ジーザスジーザスジーザス!!! | ナノ


伊達組と華那。どちらか選べと言われたら政宗はどちらを選ぶ? 伊達組当主として政宗が執るべきものは勿論伊達組だ。女一人に左右されるようでは当主としては失格に値する。

何故ならどんなときでも政宗は当主としての行動を求められるからだ。それは当主となった者の責任でもある。下の者を守り進むべき道を示す。いかなる状況下でも弱みを見せてはいけない。弱みを見せれば付け込まれる。

伊達組と華那。どちらか選べと言われたら、間髪いれず伊達組と答えなければいけなかったのだ。一瞬でも躊躇ってはいけなかったのに、政宗は迷ってしまった。電話越しでもはっきりとわかってしまった。政宗は迷った挙句、華那を選ぼうとしたのだ。

しかしそれは、他ならぬ華那によって拒絶された。華那は迷わず伊達組をとれと政宗に言った。人質にされて怖い思いをしているというのに、本当なら今すぐ助けてと言いたい本音を押し殺して、華那は自分を選ぼうとした政宗を怒った。こんなことで揺らいでどうする、と。私なら大丈夫だから、政宗は伊達組筆頭としてやるべきことをやれ、と。

後悔はない。どんな厳しい状況に追い込まれても、華那は自分が言った答えに後悔はしていなかった。だからこそ、華那の気持ちはまだ折れてなどいない。

「………意外だったな。政宗に泣きつくかと思っていたのに」
「冗談じゃないわ。誰があんたの思い通りに動いてやるものですか」

本当に驚いているのかわからない曖昧な表情をする小次郎に、華那は鼻で笑った。小次郎が見たかったのは華那が泣いて懇願する姿か、伊達組を放って政宗がここに来る姿か、そのどちらかだろう。あるいは両方だったのかもしれない。しかし今となってはどうでもいいことだ。小次郎が望んだものを、華那は頑なに受け入れようとしなかったのだから。

既に華那の頭はここからどうやって逃げ出すか、その一点だけを考えている。この部屋には華那と小次郎の二人きりだが、部屋には二人の男が見張りとして立っていたはずだ。例え小次郎をどうにかすることができて部屋から出ることができても、部屋の外にいる男達を相手にするのはさすがに無理がある。おまけにここは二階。ぎりぎり飛び降りられる高さだが、下には警護の男達が見回っているだろう。どちらにしても部屋の外にも敵は大勢いるということだ。

「……本当に強情な女だよな。そういうところに政宗は惚れちゃったのかな?」
「さあ。そんなこと聞いたことないからわからないわ」
「ま、別にどうでもいいけどね。僕としては君になんか最初から興味ないし」
「……今更かもしれないけれど、私が政宗の恋人だから、私のことを好きって言ったのよね?」

小次郎は何度も華那のことが好きだと恥ずかしげもなく言い続けていた。しかし好きと言うわりに心がこもっていなかった。まるで用意されたセリフを読み上げるように、好きという小次郎の言葉はどこか虚空だったのだ。

「そうさ。政宗の大事なものは全部僕が奪うって決めていたからね。政宗の大事なものといえば伊達組とあんただろ? だからその二つを奪われたらどんな反応するのかなって思ってさ」

心の底から楽しそうに笑う小次郎に華那は寒気を覚えた。歪んでいる。この男の心は根本的な部分で歪んでいるのだ。他人が大切にしているものを奪って自分のものにする。それが嫌いな相手だとどれほど心地良い快楽だろう。あまりに子供じみた歪んだ欲望に華那は寒気を覚えてしまったのだ。こんな男の思い通りにさせてなるものか。華那はここから自力で脱出するという決意を新たにした。

「残念だけどあんたの思い通りにはならないわ。政宗は伊達組を守ってみせるし、私だってここから自力で脱出してやるんだから」
「へえ、どうやって?」

小次郎は笑った。その笑顔の奥には「絶対に不可能だ」という自信がある。女一人でここから脱出できるはずがない。そう思っているからこそ小次郎は嘲笑っているのだ。小次郎の笑顔の理由に華那だって気が付いている。今から自分がやろうとしていることがいかに無謀なことかも覚悟している。しかしやるしかない。だからこそ華那も笑っている。恐怖を笑顔で隠し、小次郎と対峙した。

「女だからってあんまり舐めないほうがいいわよ。こう見えても結構強いんだから」
「へえ………?」
「信じていないって口ぶりね……じゃあその体で思い知ってみる!?」

華那は傍にあった壺を小次郎に向かって投げつけた。小次郎はサッと横に移動して難なく避ける。対象物を失った壺は放物線を描きながら壁へとぶつかり、ガシャーンと派手な音と共に粉々に砕け散った。

「あーあ。あの壺百万はするのに勿体な……」

無残に砕け散った壺を見ながら小次郎は哀しそうな声で呟いた。だがどこか飄々としているため本当に悲しんでいるのかはっきりとしない。声だけ聞いているとむしろどうでもいいと思っているようにさえ感じる。が、小次郎が壺を見やった一瞬の隙を突き、華那は一気に距離を詰めると尽かさず小次郎に足払いをかけた。バランスを崩した小次郎は立っていられなくなり転倒してしまう。

「油断大敵ですわよ、坊ちゃま?」
「くそっ……!」

小次郎が起き上がるよりも早く、華那は窓から飛び降りた。二階から飛び降りるなんて怖いが、今は四の五の言っていられる時ではないし、必死だったせいもあり躊躇うようなことはなかった。着地に少し失敗し尻もちをついてしまったが、華那は二、三度腰を擦っただけで立ち上がると、鈍い痛みを我慢して走り出した。幸い辺りには男達はいない。今のうちに逃げろと言わんばかりに華那は走る速度を上げる。小次郎が女だからと華那を見縊っていたおかげで脱出できた。きっと小次郎に油断がなかったら、華那はあのままどうすることもできなかっただろう。

「とりあえず外に行かなきゃ……! でも政宗といい小次郎といい、なんでこんなに広いのよ!」

屋敷が広ければ庭も広い。小次郎と男達に見つからない以前に、果たしてこの広い敷地内から無事出口へ向かうことができるのか。出口がどこかもわからず闇雲に走っていると、曲がり角から一人の男が姿を現した。男は華那の姿を確認するなり、「あ!?」と大きな声をあげる。華那は心の中でごめんなさいと短く呟くと、男の鳩尾におもいっきり蹴りをいれた。男は拉げた声とともに崩れ落ち、その場にうつ伏せに倒れたまま動かなくなった。

「ジーザス……!」

華那は男が動かないことを確認すると再び走り出した。後ろを振り返っている余裕などない。今は前だけを見て全速力で走る時だ。とりあえず塀伝いに走っていれば門に辿り着くだろう。そう考えた華那は辺りに注意しながら塀伝いに走って行った。
華那の考えは見事に当たり、しばらく走り続けると伊達家に引けを取らない立派な門が視界に飛び込んできた。だがここにきて、華那は一つだけミスを犯していたことに気づかされる。

門の周辺は屈強な男達が蔓延っていたのだ。当たり前だ。出口はここしかないのだから、ここで待ち伏せしていれば何もせずとも華那を捕まえることができる。屋敷の警備が手薄だったのはこのためだったのだ。屈強な男達の中心には小次郎の姿もあり、華那はここにきて窮地に立たされてしまったのだった。よく見ると小次郎の手には刀が握られている。もはや、これまでだった。

「……ああ、やっときたね。ずいぶん遅かったじゃないか、華那」

咄嗟に木の陰に隠れたつもりだったのだが小次郎にはバレバレだったらしい。華那は隠れていても無駄だと判断し、ゆっくりとした足取りで小次郎達の目の前に姿を現した。大人しく投降した華那に小次郎は満足気な笑顔を浮かべている。勝ち目がないと悟った華那は両腕を上げた。

「あの政宗が手を拱いていると聞いてはいたけど成程。噂通りじゃじゃ馬だね。政宗の苦労が目に浮かぶよ」
「煩いわね。あんたにだけは言われたくないっつーの」
「いつまでその強がりが持つか、見物だね」

今までの嘘っぽい笑顔とは一変し、見る者を震えあがらせる残虐な笑みを浮かべた。
ぞくりと華那の背筋に何かが這ったような、気持ちの悪い悪寒がじわじわと体全体に広がっていく。顔はどことなく政宗と似ているのに、政宗と何かが全く違う。

「へえ、そんな怯えた表情もするんだ。知らなかったな」

小次郎は一歩、華那に近づいた。華那は動かない。否、動けずにいた。あの気持ちの悪い笑みを浮かべて小次郎が迫ってくる。それだけで華那は蛇に睨まれた蛙のように動けない。指の一本ですら動かすことができぬまま、小次郎がすぐ目の前に立つのを許してしまった。

小次郎の指がそっと華那の頬をなぞる。輪郭に沿って何度も何度も。吐き気がするほど気持ち悪い。あまりの気持ち悪さに華那の瞳が硬く閉じられる。華那の瞳が閉じられたことをいいことに、小次郎は華那の唇にゆっくりと顔を近づけていった。

続