ジーザスジーザスジーザス!!! | ナノ


あれから政宗は華那を自宅に送り急いで帰宅した。帰ってきた政宗を、少し離れた所から様子を見ていた小十郎は不思議に思っていた。政宗の様子がいつもと微妙に違うことを察したからである。すると政宗は小十郎に近づき小声で成実と綱元を呼べと命じ、自室へと戻っていったではないか。あまり人には聞かれたくないことなのだと察した小十郎は、すぐさま成実と綱元を呼び、三人で政宗の自室へと向かう。

「どうかされましたか政宗様。我ら三人を呼びつけるなど只事とは思えませんが?」
「Ah お前ら以外にはあまり聞かせられねえ話なんだ」
「なになにー? あ、わかった。華那と喧嘩したから仲直りの方法を考えてくれって?」
「違ェよ。喧嘩はしてねえ。ま、華那に関係あるところはbingoだ」

政宗はそこで一旦言葉を区切ると、深く息を吸い込んだ。

「………お前ら、小次郎のことを覚えているか?」

小次郎。その名が政宗の口から出た途端、三人の表情が強張った。政宗の部屋に緊張が走る。

「覚えているに決まってるじゃん。今は最上組のほうに身を寄せているんだよな?」
「ああ。今じゃ最上組の若頭の地位にまでなっているらしい」
「なんと!? 小次郎様が……!?」
「政宗様、その情報をどこから入手されたのですか?」

と、驚く成実と綱元だったが、小十郎だけが冷静にその情報が信頼できるものかを見極めようとしていた。政宗は小十郎に目をやりながら「華那から聞いた」と簡潔に答える。どうしてそこで華那の名前が出てきたのか、これにはさすがの小十郎も驚きを隠せない。

「今日華那は父親の取引相手と食事をしたらしい。その取引相手っつーのが最上の狐と小次郎だったんだ」

最上組も伊達組と同じく幾つか会社を経営している。華那の父親と何かしら接点があってもおかしなところはない。

「世間は狭いね……と言いたいけど、本当にそれって偶然なの?」
「わからねえ。偶然ならいいが、何かしら仕組まれていたっていうなら厄介だな。例え本当に偶然だったにしろ、華那の存在を知った以上小次郎が利用しねえわけがねえ。何かしら動きがあるはずだ」

小次郎が華那と政宗の関係性を最初から知っていた上で彼女に近づいたとなれば面倒だ。それくらい調べるのは簡単だ。小次郎が華那に近づく理由は政宗の弱点という理由以外ありえないだろう。となると松永組のように華那に危害を加える可能性が高い。ただそれは最上組以外だったら、という話である。今回は更に厄介な点があるのだ。

「相手はあの小次郎だ。何を企んでいるのかわかったもんじゃねえ……」
「小次郎さまは今もやはり政宗様を……」
「ああ、憎んでいるだろうな。殺したいくらいに」

言いにくそうに言葉を濁した綱元の後に政宗の言葉が続いた。

「小次郎は伊達組を継ぐ、ただそれだけを考えて生きてきたような奴だ。それなのに親父の遺言のせいで伊達組を継ぐことができなかったんだ。オレを憎んでいて当然だろう。オレもアイツのことが嫌いだしな、丁度いいと言えば丁度いいが」

だが政宗を憎んでいるからこそ、今回は松永組のとき以上に厄介だった。小次郎が政宗に対する憎しみで動いていたら、華那の身に何が起きるのか想像できないのだ。

華那が政宗の弱点だからこそ、彼女に何か危害を加えれば政宗の惨めな姿が見られる。政宗の精神を揺さぶるためだけに華那を傷つける姿は容易に想像がついた。揺さぶるためだけだからこそ、どんな酷いことだってできてしまうだろう。要は政宗を精神的にも肉体的にも追いつめることだけに重点を置いているので、そのためならどんな手段も厭わないのだ。

「……少々厳しいかもしれませんが、前回の件もあります。華那にはそろそろ伊達組筆頭の人間としての覚悟を決めてもらわねばいけないかもしれません」
「何言ってんだよ小十郎!?」
「お前は黙っていろ成実。華那はいずれこの伊達組の人間になります。政宗様の妻、伊達組当主の妻になるということがどういうことか、学んでもらわねばいけないのかもしれません」

華那がこの先政宗と一緒にいたいと思う限り、以前のような危ない目にこの先何度も遭うことだろう。伊達組当主を支える女としてどのような行動をとるべきか、そろそろ華那も考えなくてはいけないと小十郎は前々から思っていた。

華那が危険な目に遭うたび政宗が助けに行っていたのではいけないのである。何故なら伊達組当主として優先すべきなのは組のことであり、自分にとっての大切な人間ではないのだ。後者を選んだ結果伊達組が潰れてしまえば意味がない。政宗は伊達組当主として常に伊達組のために動かなくてはいけないのだ。自分の感情に流されては相手に付け込まれるだけである。

「現に松永久秀は華那を人質に伊達組のシマを寄こせと言ってきました。それは華那が政宗様の弱点と知っていたからこその行動です。はっきり申し上げると、華那が政宗様の足枷になっているということになります。恐れ多くも私達の一番は華那ではなく政宗様の御身です。如何なる状況下でも政宗様の御身を危険にさらすわけにはいきません」

そのために、華那には覚悟を決めてもらう必要性があるのだ。この先政宗が前だけを見て進めるように、華那が後ろではなく政宗の隣を歩けるようになるためにも。

「……小十郎の言う通りです。俺や小十郎にとって、華那は小さい頃から知っているせいもあり、それこそ妹のように思っています。だからこそ彼女には強くなってほしいのです。伊達組の名に恥じない……政宗様の隣に立っても何人たりとも口出しできないほどに」

組の当主は別の組の縁者と婚姻を結ぶことが多い。お互いのシマを広げるためといった、何かしら政略結婚の意味合いが強い。

しかし政宗がこの先ずっと一緒に歩きたいと思っている華那は、極道の世界に縁のない一般人。当然周囲の反対は多い。華那と結婚してもメリットはなく、それどころか伊達組にとって邪魔になるだけの存在だ。そんな周囲の言葉を跳ね除けるためにも、華那には強くなってほしいと小十郎と綱元は願っていた。二人とも華那のことは昔から知っているため、年の離れた妹のようにさえ思っている。

「生半可な覚悟じゃオレの嫁は務まらねえってことか……」
「そして同じく、政宗様にも今一度覚悟を決めていただきたく思います」
「Ah? オレだと?」

伊達組を継ぐという覚悟ならとっくの昔に決めている。それは小十郎も理解しているはずだ。

「華那にいかようなことがあっても、政宗様は伊達組を統べる者であるという自覚をお持ちください。何を第一に行動するか、よくお考えください」

華那に何があっても、伊達組筆頭として行動するべきだと。小十郎の言いたいことは痛いくらい理解している。以前の松永組のように華那を盾に付け込まれるな。政宗はグッと握った拳に力を込めた。

「小次郎様を含め最上組については我々にお任せください」
「Ok 頼んだぜ綱元」

最上組のことは小十郎達に任せておいて大丈夫だろう。政宗には政宗にしかできないことがある。自分が今何をすべきか、十分わかっているつもりだ。

***

「………小十郎がそんなことを?」

翌日になり、政宗は電話で昨日小十郎と綱元が言ったことを華那に伝えていた。本当なら昨日のうちに話しておきたかったことだが、夜も遅かったので翌日電話することになったのである。

政宗からの電話、どうせいつもみたいにデートの誘いかと思っていた華那は、政宗の口から出た話の内容に言葉を失った。この先オレと一緒にいたいと思うのなら、覚悟を決めろ。政宗は小十郎と綱元が言ったことを全て華那に伝えた。伊達組の人間になる覚悟。そんなこと今の今まで考えたことなどなかったのである。組の当主の妻になるということがどういうことなのか、考えてもわかるはずがない。華那はまだ高校生だ。そもそも結婚を考えられる年齢ではない。

「ま、今すぐ答えを出せって言っているわけじゃねえ。そんなに深く考えるな」
「うん……」

政宗も華那の心情を理解しているのか、焦らずゆっくり考えろと諭した。声も少し明るい。きっと華那に気を遣っているのだろう。

「とにかく今大事なのは最上組のことだ。とりあえず金輪際、小次郎に近づくんじゃねえぞ。わかったな?」
「わかった……。ありがとう、政宗」

通話を終えると、華那はベッドの上に深く体を沈めた。この間の松永組のとき、嫌というほど思い知った。自分は政宗の足手まといで、伊達組にとってお荷物でしかないのだと。守られるだけの存在が嫌でおとり役を買って出たが、結局最後は政宗に助けられた。目の前で繰り広げられる命のやり取りに震えが止まらなかった。

あんなことが日常茶飯事の世界で自分は果たして生きられるか―――? 政宗が危ない目になっていないか、考えただけで怖かった。倉庫が爆発したとき、華那は心臓が止まる思いだった。政宗は無事だろうか。彼の無事な姿を確認するまで気が気じゃなかった。全ては私が弱かったせい。政宗の弱点として付け込まれた私の弱さのせいなんだ。政宗と一緒にいる限り、あのような危ない目に何度遭うかわからない。そのたびに政宗に頼るわけにはいかないのに。自分のせいで政宗が危険な目に遭うなど、とてもじゃないが耐えられない。政宗が一番に考えなくてはいけないのは華那ではなく伊達組なのだ。それは華那も十分理解している。

「―――華那、ちょっといいかい?」
「なあに……? 今ちょっと考え事しているんだけど」

控え目なノックの後に、父親が部屋に現れた。華那は一旦思考を停止させ、父親のほうへ意識を向ける。

「実は今日、これを最上さんが取りに来る約束になっていてたんだけど、お父さんは昨日の夜急に会社に呼ばれてしまってね。今すぐ日本を発たなくちゃいけなくなってしまったんだよ……。だから代わりに華那が渡しておいてくれないかな?」

そう言うと父親は手に持っていた紙袋を華那に手渡した。

「ゲッ!? 私はちょっと無理かなあ……」

昨日、そしてついさっきも政宗に、小次郎と最上組に近づくなと念を押されている。今最上の人間と接触したら色々と拙い。ましてやこの家に来るなんて最悪だ。だが最上組や小次郎のことを父親が知るはずもなかった。今本当のことを話すべきだろうか? 

だが父親は今も華那と政宗の交際を反対している。政宗という単語を聞くだけで昔の元ヤンの姿に戻りかけるくらいだった。ここで本当のことを話すと今度こそ手段を厭わず別れさせようとするだろう。駄目だ、やっぱり本当のことは言えない……!

「じゃあお父さんはもう行くから! よろしく頼むよ!」
「ちょっと待って……待てって言ってるでしょうがこのバカ父ィィイイイ!」

本当に急いでいたのか、父親は逃げ出すように華那の部屋を後にした。荷物はあらかじめまとめてあったのか、玄関にトランクが準備されていた。華那は慌てて階段を駆け下りて父親の後を追うが、既に父親は家を飛び出した後だったのである。残されたものといえば、父親が華那に手渡した紙袋だけだった。

「どうすればいいのよ……。政宗に会うなって言われているのに」

一応政宗に連絡しておいたほうがいいかもしれない。事情をちゃんと説明すればわかってくれるだろう。そう思い華那は部屋に置いてきた携帯電話を取りに二階へ戻ろうとした。しかし階段を半分上ったところで玄関のチャイムが鳴り響く。

「もしかして……もう来ちゃったの? でもさすがにまだ早いよね。違うよね。大丈夫よね?」

華那はゆっくりとした足取りで玄関へ戻ると、恐る恐るドアを開けた。ソーッとドアの隙間から外の様子を窺うと、ニコニコと笑顔を浮かべている小次郎と目が合ってしまった。

「………ジーザス!」
「やあ華那ちゃん、おはよう。今日もいい天気だね?」
「そ、そうですねとってもいい天気! こんな日はきゅっと首でも吊ってあの世とこの世のランデブーと洒落込みたいデスネー?」
「あはは、何それ。面白いことを言うね」
「えーと、今日ここに来た用事はこれですかね?」

華那は父親から預かった紙袋を小次郎にサッと手渡した。中身が何かわからないが、あまり大きくないのに見かけによらず重たかった。

「ああ、ありがとう。でもね、僕が今日ここに来たのはこれを受け取るためだけじゃないんだ」

小次郎の瞳が冷たい光を放ったかのように見えた。と、腹部に違和感を覚える。刹那、華那は足元から崩れ落ちた。華那が倒れざま見えたのは、小次郎の痛いまでに冷たい瞳だった。何が起きたのか華那にはわからない。でもこの感じには覚えがあった。なんだっけと、上手く回らない頭で考える。

ああ、昨日バカ父に鳩尾殴られたときの感じに似ているんだわ……。自分が小次郎に殴られたことに気づいたとき、彼女の意識は奈落の底へと落ちていったのだった。

続