ジーザスジーザスジーザス!!! | ナノ


昨日小十郎から聞かされた話を電話で華那に伝え終わったときだった。屋敷の外から感じる妙な気配に政宗は目を細めた。

「政宗様」

部屋の外から小十郎が抑えた声で政宗の名を呼ぶ。政宗にはそれだけで十分だった。

「外の奴らが何者か探らせろ。念のため屋敷の警備も強化しとけ。奴らに気取られるなよ」
「承知」

小十郎の気配が遠ざかる。政宗の命令をすぐさま実行するためだろう。政宗や小十郎が気づいているということは、おそらく綱元や成実も不穏な気配に気がついているはずだ。政宗は窓の外から己の姿が見えない位置で、外の様子をそっと窺う。姿は見えずとも気配でそこに誰かがいるということははっきりとわかる。それも一人、二人などという数ではない。大勢だ。

もともと政宗には敵が多い。狙われることなど日常茶飯事だが、今までこのように伊達組の屋敷に近づく者はいなかった。屋敷に近づけば得られる情報も多いがリスクも高いからだ。

今では伊達組以上に大きい組も少なく、その組の多くは伊達組と同盟関係にあるため敵対する意思はない。そのため伊達を狙う他の組のほとんどが伊達組より小さい組が多かった。規模が小さいが故見つかったら最後、伊達組の力の前に屈するしかない。屋敷の周囲で探るとなると見つかる可能性は非常に高い。それ故に己の保身のため、伊達組と敵対する他の組でも屋敷に近づく者はいないというわけである。

おまけに昨日小次郎と再会したばかりということもあり、政宗は言い知れぬ不安に襲われていた。小次郎の性格を考えると、政宗を潰しにかかるなら間違いなく華那を利用するはずだ。彼女は政宗の唯一の弱点。これを利用しない手はない。

「やっぱ屋敷の外の連中は最上組の連中か……?」

昨日華那が小次郎と出会い、政宗と小次郎は再会してしまった。あまりにタイミングが良すぎる。政宗は部屋を後にすると、小十郎や綱元の姿を捜した。しかし見つかったのは二人のどちらでもなく成実だった。

「政宗、綱元からの伝言。屋敷の外にいる連中は最上組の奴らだってさ」
「……そうか。意外と早く身元がわかったな」
「なんでも綱元が一人捕まえて締めあげたらしいよ。そしたらたまたま見覚えがあった奴らしくてさ。綱元がこいつは最上組の奴だって断言したんだ」
「他の連中には気取られてねえだろうな?」
「そりゃあ勿論。だって綱元だよ? そんなヘマするわけねえじゃん」

綱元は慎重な男だ。警戒心も人一倍強い。成実の言うとおり最上組に気取られるような真似はしないだろう。こうして話している今も綱元や小十郎達が敵を排除しているはずだ。

「あの狐に伊達組を襲うような真似ができると思えねえし、やっぱ裏で糸を引いているのは小次郎だろうな。となると屋敷の周囲にいる連中はみんな小次郎の息がかかった奴らってことになる。ヘタに手を出せねえな……」

今ここで屋敷の周囲にいる最上組の連中を倒すのは簡単だ。しかしそうすれば最上組の存在に自分達が気づいたと相手に悟られてしまう。正体がバレたとなると隠れている意味はなくなり、もしこれが小次郎の耳に入れば、次はどんな手段で出てくるか想像がつかない。

ここは何としてでも小次郎に悟られないまま外の連中を片づけるのが最善の策だろう。政宗はそこで一旦思考を停止させ、屋敷の外にいるであろう敵を直接この目で拝むため行動を起こしたのだった。

***

屋敷の周囲にいた敵をあらかた片づけた頃、政宗にとって気がかりなのは他ならぬ華那のことだった。どういう意図かはわからないが、最上組が伊達組を襲おうとしているのは事実である。となると政宗の弱点である彼女を利用しない手はない。

「念のために電話しておくか……」

何か妙な胸騒ぎがしてならない。華那が無事ならそれでいい。政宗は携帯電話を取り出し、彼女の安否を確かめるために電話をかけようとした。だが政宗が電話をかけようとした丁度そのとき、機械的な着信音が携帯電話から流れ出した。電話の相手は今まさに電話をかけようとした華那その人。政宗は慌てて通話ボタンを押した、

「Hey どうした、何かあったのか!?」
「………ああ、政宗?」
「小次郎……!?」

華那の携帯電話から何故小次郎の声が聞こえてくるのか。一瞬何かの間違いだと思った。だが政宗の理性が否応なしに酷な現実を告げている。彼女の携帯電話を小次郎が持っているのか、それとも彼女が小次郎の傍にいるのか。どちらとしても最悪だった。この答えの共通点は華那が小次郎の手に落ちたことを意味するからだ。

「ごめんね、華那ちゃんじゃなくて」
「テメェ華那に何しやがった!?」
「そんなに怒鳴らないでよ。華那ちゃんなら今僕の部屋にいるよ。大丈夫、まだ何もしていないから。ただ政宗にはちょっとした問題を解いてもらいたいだけだよ」
「Shout up! ふざけるのもいい加減にしやがれ小次郎!」
「だからそう怒鳴るなって。それ以上怒鳴ると本当に何かしちゃうよ?」

そう言われると政宗は黙り込むしかない。政宗は奥歯をギリッと噛み締めた。小次郎の言葉は毒そのものだ。聞けば聞くほど気分が悪い。政宗の顔色がどんどん悪くなっていく。焦りと不安が彼の心をどんどん浸食していった。声も自然と乱暴になる。しかし小次郎は悉く政宗の声を無視して淡々と喋り続けるだけだった。

「……じゃあ問題を言うね。今伊達組の周囲には最上組の連中が待機している。僕の合図で伊達組を襲撃する手筈になっているんだ。そこで、だ。伊達組を守るか、華那ちゃんを助けに来るか。どちらか一つしか選べないのならどちらを選ぶ? ああ、両方っていう選択肢はないよ。言っただろ、僕の合図で伊達組を襲わせるって。君が選択した時点で僕は伊達組を襲わせるからね。じゃあちょっと華那ちゃんに代わるね」

伊達組か華那か、どちらか一つを選べだと!?

選べない。どちらも政宗にとってはかけがえのない大切な存在だ。選びようがない。秤にかけられないくらいどちらも大切なのだ。その二つを選べと、どちらか一方を得、捨てろと小次郎は告げているのだから酷にもほどがある。

昨日小十郎が言った「覚悟」という言葉が政宗に重くのしかかった。

本音を言えば今すぐ華那の元へ駆けつけたい。自分の腕の中に閉じ込めて離したくない。だが伊達組当主としてそれは許されない行為だ。当主として今優先するべきは屋敷の周囲にいる敵の殲滅である。政宗の我儘で仲間を危険に晒すことなどできない。

「………もしもし、政宗?」
「華那、無事か!? 小次郎に何もされてねえな!?」
「うん、大丈夫……」
「待ってろ、今すぐ助けに―――」
「―――駄目」

政宗の言葉を遮り、華那は政宗を拒絶した。予想していなかった華那の返答に政宗は息を呑んだ。

「駄目だよ政宗。だって政宗は伊達組筆頭だもん。伊達組が襲撃されるかもって時に伊達組から離れちゃだめだよ。私なら大丈夫だから。自力でなんとかするから、だから政宗は伊達組を守って。こんなことで揺らいじゃ駄目だよ、政宗……」
「華那……」
「私なら大丈夫だからさ。政宗は伊達組当主として、今何を選ぶべきなのかちゃんと選んで」

迷う政宗の背中を押したのは小次郎に捕えられている華那だった。自分は大丈夫だから伊達組を守ってと、動揺している政宗を落ち着かせるかのように酷く落ち着いた声で。それが強がりだと政宗はすぐにわかった。しかし華那の心は折れていないこともわかってしまった。だからこそ政宗は彼女の強さを、覚悟を信じることしかできない。

「悪ィな小次郎。オレはどっちか一つを選べと言われて、言われた通り一つを選ぶ男じゃねえんだよ」

どちらか一つ選べと言われて大人しく選ぶような男ではない。彼は第三の選択肢である両方勝ち取るという選択をする男だ。今回もそうだ。伊達組を守り華那も助ける。これが政宗の選んだ答えだ。

早く。早く彼女のもとへ駆けつけなければ。嫌な予感がする。こういうときの自分の勘は良く当たる。だからこそ早くこいつらを倒さなければならない。一刻も早く華那を助けるために。

完