中編 | ナノ

再会の甘味と苦味

「音城至、俺ら付き合わねーか?」
「………………は?」

思えばちゃんとした告白なんて今まで一度もなかったから、どうすればいいのかわからなくて頭が真っ白になった。すぐに断ればあんなことにはならなかったのにと、私は後悔ばかり繰り返す。

***

タルト野郎が転入してきて、すでに数日が経っていた。元々社交的な性格をしていたせいか、彼は瞬く間でクラスに馴染んだ。女子からはそのルックスで、男子からは気さくな性格で仲良くなったと私は見る。

思うに前の学校でもリーダー的立場にあったのかもしれない。だって彼の周りには常に人が集まっていたから。こういう人はどこにでもいる。本人にその気はないのに、気がつけば沢山の人に囲まれているのだ。彼が話をしていると、その話に加わろうと人が集まってくるのである。みんな彼の人柄に惹かれていると思う。それも無意識でだ。

政宗とはまた違った形で人を魅了しているなー…。政宗には天性のカリスマ性ってもんがあるらしいから(組の人談)。私にはそんなもん感じないが。

「なにやってんだ?」
「んー……あえて言うなら人間観察?」

窓に背中を預けて、私は小さな集団を眺めていた。行儀悪く机に肘をつき、何をするでなく、転入生の周りに集まるクラスメイト達を見る。会話の内容は断片的に耳に届く程度だ。たださっきから笑いが耐えない。そんなに面白い話でもしているのだろうか。

そんな私の様子に気がついた政宗が、後ろから声をかけてきた。読みかけの本を閉じ、私が見ているものへと視線を移す。政宗は若干面白くなさそうに眉を顰めていた。転入初日、私が「タルト野郎」と叫んだことで事態は急転する。向こうも私のことを「優柔不断女」と言ったものだから、クラスメイト達が「二人は知り合い!?」という顔をした。その中には勿論政宗も含まれている。事情を説明しようか迷ったけど、言ったら馬鹿にされてしまう(私が)。あいつと最後の一個だったケーキを取り合ったなんて、恥ずかしくてあまり広めたくない話題だ。

私がもごもごと口を動かしていると、転入生が意味深な表情を浮かべて「秘密」と言ったもんだから、クラス中が黄色い悲鳴に包まれた。その後、休み時間になると同時に私は政宗に連行され、渋々事情を説明したんだけど。

「Ha! 馬鹿だろ、華那」

―――と、一蹴された。

「しかしあの野郎は気に食わねえな。華那を馬鹿にしてもいいのはオレだけだっつーのに……」
「おいコラ」

そんなことを真顔で言うものだから、私は呆れるしかできなかった。政宗でも私を馬鹿にするのは許さないし、許した覚えもない。私を馬鹿にしていい人間はこの世にいないんだ。……のはずなのに、実の親だけでなく親友にも、伊達組の人達や政宗らに馬鹿にされている私って一体……?

「ああ、思い出しても悔しい。やっぱあのタルト食べたかったー」
「そんなに美味そうだったのか?」
「うん、そりゃもう。そうだ政宗、タルト作ってよー」
「Troublesome」

何を言ったかわからないが、おそらく否定の意だろう。政宗はそう呟くと、再び本へと視線を落とした。なんか政宗最近冷たくないか? 話しかけても素っ気無いとき多いしさ。私は頬を膨らませながら、転入生をじっくりと観察し始める。しかしいない。さっきまでそこにいたはずの人物は、もうそこにはいなかった。私が政宗と喋っていた間に、どこかへ行ってしまったのか。

「なにさっきから俺のこと見てるわけ?」
「うわっ!?」

突然横から聞こえた声に、私は大声をあげてしまう。本当にいつの間にやら、私の真横にあの転入生が立っていたのだ。私の大声に政宗も何事かと視線をあげる。転入生の姿を確認するやいなや、政宗の顔がもうすっごい不機嫌になった。

「びっくりしたー……」
「さっきからじーっと俺のほうばっか見てるからさ。なに、そんなに俺のことが気になるわけ? あ、ストーカー!」
「違うし! どっちかっていうとストーカーは私の親友!」
「まじで!? 音城至の親友ストーカーなんだ!」

音城至と呼び捨てにされたことで、政宗の眉がピクリと動いた。気さくに呼んでくれるのは嬉しいことだが(クラスメイトだし)、やけに馴れ馴れしい。呼び捨てでいいとは思っているのに、なんだこの複雑な気分は。元々嫌なやつと思っていることを省いても、なんか気分が悪い。

そういえばこいつ、初対面だっていうのにやけに親しげじゃない? カフェであったときもだけど、なんか馴れ馴れしいのよね。あのときはタルトの恨みしかなかったから、あまり深く考えられなかっただけで。

「Hey アンタ、随分と馴れ馴れしい口を叩くな?」

私と同じことを思っていたのか、政宗がこんなことを口にした。見れば目もちょっと鋭くなってる。これはもしかしなくても、牽制しているのか? どうしよ、ちょっと嬉しいかもしれない! 鋭い睨みをきかす政宗に対し、転入生は余裕の笑みを崩さない。それどころか、ニヤリと口角を上げてとんでもないことを言ってくれた。

「馴れ馴れしいもなにも、本当に親しいんだよ。俺達は」

な、音城至? と振られても、私は首を縦にも横にも動かすことができない。親しくないといえば本当だ、しかし全く親しくないとも否定できない。少なくともカフェでの一件がある。どうしようか困っていたとき、意外にも転入生が助け舟を出してくれた。

「だって俺ら、小学校からの付き合いだし」
「小学校!?」

彼の言葉に、私は素っ頓狂な声を上げた。政宗も意外そうに目を丸くさせている。私が口をパクパクさせていると、転入生はイタズラが成功した子供のような笑みを浮かべた。

「会ったとき俺はすぐ気づいたぜ。でも音城至は全然気づかないしよ。テメー、昔から人の顔覚えるの苦手なんだな」
「や、だって本当に誰? ごめん、まだ思い出せない」
「んじゃヒントをやるよ。小学校五年から中学二年まで同じクラスだったサッカー部員」
「小学校から中学まで一緒だったサッカー部員……。ああ、遥奈!?」
「自己紹介した時点で気づけよなー!」

転入生こと遥奈は、私の頭をグシャグシャと撫で回す。あまりに突然の再会に、私は喜びを抑えられない。髪の毛をぐしゃぐしゃにされているのに、私は抵抗することができないのだ。遥奈の言ったとおり、私と彼は小学校五年から中学二年までずっと同じクラスだった。私が通っていた小学校に遥奈が転入してきたのがきっかけだった。

彼はよく転校を繰り返しているらしく、今まで何回も転校したと言っていた。席が近くなったことで、私と遥奈はよく一緒に遊んだりした。中学に上がっても同じクラスになって、お互い変な縁を感じていた。でも中学二年の秋、両親の仕事の都合でまた転校することになってしまった。それっきり会うこともなかったんだけど、まさかこうして再会できるなんて思ってもなかったよ。

「なになに? 今度はどれくらいこっちにいられるの?」
「わかんねー。相変わらず転勤が多いからな、うちの親」
「本当に相変わらずだねー」
「だろ? いい加減安定してくんねーと、息子がグレちまうぞって何度思ったことか。あ、ケータイ持ってるだろ? アドレス教えてくれよ、そうすりゃもし転校しちまってもまた会えるからさ」
「うん、いいよ。私も会いたいし」

遥奈との会話に夢中になっていた。だから政宗がどんな表情をしていたか思い出せない。当たり前だ、知らないから思い出せないのだ。無い情報を思い出そうとすること自体馬鹿馬鹿しい。

「なぁ、昔から音城至のこと好きだったって言ったらどうする?」
「え?」
「音城至、俺ら付き合わねーか?」
「………………は?」

瞬間、私の頭はフリーズした。

彼以外に好きと言われたことなんてないから、激しく動揺してしまう。

続