ジーザスジーザスジーザス!!! | ナノ


「あ、どこに行っていたんだい? 部屋にいないから逃げちゃったと思ったじゃないか」
「……ちょっと野暮用で」

父が無理やりセッティングした食事会から逃げ出そうとして、たまたま忍び込んだ部屋にいた相手が他ならぬこの食事会の相手だった。おまけに政宗の弟だと名乗ったのだから、もうどういう反応をしたらいいのかわからなくなるほど混乱してしまったものだ。名前を最上小次郎と言ったが、私は政宗に弟がいたという話は聞いたことがない。それどころかその姿さえ見たことがなかった。昔から政宗に仕えている小十郎や綱元、従兄弟の成実すらそのような話をしていない。

正直うそだろうと思うのだが、彼の顔は政宗と酷く似ていた。政宗を爽やかにしたらきっとあんな顔になるんだろう。似ているからこそ動揺してしまったのだ。この食事会に出てみようと思うようになったほどには……。

「逃げちゃったらあれだよ、お父さんは悲しいよ。実の娘にあんなことやこんなことをしちゃうところだったんだからね」
「あんなことやこんなことって何!? ああもう、着替えるから出て行って」

父が予め用意していた淡いピンク色のドレスに着替え終えると、外で待機していた父に声をかけた。それにしても何このドレス。気持ち悪いくらいにサイズがぴったりなんですけど。どうして娘のサイズをこれほど正確に理解しているのだ我が父は。やっぱり変態なんじゃないのかな。

「うんうん。やっぱりお父さんが見立てたドレスだけのことはある。よく似合っているよ」

私のドレス姿を見て父はこう言った。満足しているのか頬がほんのり朱に染まっている。私は慣れないヒールに戸惑いながら、食事会が行われるというホテルの最上階にあるレストランに向かった。

レストランの入り口では小次郎君とその伯父と思われる中年男性が待っていたようで、私達の姿を捉えるなり小さく手を上げた。二人ともきちんと正装している。私が小次郎君と会ったときは正装していなかったので、あの後着替えたんだろう。

「やあ。お待たせしてしまいましたかな?」
「いやいや、私達も今来たところですよ」
「さっきはどうも。ドレス、すごく似合ってるね」
「あ、ありがとう……」

大人達の挨拶を父の一歩後ろから眺めていたら、私と同じように控えていた小次郎君が声をかけてきた。社交辞令だと思っていても、嫌みを含まない笑顔でこう言われてしまえば照れてしまう。

「さて、小次郎君。私達は別のお店で食事をすることにするから、君は彼女とここで食事をするといい」
「はい、わかりました伯父さん」
「え、どういうこと?」

食事会というから私を含めた四人でと思っていた。父の顔を窺うと、申し訳なさそうに「そういうわけだからよろしくね」と言って、二人でどこかへ行ってしまったではないか。残されたのは私と小次郎君で、どうすればいいのか私は小次郎君の様子を窺う。先ほどの口ぶりからして小次郎君はこうなることを予め知っていると踏んだのだ。

「とりあえず中に入ろうか。話はそれからでいい?」

そのレストランは私のような子供が入るには些かレベルが高すぎた。客全員が正装で、皆静かに談笑しながら食事を楽しんでいる様子だったのだ。明らかに場違いな気がして、内心気おくれして仕方がない。メニューに書かれている料理だって「これ何語ですか?」っていうものばかりで、料理名からどんな料理なのか想像がつかない。もっと分かり易く書いてくれてもいいんじゃないだろうか。料理名までおしゃれにしないでいいと思う。結局一番お手軽なコース料理を注文し、料理がくるまでしばしの談笑タイムが始まったのだった。

「ごめんね。この食事会は僕が伯父さんに無理やり頼んだってさっき言ったよね。それは僕が華那ちゃんと一度会って話してみたいって思ったからなんだ。元々二人で食事する予定だったところに、僕が割り込んだんだ。僕も華那ちゃんと食事がしたいからなんとかセッティングしてくれって」
「どうしてそこまで……?」
「君を好きになっちゃったから」
「は………?」

ニコニコと笑顔を浮かべながらさらりととんでもないことを言いやがった。あまりに突然すぎて少し間を置かないと言葉の意味を理解できなかったくらいだ。

「元々伯父が華那ちゃんのお父さんから聞いた話を、更に伯父から僕が聞いていたんだけど、それで君に興味を持っていたんだ。で、今日実際初めて会って、一目惚れしちゃった。ごめん、驚かせちゃったかな?」
「ええ、かなりびっくりしてます……」

初対面の人間に好きですと言われれば誰だって驚く。それが私のようにモテない人生を送っている人間なら尚更だ。政宗以外の人に好きって言われたのは、以前フルーツタルトの取り合いをしたアイツくらいのものだ。

「勿論今すぐ答えを出してってそんな無理なことは言わないよ。ただ、考えてほしいなって思ってはいるけれど」

お気持ちは嬉しいですが私は既に好きな人がいるのでお付き合いできません。と言おうとしたところでメニューが運ばれてきて、そこで一旦会話が中断されてしまった。まあ今日中に伝えればいいかなと安易なことを考えながら、私は目の前に現れた豪華な料理に手を出したのであった。

完