ジーザスジーザスジーザス!!! | ナノ


気のせいだろうか。誰かが泣いているような気がする。でも誰が? そんなことはわからないし、重要ではない。重要なのは誰かが泣いているということである。不思議と泣いている原因は自分にあると華那は直感的にそう思った。大丈夫、私は大丈夫だから。そう言いたいのに声が出ない。腕を伸ばして触れたいのに、体全体が鉛のように重く動くことすらできない。それがあまりにじれったくて、華那はただ哀しそうに顔を歪めることしかできなかった。

***

久しぶりに視界に飛び込んでくる白い光に華那はおもわず目を細めた。何度か瞬きをし、光に目を慣らす。真っ白な天井しか見えず体を起そうとするが、瞬間、背中に走った激痛に呻き声を上げた。起き上がることすらできないのか。

「華那………!?」
「えっ……政宗……?」

首だけを横に動かすと、すぐ傍には政宗がいた。久しぶりに見る政宗の表情は酷く疲れきっていて、華那はおもわず「どうしたのその顔?」と訊ねた。すると政宗は少しだけ目を丸くさせ、しかしすぐさま哀しげな瞳で華那を見つめた。

「お前のせいだろうが……三日間もこん睡状態だったんだぞ」
「三日……?」

政宗と少し会話をするうちに、今がどういう状況か段々わかってきた。華那の最後の記憶は小次郎に斬られたというところまでだ。それ以降の記憶はない。なんだかずっと誰かに名前を呼ばれていたような気もするが、そのあたりもよく覚えていない。そして目が覚めたら真っ白な天井の部屋に、酷く疲れた表情の政宗。ここが病院だと理解するのにそう時間はかからなかった。

「あれから三日も経っているの……?」
「ああ。傷自体は大したことはなかったんだが、出血が酷かったらしい……」
「そうなんだ。じゃあもしかしなくても、私実はかなりヤバかったの?」

記憶がない華那としてはどこか他人事だった。今まで生死の境をさ迷っていたと言われても、当人にはその自覚がないのでどう反応していいのかわからない。政宗の表情でどれだけ心配してくれたのか想像はつくが、まさか自分がそれほどまで危険な状態であるとはどこか信じがたいのだ。案の定政宗は怒ったような、脱力したような、一言では形容しにくい表情を浮かべている。

「華那……」

政宗は華那の手をそっと手に取った。突然手を握られたことで華那は頬を赤く染める。しかし自分の名前を呼ぶ政宗の声がどこか弱々しく、華那は少しだけ不安に駆られた。

「………悪かった。守るって言ったのにオレはお前を……」

政宗が何を言わんとしているか悟った華那は、政宗の手をぎゅっと握り返した。本当は抱きしめて大丈夫と言いたいのに、今は体を動かすことができない。できないからこそ華那は政宗の手を握りしめる。政宗を安心させるために、ここにある確かな温もりが少しでも伝わればいいと願って。

「どうして政宗が謝るの? 政宗はちゃんと約束を守ってくれたじゃない……」
「………どういうことだ?」

あのとき。伊達組をとるか華那をとるか。そう迫られたとき、本当のことを言うと華那はとても不安だった。でも華那は政宗を信じることで、その不安を跳ね除けたのだ。政宗がきっと助けに来てくれると期待したわけではない。政宗ならば伊達組筆頭として、最善の選択をとると。そんな政宗に並んで歩けるように、華那も政宗の恋人として最善の選択を選ぶことを覚悟したのだ。

「政宗なら伊達組筆頭として正しい行動をしてくれるって信じていたから、私も一人で戦えたんだよ。だって私、いつも政宗のお荷物だったから……。だから今度は一人で戦うって決めてたの。どんなに不条理な奴にも絶対に屈しないって。ずっと政宗のことを信じるんだって……」
「何つまらねえこと言ってんだ。華那はオレの荷物になっていい。なってくれねえとオレが困るんだよ……」

荷物が重ければ重いほど、必死になってそれを抱えようとする。その荷物が大事なものほど、何があっても喪うものかと、どんな困難にでも立ち向かえるのだ。

「だから華那には……もっと重くなってもらわねえと困る」
「……本当に? 重たくなったらいつでも捨てちゃっていいんだよ?」
「……それは本心か?」
「………ごめんなさい嘘です。本当は捨ててほしくないです。何があってもずっと背負い込んでほしいです」
「当たり前だ。誰が捨てるかよ。どんなに嫌がられてもずっと手放すつもりはねえから覚悟しておけよ」

そう言うと政宗は身を乗り出し、動けない華那の唇をかすめとった。華那が動けないことをいいことに、何度も、何度も。華那も恥ずかしいからそろそろやめてほしいと思うのだが、動くことができず、されるがままになっていた。どうしようかと困っていたとき、ふと政宗の動きが止まった。ちょっとだけ残念に思いつつも、華那はドアをじっと見つめている政宗に声をかける。

「政宗、どうしたの……?」
「あいつら……。覗き見なんてずいぶんとイイ趣味じゃねえか。なあ、なるみチャンよォ?」

政宗が勢いよくドアを開けると、よく見知った人達が病室に雪崩れ込んできた。

「成実? 綱元も……それにみんなも……いつからそこにいたの?」

成実と綱元、それに良直達に覗き見されていたと知り、華那は少し赤くなっていた頬をさらに赤くさせた。見られた。聞かれた。いつもの政宗なら余裕ぶっているが(むしろ聞かせようとさえする)、さすがに今回はあまり聞かれたくない会話だったせいもあり、いつもより怒りのメーターが上がるのは速い。

標的にされたのは一番やりやすいということで成実だった。すっかりいつもの表情に戻っている政宗を見て全員が安堵するが、成実だけはこれから自分の身に降りかかる不幸を思うと素直に喜べない。

「覗こうとは思っていなかったんだが、入るに入れない雰囲気だったものでつい……な…」
「綱元でも覗き見なんてするんだね。なんだか意外」
「華那……どうやら少し俺のことを誤解してないか?」

わざとではなかったにしろ、綱元は華那に「覗き魔」のレッテルを貼られてしまった。それに納得がいかない綱元はムッと眉を顰める。するとその様子が可笑しかったのか、成実が「やーい覗き魔のムッツリスケベ〜」と、非常に子供じみた悪口を言ってしまったため、政宗だけでなく綱元の鉄拳制裁を受ける羽目になったのは、また別のお話である。

続