中編 | ナノ

夜の車道には注意するべし

クリスマス。それはとっても特別な、恋人達の一大イベント。ついでにお金持ちにとっても、一大イベント。

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十二月二十四日。世間ではクリスマスムードがピークを迎えるときだ。この日はいつも以上に、街中のイルミネーションが輝きを増しているように見える。辺りはカップルだらけのように見えてくるし(そんなことないとは思うけど)、通り過ぎる人々全てが幸せそうに微笑んでいる。街全体がピンク色に包まれている幻覚さえ見えてきた。

でも私はピンク色に染まっちゃいない。例えるなら下水の藻の色だ。誰もが笑顔で素敵な一日を過ごす中、私だけは不貞腐れた表情で街を闊歩していた。横を歩く友達は苦笑しながらも、街中を華やかに彩っているイルミネーションに心を奪われていた。夜になるとイルミネーションは輝きを増し、教会近くでは聖歌隊の歌も聞こえてくるが私の心を癒しちゃくれない。

クリスマスイブ―――好きな人と初めて過ごすクリスマスになると思っていたのに。なんで私は独り虚しく過ごしているのでしょう!? お互い何も約束していなかったけど、クリスマスは当然のように一緒に過ごせると思っていた。あの政宗がクリスマスなんていう一大イベントを逃すはずがないからだ。でも冬休みに入ると同時に、政宗と一切の連絡がつかなくなった。成実に話を聞いたら、よくわかんないけど組の仕事とかでどこか遠くに足を運んでいるとのこと。帰ってくるのはいつかわからないとまで言いやがるから、そりゃもうショックだった。

折角のクリスマスなのに、好きな人と一緒に過ごせると思ってたのに! それどころか冬休みに入ると同時に会えなくなるなんて、誰が想像したことだろうか。私と同じく予定なしという虚しい友達と買い物がてらに街をぶらつき、今はその帰り道。本当なら私の横には政宗がいるはず……だったんだろうなぁ。

会いたい……けど、そう素直に言えない自分に嫌気がさす。言うといっても電話かメールになると思うけど、組の仕事してる最中にそんな情けないこと言えるかって、ついいらぬ意地を張っちゃうんだよね。言ったら負けって……何に負けるんだ? そもそも連絡つかねーし、どうしようもないじゃんね、アッハッハ! ………政宗のやつが帰ってきたら文句言ってやる。耳の穴からキノコが生えるくらい文句言ってやるんだからね。聖夜に恋人を独りぼっちにした罪は万死に値するんだァ!

「………元気だしなよ、華那?」
「何が? 私はこれ以上ないほど元気だよ!?」

友達の気遣うような言葉に、私は自然と声を荒げる。だってお昼ごはんのときとか、ありえないほど食べることができたくらいしだし。鋼の胃袋を持っていると思われてもおかしくはない、そりゃあ見事な食べっぷりだったはず。その後にはデザートで特大パフェを完食したんだ。元気じゃないとできない芸当でしょ。

「そういうのは元気っていうより、自棄食いって言うんだよ」

自棄食い?

「そ。華那がしたことはただの自棄食い。彼氏と一緒にクリスマスを過ごせないっていうことからきた苛立ちや淋しさを、ガツガツ食べて紛らわそうとしただけ」

最後に「素直になったら?」とトドメを刺された。心の中を見透かされているようで気分が悪い。見透かされていると思うことは。気分が悪いと感じるということは。悔しいが、図星ということだ。

「……うん。今日は付き合ってくれてありがと。気をつけてね」

賑やかな駅前を少し過ぎると、そこは静かな住宅街。二手に分かれた道路の真ん中で私達は別れた。そのままもう少し歩くと我が家に着く。住宅街を歩いていると、嫌でも家から漏れる明かりが目に入った。この明かりの向こうでは今頃、わいわいと楽しくクリスマスを過ごす人がいっぱいいるんだろうな。

そう考えただけで、胸の奥がきゅうっと締め付けられた。こういう日ほど独りでいるのが淋しいもので、どこへ行ってもつまらない。家に帰るのは尚更だ。……なにが悲しくて独りでクリスマスケーキを突かなきゃいけないのよ。余計に虚しくなるじゃん、侘しいじゃん?

「………はぁ」

歩くのをやめて立ち止まると、小さな溜息をついた。そんなとき私の背中を明かりが照らし出す。後ろを振り向くと、車が私の横を通過しようとしていた。人が少ないことをいいことに道のど真ん中を歩いていたものだから、後ろの車は邪魔で仕方がなかったのだろう。端へ寄り、道を譲る。車はスピードを上げ、私を追い越そうとする……と思っていたんだけど。

「……………ん?」

上がると思っていたスピードは全然上がらなかった。ゆっくりとした速度で私の横に並ぶと、どういうわけかいきなり止まった。不思議そうに眺めていたら、いきなりドアが開いて……。

「わきゃう!?」

何故かいきなり、車の中へ引きずり込まれた。

続