ジーザスジーザスジーザス!!! | ナノ


全てがスローモーションに見えていた。小次郎が刀を抜き、華那に向かって刀を振り下ろす様を。華那が背後を振り向こうとし、そしてその場に崩れ落ちていく様を。政宗は全て、己の左目で見た。

「……………小次郎ォォオオオ!」

我に返ったのは華那が地面に倒れた時の音だった。政宗は未だ誰一人見たことがない鋭い眼差しで己が弟を睨みつける。小次郎の刀は赤く染まっていた。誰でもない、華那の血で赤く染まっている。その現実が政宗の怒りの炎を更に燃え盛らせた。応龍を構え、一気に小次郎へと距離を詰める。

「TESTAMENT!」

政宗の閃光の一撃が小次郎に直撃する。避けようにも政宗のあまりに速い一撃は、小次郎の目では追うことすらできなかったのだ。一撃必殺の剣戟をまともに食らった小次郎は口から血を吐きながらその場に倒れた。気絶しているのか指先一つピクリと動くことはない。政宗は肩で荒い息を繰り返し、その場で倒れている小次郎をじっと睨みつけたままだった。

が、今の政宗にとって一番大事なものは小次郎のことではない。政宗は愛刀である応龍を乱雑に手放すと、急いで華那の元へと駆け寄った。華那の背中は既に真っ赤に染まりきっていて、どこからどこまでが背中なのかわからないほどであった。

政宗は華那を抱き起こすと、何度も何度も名前を呼んだ。しかしいくら呼んでも華那の閉じられた瞳が開くことはない。顔は血の気が失せて青白い。抱きしめている体からはどんどん体温が奪われていく。

華那がこのままいなくなってしまうのではないかという絶対的な恐怖を目の前に、初めて味わう本物の恐怖に政宗は体を震わせた。華那の頭を抱えるようにして強く強く、これ以上冷たくならないように抱きしめる。強く抱きしめるといつもなら「政宗さーん、苦しいです……」と言ってくるのに、今日に限って華那は何も言ってこない。

何か言え、頼むから何か言ってくれ。

「ご無事ですか政宗様!?」

聞き慣れた声に政宗はハッと顔を上げた。見ると政宗が破壊した門の近くに小十郎の姿があった。小十郎には屋敷の後処理を任せていたことを今更ながらに思い出す。大方後処理が終わったので慌てて政宗の後を追ってきたに違いない。

破壊された門と倒れている小次郎を見て、小十郎はここで何があったのかわからず怪訝そうに目を細めた。しかし政宗の腕の中で横たわる華那を見るなり、何が起きたのか一瞬で悟った。華那を抱きしめている政宗の服は真っ赤に染まっていて、その血が華那のものだと理解すると、小十郎は悔しそうに唇を噛みしめる。予想していた中で一番最悪な事態が起きてしまっていたのだ。

「政宗様、今はとにかく一刻も早く華那を病院へ連れて行きましょう。出血が酷い……このままでは……!」
「ああ。小十郎、運転を頼む!」
「御意!」

幸い小十郎は車で駆けつけていたため、政宗は華那を抱え急いで車に乗り込んだ。小十郎もこのときばかりはさすがに安全運転という言葉を封印し、一刻も早く華那を病院へ連れていくためアクセルを踏みしめた。

***

警察沙汰になることは避けたい。そのため小十郎は伊達組の息がかかった病院を選び、そこへ華那を運ぶことにした。こういう生業をしているせいか、怪我は常に付きまとう。しかし警察沙汰になると少々拙い怪我も多いことから、この手の生業の者を受け入れる病院というものが存在する。個人運営の大きな総合病院だが、普通の治療費よりも莫大な大金を積むことで、患者のプライバシーを徹底的に守ってくれるのだ。

事前に連絡をしておいたこともあり、病院に着くなり華那はすぐさま手術室へと運び込まれた。政宗は赤いランプをじっと見つめたまま立ち尽くす。小十郎は伊達組に残してきた成実達に連絡をとるために今はこの場を離れていた。

守れなかった。守ると約束したのに、守れなかった。その事実が政宗を追いつめる。あれだけ大口を叩いて守ると言ったのに、政宗は華那を守ることができなかったのだ。政宗は血だらけの手に視線を落とす。華那の血で真っ赤に染まった己の手。

「………Shit!」

無意識に壁を殴りつけていた。不甲斐なさすぎて舌を噛み切って死んでしまいたいくらいだ。握りしめた拳から、新しい血が滴り落ちる。

「オレなんかより華那のほうがよっぽど覚悟決めてんじゃねえかよ……」

電話越しに聞いた華那の声はとても凛としていて、裏を返せば最悪の事態を覚悟していたからこそ、自分ではなく伊達組をとれと言ったのだ。伊達組筆頭としてとるべき行動は何か思い出せ。華那にそう言われたような気がして、政宗は頭を殴られたような気持ちになった。

一瞬でも華那を選ぼうとした自分が情けない。それでもやはり、好きな女を天秤にかけられたら迷うなというのも残酷なことかもしれない。だがそんな残酷な選択でさえ、政宗には許されないのだと思い知った。これが伊達組をまとめる者の重みなのかもしれない。

「政宗!」
「政宗様!」
「成実……綱元……」

小十郎から連絡を受けた成実と綱元も病院に駆け付けた。成実は既に涙目で、普段からあまり感情の起伏が少ない綱元も、今回ばかりは不安の色が滲み出ている。少し遅れて小十郎も戻ってきた。二人は何があったのか教えろと目で訴えかけてくる。小十郎も直接何が起きたか見たわけではないので説明はしていないようだ。

「……小次郎が華那を斬った、それだけだ」
「それだけって……!?」
「本当に小次郎様が華那を斬ったのですか?」
「ああ。オレの油断が華那をこんな目に遭わせちまったんだ。あのとき、小次郎が華那の背後から斬りかかる姿を見たのに、オレはアイツを助けることができなかった……」

思い出すだけで自分自身に腸が煮え繰り返る思いだった。あと少し、あと少しだけ早く動いていたら華那は助かっていたのだ。三人は何も言えなかった。ここまで憔悴しきった政宗を見るのは、小十郎ですら初めてだったのだ。成実は心の中で呟いた。「早く帰ってきてよ、華那」と。

きっと今の自分達の言葉では、何を言っても政宗の心には届かない。政宗の心に届く言葉を持っているのはきっと華那だけだ。だから華那。早く帰ってきて。政宗を元気にしてやって。それから待った。一分一秒があまりに長く感じる時間を。赤く光るランプが消えるときを―――。

続