ジーザスジーザスジーザス!!! | ナノ


華那は目の前で笑っている小次郎をじっと睨みつけたまま動こうとしない。小次郎は絶えず笑みを浮かべているのに、睨みつけている華那のほうがその笑顔に押されていた。辛うじて手足の自由は奪われていないが、小次郎の見えない気迫に押されてしまい、これでは手足を拘束されているのと変わらない。

目を覚ますと、華那は見たことがない豪華な部屋のソファに寝かされていた。洋装の部屋には絵画や壺などといった美術品が数多く置かれていて、この部屋の主の趣味が浮き彫りになっている。

「やあ、やっとお目覚めかい? あ、逃げようとしちゃ駄目だよ。部屋の外には最上組でもかなり強い二人の男が見張っているから」

声の主は小次郎だった。彼はいつもと変わらない人の良さそうな笑顔を浮かべている。しかし今はその笑顔が逆に恐ろしい。華那は即座に体を起こすと小次郎に詰めよった。

「いきなり人を気絶させてこんなところに連れ込むなんてずいぶん強引ね。そういうところは政宗とそっくりだわ」
「やめてよ。あんな奴とそっくりと言われたら僕は今すぐ舌を噛んで死ぬね」

政宗と似ていると言われることがそれほど嫌なのか、小次郎は露骨に顔を顰めた。政宗が自分は小次郎に嫌われていると断言していたことを思い出す。どうやらあれは本当のようだ。となると、これが小次郎の本当の顔なのだろう。では今まで華那が見てきた小次郎は一体何だったのだろうか。

「小次郎君はずいぶんと演技が上手だったんだね。すっかり騙されちゃった」

答えは簡単だ。兄思いの弟は全部嘘だった、それだけだ。政宗の言葉を借りるなら「とにかく小次郎に騙されるな。アイツは一見人の良い面をしていやがるが、腹の中はドス黒い」である。まさにその通りだったと、華那は今更ながらに痛感する。

「で、私を騙して、あまつさえこんなところに連れ込んで、一体何がしたいの?」
「簡単だよ。ここは僕の家、つまり最上組の屋敷なんだけど。手っ取り早く言うと華那ちゃんは人質で、これから政宗に伊達組か華那ちゃんか、どちらか一つ選んでもらおうかなって思ってさ」
「選ぶ……?」
「そう。伊達組の屋敷の周囲にはうちの組の連中が待機していて、もうすぐしたら伊達組の屋敷を襲撃する手筈になっているんだ。で、ここで政宗に問題。伊達組を取るか、華那ちゃんを取るかってね」

伊達組を最上組から守るか、小次郎に囚われている華那を助けるか。どちらか一つしか選べないのならどちらを選ぶ? これが、小次郎が政宗に投げかけんとしている問題だった。

「なんでそんな真似をする必要があるのよ! あんた達兄弟でしょ!?」
「政宗は僕から伊達組を奪った。奪われたのなら取り戻す。どんな手段を用いてもね。これ常識」

小次郎はずっと伊達組を継ぐことだけを考えて生きてきた。今までの人生全てを伊達組に捧げていたといっても過言ではないのかもしれない。が、彼は結局後継ぎになることはできずに、それどころか伊達組を出ていく羽目になった。全てを奪われた小次郎が、政宗に復讐心が生まれないほうがおかしいだろう。

「じゃあ伊達組にいたいって政宗に直接言えばよかったじゃない!」
「それは無理だよ。だって僕は政宗を殺そうとしたんだから」
「殺す……!?」
「そ、僕が伊達組にいられなくなった本当の理由はね。僕が母と共謀して政宗を毒殺しようとしたからなんだ。ま、勘の良い小十郎や綱元のせいで未遂に終わったけどね」

政宗を毒殺しようとしたと平然と語る小次郎に華那は戦慄を覚えた。人と人が殺しあう様でさえ信じられないのに、よりにもよって血の繋がった兄弟間で殺しあおうとしたのだ。華那とて両親とケンカすることがある。そのたびに腹が立つし、嫌いだと思うこともある。しかし殺すという発想は一度たりともない。

「僕は伊達組を破門になっちゃったから出ていかざる得なかったってわけ。ま、時期当主を殺そうとして破門で終わったんだから、政宗も本当に甘いよね。僕ならそいつ殺しているよ」

やはり政宗も弟だから厳しい処罰を与えることができなかったのではないか。皆の、小十郎や綱元の反対を押し切って破門に留めたのだろう。いつも厳しいことを言いつつも、甘いところは妙に甘いのだ、あの人は。

「最初から全部知った上で近づいてきたの?」
「そのとおりだよ。僕は君が政宗の恋人だって知った上で君に近づいた」
「………誰からその情報を?」
「ん? そうだなあ、まあ伊達組を快く思っていない他の組の連中から……とでも言っておこうか」

伊達組と敵対している組は沢山いる。そのことは政宗から何となく聞いていたので知っていた。現に松永組がいい例だ。松永組も華那が政宗の弱点と知った上で攻撃をしかけてきた。となると華那のことを知っている他の組があっても不思議ではない。

「お喋りもここまでにしようか。さあて、政宗はどんな反応をしてくれるかな?」

と言いつつ、小次郎は携帯電話を取り出した。

「ってそれ私の携帯電話!?」
「正解。華那ちゃんの家から勝手に持ってきちゃった。ごめんね」

全く悪びれた様子のないごめんねに、華那は眉間にしわを寄せた。

「……ああ、政宗? ごめんね、華那ちゃんじゃなくて。そんなに怒鳴らないでよ。華那ちゃんなら今僕の部屋にいるよ。大丈夫、まだ何もしていないから。ただ政宗にはちょっとした問題を解いてもらいたいだけだよ。だからそう怒鳴るなって。それ以上怒鳴ると本当に何かしちゃうよ? ……じゃあ問題を言うね。今伊達組の周囲には最上組の連中が待機している。僕の合図で伊達組を襲撃する手筈になっているんだ。そこで、だ。伊達組を守るか、華那ちゃんを助けに来るか。どちらか一つしか選べないのならどちらを選ぶ? ああ、両方っていう選択肢はないよ。言っただろ、僕の合図で伊達組を襲わせるって。君が選択した時点で僕は伊達組を襲わせるからね。っじゃあちょっと華那ちゃんに代わるね」

はい。と携帯電話を差し出され、華那は今受け取るべきか少し悩んでしまった。小次郎の意図はわかっている。これで政宗に助けを乞えと言っているのだ。華那が助けてと言えば政宗はきっと助けに来るだろう。そう踏んで。今までの華那なら迷わず政宗に助けてと言っていただろう。しかし今は違う。全ては今朝、政宗が電話で伝えた内容にあった。

覚悟を決めろ。伊達組の人間になる覚悟。政宗の妻となる覚悟を持て。小十郎や綱元が言っていた話を、華那は政宗から聞いている。

今ここで政宗に助けを乞うことは、果たして正しいことなのだろうか? この先このようなピンチは何度だって起こるだろう。そのたびに政宗に助けにきてもらって、私はそれでいいのだろうか。それで政宗の隣に立つのにふさわしいと言えるだろうか?

「………もしもし、政宗?」
「華那、無事か!? 小次郎に何もされてねえな!?」
「うん、大丈夫……」
「待ってろ、今すぐ助けに―――」
「―――駄目」

政宗の言葉を遮り、華那は政宗を拒絶した。電話越しで政宗が息を呑むのがわかった。しかしそれでも、華那は言葉を続けた。

「駄目だよ政宗。だって政宗は伊達組筆頭だもん。伊達組が襲撃されるかもって時に、伊達組から離れちゃだめだよ。私なら大丈夫だから。自力でなんとかするから、だから政宗は伊達組を守って。こんなことで揺らいじゃ駄目だよ、政宗……」
「華那……」
「私なら大丈夫だからさ。政宗は伊達組当主として、今何を選ぶべきなのかちゃんと選んで」

一方的に通話ボタンを切ると、華那は携帯電話をポケットに仕舞う。華那の意外な態度に小次郎は興味深そうに目を丸くさせていた。

「政宗は伊達組を選んだ。だからここには助けに来ない」
「へえ、意外。泣いて助けて政宗って言うと思っていたのに。やっぱり君は面白いね」

これくらいのこと、自力で対処できなくてどうする。華那は小次郎を自分の、伊達組の、政宗の敵としたうえで、改めて小次郎と対峙したのだった。

続