ジーザスジーザスジーザス!!! | ナノ


どこから説明すればいいんだろうと華那はどこか他人事のように考えていた。父親の会社の取引相手との食事会に強制参加させられ、取引先の人が連れてきた甥は政宗の実の弟だった。言葉にすればこれだけである。なんと軽いことか。

しかし小次郎から伊達組内部の醜い話を聞いてしまったため、事態は華那が思っている以上にややこしくなっていることだけは確かだろう。あの政宗が実の弟に屋敷の敷居を踏ませないと言ったと小次郎は語る。仮にその話が本当だとして、そこまで嫌っている弟が、自分の彼女と二人っきりだったのだ。どれだけ説明しても政宗の怒りを抑えることは今回ばかりは華那でも難しい。

「こりゃあどういうことだ。なんで華那がこいつと一緒にいやがる」

小次郎の横に華那がいることを良しとしなかった政宗は、華那の手首を掴み、無理やり自分のほうへと引き寄せる。政宗の表情が見る見るうちに険しいものになっていく様を目の当たりにした華那は、先ほどの小次郎の話が本当なのだと見せつけられた気分だった。そんな政宗を見て、小次郎は悲しそうに目じりを下げる。

「彼女は僕の伯父の取引先相手の娘さんだよ。食事会で偶然知り合っただけなんだ、ね?」
「う、うん……」

小次郎の目配せに気づいた華那は、曖昧に頷いた。小次郎が言っていることの大半は本当だが、食事会で偶然知り合ったというところだけは同意しかねる。この食事会だって元は小次郎が華那に会ってみたいと言ったことで成立したものだ。華那と出会ったことは偶然ではない。だがここで本当のことを言うのは得策ではないと華那も理解しているつもりだった。小次郎の話に合わせるに限る。

「そうなの。私は食事会に参加したくないって言っていたんだけど、父親に無理やり連れてこられてこんな格好までさせられちゃったんだ。まさか政宗の弟君だったなんてびっくりしちゃったよ」

この緊張感を少しでも和らげるため、なるべく明るい声で話した。政宗と小次郎の問題を聞いてしまったことがバレればひと波乱あってもおかしくない。そのことがバレないようにするためにも、華那は明るく明るくと念じながら話し続けた。政宗は華那の些細な変化にはよく気づくので厄介だ。今日ばかりは自分の大根っぷりが恨めしい。

「小次郎。これは警告だ、二度と華那に近づくんじゃねえ」
「どうしてさ? 僕が誰と会おうが親しくなろうが、政宗に言われる覚えはない」

政宗の眼光が光ったような気がした。涼しい表情を崩さない小次郎に対し、政宗にしては珍しく露骨なまでに怒りの感情が露わになっている。今にも一色触発しそうな気配に華那は内心で悲鳴をあげた。

「だって僕は華那ちゃんを好きになっちゃったからね。悪いけど政宗には邪魔させないよ?」

とどめを刺された、華那は即座にそう思った。ある意味一番言ってほしくないセリフを小次郎は言ったのだ。ここで政宗に向かってそんなことを言うとどうなるか、華那にもわかるようになってきていたからだ。

ちらりと政宗の様子を窺うなり華那は短い悲鳴をあげた。不機嫌のオーラを纏いながらも笑っている政宗の姿を見たからである。おまけに笑っているのに目だけは笑っていない。そのアンバランスさが余計に恐怖を煽っていた。

「誰の女を好きになっただと? こいつは既にオレのもんだ。テメェの出る幕なんざねえんだよ」
「そんなこと関係ないけどね。欲しかったら奪う。伊達の流儀だろう?」
「テメェが伊達の流儀を語るんじゃねえ!」
「ちょ、ちょっと二人とも。ここ道のど真ん中……!」

政宗がついに怒鳴り声をあげたことで、華那は二人を落ち着かせようと間に割って入った。三人の横を通り過ぎていく人達が何事かと怪訝な視線を送ってきている。政宗はまだ何か言いたげだったが短い舌打ちをするだけで留まった。一応は華那の言葉に従ってくれたらしい。

「あ、あのね小次郎君。気持ちは嬉しいんだけど、私は政宗と付き合っているので……付き合うとかは無理なんだ。ええと……だからその、ごめんなさい?」
「悪いけど、華那ちゃんが既に政宗と付き合っていようがどうでもいいんだ。重要なのは僕が華那ちゃんんを好きって気持ち。だから僕に振り向いてもらえるまで諦めないからね」

華那は頭に金タライを落された気分だった。どうやらこの兄弟は顔だけじゃなく、根っこのほうの性格も似ているらしい。政宗も小次郎も、欲しいものはどんな手段を使ってでも手に入れるタイプだ。付け加えるなら人の話もちゃんと聞いているのか微妙だった。もしかしてこの二人の相性が悪いのは、単なる同族嫌悪じゃないかのかと思えてくる。

「とりあえず今日はもうアイスクリームを食べにいけそうにもないし、伯父達のことも気になるからホテルに戻るよ。華那ちゃんの服は君のお父さんが預かっているはずだから心配しないで」

政宗が現れたことでこれ以上華那と一緒に行動することは不可能だと判断した小次郎は、短く挨拶を交わすと華那に背中を向けホテルへと戻って行った。その場に残された華那はどうしたものかと政宗に視線を送る。政宗は相変わらず不機嫌で、正直言うとあまりかかわりたくないほどのレベルだった。しかし手首を掴まれたままでいるため動くこともできない。

「華那。今後何があっても小次郎に近づくんじゃねえぞ」
「どうして? 弟なんでしょ。なんでそんなに仲が悪いのよ。小次郎君は政宗のことを嫌ってなんかないじゃない」

小次郎は政宗と仲直りしていたかったように見えた。それなのに政宗は小次郎と会話する機会すら与えようとしない。すると政宗は口の端を歪め、クツクツと笑い声を洩らした。

「オレのことを嫌ってないだァ? アイツほどオレのことが嫌いな奴なんてこの世にいねえんじゃねえかってオレは思ってるぜ?」

政宗が笑っている原因は、華那があまりにも的外れなことを言ったせいだった。小次郎に何を言われたのかはわからないが、政宗は小次郎に好かれていると思ったことは一度もない。小さい頃はそうでもなかったが、目の病気以降好かれた覚えがなかったのだ。

「華那、小次郎のことについて何を知っている?」
「何って……政宗の弟ってことと、あと最上組? を継ぐことになりそうだってことくらいだよ」
「……おい、今何つった? 最上組を継ぐだと!? 小次郎が!?」

政宗の迫力に押され華那は少したじろいだ。政宗の驚きようから、小次郎が最上組を継ぐという話は知らなかったと察した華那は、確かに小次郎がそう言っていたと断言した。最上組は政宗の母の実家である。伊達組と最上組に何かしら関係があってもおかしくない。

「あの狐の後釜が小次郎とはな……。面倒なことになってきたな」
「狐って何?」
「ああ、現最上組の当主だ。一応オレの伯父にあたる。あの狐はまだまだ鬱陶しいくらい元気なはず……となると後釜の話はまだ先か。だが小次郎が若頭の立場にあることは違いねえ」

何やら考え事をしている政宗の表情は、いつの間にか伊達組当主としての顔になっていた。華那は考え事の邪魔をしては悪いと思い口を噤む。

「おい華那、もう一度言うぞ。小次郎には近づくな」
「だからなんでそう言うの……!」
「これは伊達組当主として言っているんだ。相手は最上組の若頭だ。伊達と最上はちと面倒事があって、今は一応こう着状態になってはいるが、その均衡だっていつ壊れるかわからねえ。組同士の抗争の恐ろしさはこの間、嫌というほど思い知っただろ?」

華那はこくんと頷いた。伊達組と松永組の抗争からしばらく経った今でも、何が起きたのか昨日のことのように鮮明に思い出せる。あのとき華那は初めて絶対的な窮地に立たされた。作戦だったとはいえ松永組に誘拐され、挙句刀を突き付けられ殺されかけたのだ。初めて見る本物の日本刀にみっともなく足が震えた。体中から冷や汗が噴き出た。あのときの恐怖は今もなお華那の体に染みついている。今までどこか他人事だった組同士の抗争をまじまじと見せつけられ、頭にガツンと強い衝撃を加えられたくらいショックを受けたのだ。

「アイツがオレの弟だから……もあるが、それ以上にアイツが最上組の若頭だから近づくなって言ってんだよ。最上組も一応伊達の傘下に下ってはいるが、反乱分子の可能性がある。小次郎が若頭っていうなら尚更な」

自分のことを良く思っていない男が次期当主になろうとしているのだ。気に食わない相手の下にいるほど、最上組が、そして小次郎の性格が大人しいとは政宗には思えない。

更に厄介なのは小次郎に政宗と華那が付き合っていると知られたことだった。もしかしたら最初から知っていた、という可能性も捨てきれないが、小次郎は瞬時に政宗の弱点が何か察したことだろう。政宗の弱点という理由だけで華那は以前松永組に狙われたのだ。今回だってないとは言い切れない。

「とにかく小次郎に騙されるな。アイツは一見人の良い面をしていやがるが、腹の中はドス黒い」

松永組に狙われた経験がある以上、華那も政宗の言葉に一応従った。内心まだ少し腑に落ちない点が多いが、政宗に要らぬ心配はかけたくない。政宗の言葉か小次郎の言葉か。どちらを信じるかと聞かれれば、当然政宗しか華那にはありえないのだから。

続