ジーザスジーザスジーザス!!! | ナノ


「政宗が私に帰ってこいって言ってくれたから、私は目を覚ますことができたと思うの」

病室のベッドで上半身だけを起こし窓の外を見ながら、華那は何気なく呟いた。彼女の隣で椅子に腰かけ、りんごを切ろうとしていた政宗の手が止まる。

「オレがいつ帰ってこいなんて言った?」

サッとここ数日の会話を思い出してみるが、帰ってこいなどと言った覚えはない。政宗は自分の記憶に絶対の自信を持つ。言った覚えがないということは、間違いなく言っていないということだ。ということはまた華那特有の電波か。彼女は政宗の知らないところでよく電波を受信している。一体どこから発信されたものだろうと、耳を疑う内容が多いのもまた事実だった。

「言ったよ、私聞いたもん。夢の中で」

夢の中かよ。そりゃ十中八九電波だな。政宗は華那の電波の出所を把握したところで、りんごを切ろうとしていた手を動かした。何を言われてももう驚かない。だって夢の中での出来事なのだから。

「その夢の中ではね、私は学校にいて授業を受けているの。勿論みんないたよ。でも政宗だけいなかったの。クラス中のみんなに聞いても政宗のことは知らないって言ってた。まるで政宗が転入してくる前の学校みたいだった。だって伊達政宗という存在そのものがなかったから」

政宗は無言でりんごを切り分けている。華那が一旦話を切ると、政宗は目で「続きは?」と訴えかけてきた。一応は聞いていてくれているらしい。彼女はそんな政宗を一瞬だけ見て、また窓の外へ視線を戻した。

「隣のクラスの幸村や佐助にも訊いたんだけどやっぱり知らないって言われたの。私が教室に戻ると今度は教室中の生徒がいなくなった代わりに政宗が現れた」
「で、帰ってこいって言ったのか。オレが」

政宗の言葉に彼女は頷いた。

「私が帰る場所はオレのところだ。オレがいる場所、そこがお前の帰る場所だろ。だから早く帰ってこいって、なんとも俺様的発言をしてくれたわけよ」

華那が溜息混じりでそう言うと、政宗の手がふと止まった。その様子に気づかず彼女は話を続ける。

「あとなんて言ってたかな。私にはいつも笑っていてほしい。だからそんな顔はもう見たくない。堪えられない。いい加減声を聞かせてくれだって。なんか夢の中の政宗が弱々しくって、私もそんな政宗の様子を見ていられなくなって……。帰るから、だから安心してって伝えた途端視界が真っ白になったの。そうしたら……私はここにいた」

華那は少し恥ずかしそうに頬を指でなぞる。政宗の反応が返ってこないことに不安を覚えた彼女は、再び政宗へ視線を移した。政宗はりんごを切る手を止めて、珍しく呆けた表情を浮かべている。目を丸くさせたまま動かない。不思議に思った華那が政宗の顔の前で手をひらひらと動かしてみるが、それでも反応が返ってこない。いつもなら「邪魔だ」と言って手を払いのけるくらいのことはやってのけるのに。

「政宗、どうしたの……?」
「Ah………お前が言ったそれ、な……」

ずっと眠り続けているお前にオレが言った言葉と同じなんだ。政宗がそう伝えると、今度は彼女のほうが目を丸くさせる番だった。手術は無事成功したもののなかなか意識が戻らない華那の傍には常に政宗の姿があった。小十郎や成実が少しは休むよう進言したが、政宗は頑なにそれを拒んだ。華那が目を覚ますまでここにいる。政宗はそう決めていたのだ。

なかなか意識が戻らない華那の姿を見ている政宗の姿は痛々しい。一人の看護婦が彼女に話しかけてあげてと政宗に言った。話しかけてあげると目を覚ますはずだから。政宗は彼女に話しかけ続けた。それが実を結んだのは、それから三日後のことである。

「聞こえてたんだな、ちゃんと。オレの言葉が……」

情けない。他人には見せられない弱い自分の声を聞かれたことになる。華那の意識がないからこそ言えた弱い部分が、どういうわけか全て筒抜けで、夢だからと忘れてくれればよかったのに彼女は全部覚えていた。政宗は少し頬を赤らめ、にこにこ笑っている華那から顔を反らす。

「ありがとう。やっぱり政宗は私を助けてくれた」

その言葉を受け取る資格が自分にはあるのか? 護ると決めたのに護りきることができなかった自分に。彼女の背中には刀傷がはっきりと残っている。しかし医者が言うには、形成手術は必要かもしれないが、傷自体はそう深くないので傷痕は残らないらしい。その点だけが政宗にとっての救いだった。

「私は大丈夫。嘘じゃないよ。だからそんな顔しないでよ。政宗がそんな顔をする必要はないんだから」

一体オレはどんな顔をしているのやら。こうして華那が笑い、声を聞けることがこれほど嬉しいことだったとは。自分でも知らないうちに彼女の存在が大きくなっていたようだ。あの三日間は生きた心地がしなかった。不安で不安で、罪悪感と後悔で何度も押し潰されそうになった。

「ところで早くりんご頂戴よ。むいてくれるって言うからずっと待っているのに。早くしないとりんごが乾燥しちゃうよー」
「わかった。ったく、我儘な姫サンだな」

政宗はりんごを切る手の動きを再開させる。別に頼まれたわけではないが、切り分けたりんごは可愛らしいうさぎさんカットだった。

完