感触、私知ってる。ごつごつとしたこの感触……間違えるはずがない。だからこそ―――沸々と怒りが込みあがってきた。

「なーにすんのよバカ宗ェエエエエ!」

振り向くとやっぱりというかなんというか……政宗がいた。仕事帰りのお偉いさんみたいに黒いスーツをバッチリと着こなしていて、いつもしている眼帯の代わりにサングラスをかけている。髪型もちゃんと整えているあたり、なんかいつもと違うように見えてきた。そう、言うなればヤのつく職業のお人のようで……。

「違うじゃん自分! 政宗は元々ヤのつくお人じゃん!?」

一応、普通の高校生らしい部分も(かなり)あったせいか、時々こいつがそういう世界の人だって忘れそうになる自分が怖い。頭を抱えて左右を見回すと、そこは見慣れた高級外車、私もたまに乗せてもらってたりする政宗専用の車だった。てことは運転席には……。

「やっぱり小十郎もいたか……」

運転中なので後ろを振り向く馬鹿な真似はしないが、運転する横顔を見て私はがっくりと肩を落とす。小十郎、こんな誘拐紛いの真似する手伝いなんかしなくていいじゃん。どうせ言い出したのは政宗だろうけど、それを止めるのがあんたの役目でしょうに。…………運転中?

「ってさっきまで止まってたのに発進してるし!? こら降ろせ、今すぐ降ろせさぁ降ろせェ!」
「ギャーギャー煩ェ。少し黙んな」
「うるさーい! 大体なんでこんなことになってんの。なんで政宗がここにいるの。もう何がなんだかわかんないしッ。うきゃあ、変なとこ触るな!」

色々なことが一変に起こりすぎて、私の頭はパンク寸前にまで追い込まれた。誰か、私に冷却水をください。一度氷点下にまで頭をカチンコチンに冷やして出直したいと思います。

「落ち着け華那。政宗様は華那に会いたい一心で、年明けに終わる予定だった仕事を終わらせて帰ってきたんだ。これくらいは許してやれ」

横で政宗の「余計なことを言うんじゃねぇ」と言う声が聞こえるが、私と小十郎は無視。私は運転席と助手席の間に体を入れて、小十郎の横顔を覗き込んだ。彼は困ったように苦笑している。きっと政宗の行動を思い出してのものだろう。

「二人とも、バッチリとスーツを着てるもんね。大事な仕事だったんだ?」
「まぁな。仕事っつーより話し合いの会議だっただけに、政宗様には尚更堪えたようだ」

チラリと後ろを窺うと、面白くなさそうに政宗は窓の外の景色を見ていた。政宗は会議よりも、喧嘩とか暴れまわるほうが好きそうだもんな。そういうところは未だ子供ですね。

「……あいつらがくだらねぇことで何日もくだらない話し合いするからだろうが。ったく、余計な時間をとっちまったぜ」
「……本当はよくないけど仕事だし、連絡がとれなかったことは許す。でも誘拐紛いのことは許せません。なんであんな真似したのよ、この物騒な世の中で」

泣きそうなほど怖かったのは事実だ。得体の知れない恐怖に襲われたことに対しての謝罪と理由を要求します。キッと政宗を睨みつけると、彼は「Ha!」と鼻で笑う。げ、なんかムカツク。謝る人の態度じゃないよねそれ。謝る気ないな、コノヤロー。

「家に帰る途中で華那を見つけて、車に乗せてやっただけだろうが。別によくあることだろ?」
「なら声をかけるとかしてよね! いきなり中に連れ込むのは誘拐となんら変わらないんだよ」
「この時間、この道を歩いてた華那が悪ィ」
「なんでそうなるの!?」

もうこの人のオレサマっぷりにはついていけませぬ、ヨヨヨ……。腹が立ったのは事実だけど、それ以上に政宗に会えて嬉しいという気持ちのほうが大きかった。こんなくだらない言い合いが楽しい。政宗が傍にいるだけで安心する。そんな想いが大きければ大きいほど、好きという気持ちも大きいということになる。想いと好きはいつだって比例しているから。悔しいけど認めざるえないんでしょうね。チラリと政宗の横顔を窺うと、私の視線に気づいたらしい彼がこちらを向いき、フッと笑ってくれた。あ、なんか頬が熱くなった。

「と、ところでっ。どこに向かってるの? まさか政宗の家? うちじゃなくて!?」
「Yes っと、どうやら着いたらしいな」

ちょ、政宗の家に着いたら意味ないじゃん。いくら私の家も近いとはいえ、歩かなくちゃいけないんだよ。こういうとき普通は送ってくれるんじゃないんですか。私の家の前に車が止まるはずじゃないんですか?

「……では政宗様、あちらにお車の用意が出来ております」
「Thank you」

………へ? 車を降りているとき、こんな会話が私の耳に入った。車の用意が出来ているって、いま乗ってたこれじゃなくて、また別の車があるってこと? きょとんとしていたら、いきなり政宗に腕を掴まれグイグイと引っ張られた。小十郎は政宗を見送っているだけで私を助けようともしない。政宗のペースで歩かされているものだから、私はたたら踏みながらもこけないようにするのに精一杯。ただただ先を行く政宗とその背中を見送る小十郎を交互に見ながら、首を傾げることしか出来なかった。

続