ジーザスジーザスジーザス!!! | ナノ


華那が退院できるまでに、実に一ヶ月以上有した。華那が入院している間のことは全て政宗と小十郎がやってくれていたらしく、華那の入院生活は比較的穏やかなものだった。学校へはしばらく両親の元にいると説明し、休学届を提出する形で事なきを得た。勘の良い遥奈や佐助は何かに気づいている様子だったが、気づいているからこそあえて何も言わなかった。

一方小次郎達最上組は、伊達組の厳しい目もあることから、今は大人しいものとなっている。元々伊達組の傘下だということもあり、伊達組の監視の目が常に光っている状態といえる。ただ伊達組への反乱を企てたという事実はどうしようもなく、また他の傘下の目もあることから、厳しい処罰をとるという方針で決定した。所有していた土地、権利などの多くを譲り渡すことになった最上組の勢力は一気に落ちてしまったのである。政宗と小次郎の対立も依然平行線のままで、お互いお互いの事情で許すこともせず、歩み寄ろうともしない。否、今回の事件でさらに溝が深まったといえるかもしれない。

色々と問題は山積みだが、今だけは何もかも忘れたいと思う。今日は華那の退院祝いの宴が伊達組の屋敷で盛大に行われていた。無礼講と言わんばかりに酒を煽る皆の姿に目を見張るばかりだ。酒に弱い華那からすると、どうやったらあれほど飲めるのか全く理解できない。

いつしか主役の華那を置いて酒宴と化していたが、華那もそんなことを気にすることなくただ純粋に宴を楽しんでいた。誰もが酔いつぶれて宴がお開きになるまでずっと、伊達組の屋敷には笑い声が響きわたっていたという。

先ほどの喧騒が嘘のように静まり返っていた。華那は政宗とともにこっそりと宴を抜け出し、政宗の部屋でただ寄り添いあって窓の外に浮かぶ月を眺めていた。嬉しいことに今日は満月である。ただ政宗の温もりを感じられることが華那には何よりも嬉しくて、いつもなら既に眠っている時間だというのに、何故か今日は全く眠たくない。

「そういや華那……背中の傷はもう大丈夫なのか?」
「うーん……時々ちょっとだけ痛むことはあるけど、日常生活を送る上では全く問題なしってところかな。まあ無事退院できたんだし、もう大丈夫なんじゃない?」
「そうか………ならよかった」

言葉の歯切れがどことなく悪い。政宗はもっと他に何か言いたいことがあるのではないか、華那はそう感じ取った。しかし言いにくい事柄なのか、少し躊躇っているように見える。

「政宗、何か私に言いたいことでもあるの? 別になんでも言ってくれていいんだよ」

しばらく政宗は答えなかった。だが華那の優しい笑みを浮かべて待ち続ける。やがて政宗は意を決したように、まっすぐ華那を見つめ、口を開いた。

「華那。背中の傷を見せろ」
「…………なんですって?」

あまりに予想していなかった政宗の言葉に、今度は華那が口を閉じる番だった。何を言い出すかと思えば背中の傷を見せろと言う。背中の傷なんて見せてどうするのだ。そもそも背中の傷を見せるとなると、否応なしに上半身の服を脱がなくてはいけない。そんな恥ずかしい真似できるはずがなかった。

「な、なんで背中の傷を見せなくちゃいけないのよ……!」
「いいから見せろ。そうじゃねえとオレは前に進めねえ」
「前に……進む……?」

てっきり下心でもあるのかと思っていたのだが、政宗の表情は真剣そのものだった。そこには一切の疾しい心は感じ取ることができない。あまりに真剣な政宗の気迫に華那は少したじろいだ。

「背中の傷を見れば……前に進めるんだよね……?」

政宗が言う「前に進む」の意味はわからない。だが背中の傷を見せることで政宗が何かしら前に進むことができるなら……。華那はごくりと、喉を鳴らした。そして政宗に背中を向け、ゆっくりと己の服に手をかける。次第に露わになっていく華那の白い肌。しかしその白い肌に似合わない、斜めに斬られた刀傷が月明かりに照らされた。意味がないとわかっていても、脱いだ服で胸元を隠し、華那は恥ずかしさからのあまり俯いたままカチンコチンに固まっていた。背中だけとはいえ政宗に見られているのだ。これで恥ずかしくならないほうが難しい。すると政宗はそんな華那の背中の傷をなぞるように口づけた。びくんと華那の体が跳ね上がる。

「これはオレにとっての証なんだ……。もう二度とこんな目に遭わせねえっつー誓いの証だ」
「政宗………」

そう静かに呟いて、政宗は傷痕に何度も何度も口づけを落としていく。華那は恥ずかしさと体の奥底から湧き上がる快楽に体を震わせた。華那にはずっと考えていたことがあった。小次郎に言われて気づかされた部分も大きいが、政宗にとってこの傷痕が証だというのなら、私にとっての証とは何だろう、と。

私が政宗のものだという明確な証とは何だろう。違う、本当はその答えを知っている。しかしその先に踏み出す勇気がなく、ずっと気づかないふりをしてきただけなのだ。でも今なら……言えるかもしれない。ずっとずっと欲しかった明確な証を、今なら。

「……ねえ政宗、お願いがあるの」
「なんだ?」
「私が政宗のものだっていう……証が欲しいの……」

背後で政宗が息を呑むのがわかった。

「華那……それがどういう意味かわかって言っているのか?」
「わかってる。わかってて言ってるの……。我慢してたのは政宗だけじゃないんだよ……?」

最後のほうは何を言っているのか聞き取れないほど小さな、か細い声だった。だからこそ政宗にはこの言葉が嘘ではないと理解できる。政宗は華那の肩を引き寄せ、こちらへ振り向かせる。華那の表情は月明かりの部屋でもわかるほど真っ赤に染まっていて、そんな表情ですら政宗には愛おしく思えて仕方がない。華那の顎に手を添え、上を向かせる。華那の瞳は恥ずかしさからとても潤んでおり、その表情があまりに扇情的で―――。

「悪い。優しくできなさそうだ」

政宗の我慢も、もはや限界だった。政宗の噛みつくようなキスを合図に、華那はベッドへと深くその身を沈めた。そこからの記憶は定かではない。ただ何度も互いの体温が重なりあったことだけは覚えている。何度も何度も、獣のように互いを欲した。どれだけ愛しても、愛を囁いても気持ちは満たされることはない。

もっと、もっと。更なる欲望が湧き上がる。どれだけ求めても足りない。それでも二人は決して満たされることのない欲望の中においても、幸せだった。疲れ果てて眠りにつくまで、二人は愛し続けた―――。

***

「あ〜……結局昨日はみんな寝オチで自然お開きかよ。頭イテ〜……」

酔いつぶれて次々とダウンした結果、誰もが知らない間にお開きとなった酒宴の翌朝。二日酔いの体に鞭を打ち廊下を歩いている成実の姿があった。華那の退院祝いの宴だったはずなのに、いつの間にかその主役を放って盛り上がってしまったことについて、成実は少し後ろめたい気持ちだった。華那が酒に弱いことを知っていながら、酒で盛り上がってしまったのである。華那も楽しそうに笑ってたから大丈夫だと思うけど。

「にしても政宗の野郎もいないし……いつの間に部屋に戻ってたんだ」

朝目が覚めたら宴会場に政宗の姿がなかった。華那はともかく政宗がわざわざ自室に戻って寝たのかと、少し意外なような気もする。野郎全員で雑魚寝は嫌だってことだろうか。小十郎に政宗を起こすように言われた成実は、二日酔いに良く効く薬と引き換えに、しぶしぶ小十郎の頼みを引き受けたのである。

「おーい政宗。朝だぜ起きろー」

数回ノックをしてから、豪快にドアを開け放った。いつもならそれで終わるはずだったのに、今日に限って事情が違っていた。政宗のベッドで眠っていたのは、一人ではなく二人だったということ。ついでに言うと二人とも裸で、床には脱ぎ散らかしたままの服が散らばっている。

何より問題なのは、政宗と一緒に眠っているのが華那であり、彼女は政宗の腕の中で幸せそうに眠っていることにあった。政宗も愛しい彼女を抱きしめながら、今まで見たことがないくらい幸せそうな寝顔をしていることであろう。この部屋で昨夜何があったのか一瞬のうちで理解した成実は、ゆっくりとドアを閉めた。あれほど辛かった二日酔いが一瞬で吹き飛んでしまっている。

「おい成実、政宗様はどうした?」

様子を見に来た小十郎のこの一言で成実は我に返った。

「小十郎ォォオオオオ! やったぜついに政宗が男になった! 今日は赤飯だ!」

成実のせいで昨夜のことがあっという間に伊達組中に広まり、目を覚ました政宗と華那によって彼が鉄拳制裁を受けるまで、そう時間はかからなかった。二人は自分達の気が済むまで鉄拳制裁を行い続け、成実が解放された頃、彼の顔はすでに大きく膨れ上がっていた。そんな悲惨な彼を差し置いて、政宗と華那は互いを見て静かに笑い合う。

「やけに幸せそうだな。何か良いことでもあったのか?」
「あったよ。とびっきり幸せなこと。そういう政宗だって幸せそうだよ、良いことあった?」
「ああ。この先何があっても今日のことを一生忘れねえって思えるくらいの良いことがあった」
「私もだよ。私も今日のことを一生忘れない」

政宗は華那の肩を掴みそっと抱き寄せる。華那も政宗の肩に頭を預け、二人で蒼穹の空を見上げた。この先何があっても大丈夫。二人でならどんなことでも乗り越えていける。そう確信しながら。

完