「んあ………? どこだここ……?」 目を開けると真っ白な光が飛び込んできて、あまりの眩さに開けかけた目をまた閉じた。少し経ってからもう一度、今度は光に目を慣らしながらゆっくりと目を開けていく。真っ白な光の正体は頭上でキラキラと輝いているシャンデリアだった。シャンデリアなんて滅多にお目にかかれない代物だ。 どうやら私はベッドに寝かされているらしく、背中からフカフカな感触が伝わってくる。一瞬私の部屋かと思ったが、天井が明らかに違う。シャンデリアなんて私の部屋にはない。 「本当にどこなのよここは!」 慌てて起き上がり、辺りをキョロキョロ見回した。無駄に広い部屋に素人目でもわかる豪華な家具。生活感がないこの部屋はおそらく……。 「ああ、目が覚めたかい?」 何事もなかったかのようにひょっこりと顔をのぞかせる父に、私はボディブローの仕返しと言わんばかりに父の腹部に渾身の蹴りを食らわせた。父の口から濁音塗れの呻き声が漏れる。バランスを崩し倒れた父の胸倉を掴みグイッと引き寄せた。 「一体どういうつもりかしら? 娘を気絶させ、どこぞのホテルの無駄に豪華な部屋に連れ込むなんて。そこまで変態だったとは思わなかった。幻滅した」 「だってそうでもしないと華那は絶対に来てくれないって思ったからさー」 「ということはこのホテルであの食事会が行われるわけね!」 食事会に絶対来てくれないと悟った父は、実力行使にでたようです。実の娘を気絶させ強制的に食事会に参加させようとたくらんでいたようだ。というか最初からそのつもりだったんだろう。どうせ説得に応じないと端からわかっていたに違いない。じゃないとここまで手筈よく進められるはずがないからだ。 「ここまで来たんだ。この服に着替えて食事会にでてもらうよ。食事会はあと一時間後だ」 「……ちなみに逃げようとしたら?」 「今後半年間仕送りなし」 「ヒデェ!!」 どうやら父も本気のようだ。しかし仕送りなしの期限が半年間というあたりに若干の甘さが残っている。私ならそこは半年間と言わず一年間と言ってのけるよ。父が用意した服は淡いピンク色のドレスだった。本気の父に逆らったら痛い目を見るのは私だ。父の言葉のとおりここまで来たらもう腹を括るしかない。私は渋々ドレスを受け取り、あと一時間後に開かれる食事会に溜息をついた。 ………なァんて、私がそこまで諦めの良い性格のわけないじゃない。服を着替えるため出て行った父の後ろ姿を見送った後、私はニヤリとほくそ笑む。逃げるなら今がチャンスだ。一階のロビーまで行けばタクシーに乗って逃げられる。お金は持っていなけれど、家に帰れば料金だって払えるし問題ないだろう。 私はドアから顔を出し左右を確認する。辺りに人気はない。逃げるなら今だ! 意を決して部屋を飛び出した。エレベーターを探しながら、それこそ泥棒のようにコソコソとした怪しい足取りで、だ。途中すれ違った女性にすごく怪しい視線を向けられてしまったよ。愛想笑いでなんとか誤魔化すと、私は再びエレベーターに向かって歩き出す。 「あったあった。エレベーター見っけ」 エレベーターまであと少し。しかし前方から父が現れたことで事態は一変した。逃げようにもホテルの廊下に隠れられるような場所はない。あるのは誰かが泊っているかもしれない部屋だけだ。こうなったらイチかバチかである。私は手短な部屋に飛び込むことにした。幸い鍵は空いていたので間一髪のところで父に見つかることはなかった。だがあのまま私がいた部屋に戻ると拙いよな。何しろ部屋にいるはずの私がいないんだもん。 勘の良い父のことだ。私が逃亡したことにすぐ気付くだろう。となるとへたに探し回るよりロビーで待ち伏せしているほうが効率は良い。駄目だ。ロビーに行けば父に見つかり食事会に参加させられた挙句半年間仕送りなしだ! 「………あの?」 「あ、ごめんなさい怪しいものじゃないんです!」 後ろから戸惑いを含んだ声をかけられ、慌てて振り向きこの部屋に泊っているらしい人に平謝りだ。いきなり部屋に転がり込んできたのに怪しいものじゃないって言って信じてもらえるか微妙だけど、ただそこに部屋があっただけなんです別に隠れられるならどこでもよかったんですと、捲し立てるように告げるとクスクスと笑い声が聞こえてきた。 「ご、ごめん……あんまりにも面白かったから……」 「は、ははは……」 駄目だこの人絶対なんだこの馬鹿な女はって意味で笑っているよ。何も言わなくてもわかる。人っていう生き物は悪意には敏感なのだ。 「す、すいませんすぐに出ていくんで……だから通報だけはご勘弁くださ……」 顔を上げて相手の顔を見るなり、私は言葉を失った。だってそこにいたのは……。 「政宗……!?」 そう。私が決して間違えるはずがない政宗その人だったからだ。でも政宗にしてはどこか違和感を覚えた。政宗なんだけど私が普段見ている政宗とはどこかが違う。 「政宗……? 僕は政宗っていう人じゃないよ」 「あ、ああ……!」 そうだ。目だ。政宗は常に右目に眼帯をしている。けれど目の前のこの人は眼帯をしていない。それどころか両目がある。それが私の感じた違和感だろう。 「ごめんなさい。私の知っている人に似ていたものでつい……」 「そうだろうね。華那ちゃんがそう思うのも無理がないと思うよ」 今この人私のことを名前で呼ばなかったか? どうして私の名前を知っているのだこのお人は。まさか「君って華那ちゃん顔だよね」なんてエスパー的なアレじゃあないだろうな。不審な目で政宗にそっくりな人を見ていたら、その人はまた可笑しそうにクスクス笑い始めた。 「華那ちゃんのことは君のお父さんから聞いているから知っているだけだよ。すごく可愛い自慢の娘だってね」 「ち、父っすか……?」 どうしてこの人が私の父のことを知っているんだろう。私のことは父から聞いたっていうけど、じゃあ父のことはどこで知ったんだ。 「うん。そんなに可愛い子でしょ。今日の食事会をすごく楽しみにしてたんだ」 「食事会って……うそまさか……!?」 絶対に嫌! 何が哀しくてジジイと食事しなくちゃいけないのよ。ジジイじゃなくておじさんだよ。それにその食事会にはその人の甥御さんも来るらしい。年も華那と近いそうだから……頼むこの通り! 数時間前の父との会話がふと頭をよぎった。あのとき確かに取引先の甥御さんも一緒だと言っていたけれど、まさか……まさかァァアアア!? 「伯父さんに無理言って一度会いたいって頼んだんだ。今日の食事会だってどうしても会いたいからって無理やりセッティングしてもらったんだ」 「まじですか……」 「それともう一つ」 とっても爽やかな笑顔を向けられると正直戸惑ってしまう。だって顔が政宗に似ているせいで、まるで政宗が爽やかな笑顔を浮かべているように見えてしまうもの。普段の政宗なら絶対にありえない爽やか度数百二十パーセントだ。 「華那ちゃんが言っていた政宗って……ひょっとして伊達政宗のことじゃないかい?」 「え、ええ。そうですけど……なんでアイツのことを知っているんですか?」 「だって政宗は僕の兄だからね」 「え……ええええええ!?」 一体この人には何度驚かされれば気が済むんだろう。ってことはこの人、政宗の弟!? でも政宗に兄弟がいるなんて話聞いたことがない。 「改めて自己紹介といこうか。僕の名前は最上小次郎。よろしくね」 色々とツッコミどころが多すぎて戸惑いが隠せない。この食事会、色々な意味で波乱を含んでいそうな予感がする。とりあえず……私もちゃんと自己紹介をしておくべきなのかなー……? 続 ← |