ジーザスジーザスジーザス!!! | ナノ


生きているうちに一度聞くか聞かないかというくらいの爆音が華那の耳に響き渡った。おもわず目を見開くと、外側から強い衝撃が加えられたのか、門とその近くにいた男達が宙を舞い吹っ飛んだのだ。あの頑丈な門が軽々と吹っ飛ぶ光景は信じがたいものである。

「あーあ……今日は予想外なことばっかり起きるなあ。まさか本当に来るとは思ってもいなかったよ、政宗」
「Ha! オメーのほうこそ今回はおイタが過ぎたようだな、小次郎」

瓦礫を踏みしめる音とともに現れたのは、一本の刀を肩に乗せた政宗だった。小次郎は忌々しそうに、しかし笑顔を張り付けたまま政宗を見る。華那は政宗の姿を確認するなり更に目を丸くさせた。あの頑丈な門を政宗は刀一本で吹き飛ばしたのだ。一体どれだけの力を奮えばそんなことができるのだろう。

「華那に何かしてねえだろうな?」
「さあ。何かってどんなことかな? 具体的に言ってくれないとわからないよ。ところで政宗がここに現れたってことは、やっぱり伊達組を捨てて、華那を選んだってことかい?」

伊達組と華那。どちらか選べと言われたら政宗はどちらを選ぶ? それは少し前に小次郎が政宗に投げつけた究極の二択だった。華那が怒ったこともあり政宗は伊達組を選んだものとばかり思っていたのに、今ここにいるということは、政宗は伊達組ではなく華那を選んだということになる。が、華那の不安を余所に政宗はフッと笑ってみせた。

「オレは伊達組筆頭だ。当然、伊達組を選んだに決まってんだろ。屋敷を襲った連中なら今頃気持ち良さそうに寝てるぜ」
「なんだと………!?」

小次郎はもはや苛立ちを隠そうとしなかった。ギリッと奥歯を噛みしめる。政宗の言っていることが事実だとすると、伊達組の屋敷を襲った最上組を倒した上で、小次郎が言った通り一人でここにやってきたということになる。まさかこんな短時間で倒すことができるはずがない。

これは政宗の狂言だ。伊達組ではなく女を選んだ事実を隠すための政宗の戯言。小次郎はそう受け取った。が、狂言にしては政宗の言葉には絶対的な見えない力が感じられた。見えないその何かが小次郎に少しの猜疑心を生み出している。これは嘘だと、断言できない所以だった。

「伊達組の連中が本気になればお前らの組なんて相手にすらならねえんだよ。嘘だと思うのなら襲った連中に連絡でもしてみたらどうだ?」
「くっ………!」

ここで政宗の言うとおり連絡をとったら負けだ。頭では理解していても、小次郎は自身の中にある僅かな揺らぎに抗えなかった。短い舌打ちをすると、ポケットから携帯電話を取り出す。屋敷を襲っている連中に連絡をしようとするのだが、何度コールしても一向に出る気配がない。虚しい機械音が延々と繰り返されているだけだ。動けるなら、意識があるはずなら電話に出るはずである。それなのにいくら待っても出ないということは―――。

「政宗ェ………!」
「だから言ったろ? 気持ち良さそうに寝ているってな。あんまりうちを舐めんじゃねえよ。お前の放った刺客に気づいていなかったとでも思ったのか?」

政宗達は屋敷の周囲を監視していた連中に最初から気づいていた。小次郎が現れたということで、小十郎や綱元が屋敷の警備を強化していたおかげである。男達をあらかた倒したとき、小次郎から電話がかかってきたというわけだった。

こんな短時間であれだけの数を全員倒してくるなんてありえない。小次郎はそう思っていただけに、計画が露見していたという事実に顔を歪めた。あからさまな憎悪を向ける小次郎の横顔を華那は複雑な気持ちで見つめていた。血の繋がった家族に、兄弟に、これほどまでに深い憎悪を向けること自体華那には想像しがたい。

小次郎は言っていた。政宗がすべて奪ったと。だから奪い返すと。伊達組を継ぐとされていた小次郎だったが、今は亡き父の遺言で結果的に兄である政宗が継いだ。以後小次郎は母と共に最上家で暮らすことになり、小次郎からすれば伊達組を追い出されたと思っても仕方がない。自分が手に入れるはずだったもの全てを奪われた小次郎に残ったのものは、政宗への激しい憎悪と復讐心だけだった。

「華那、無事か!? 何もされてねえだろうな!?」
「うん、私は大丈夫……」

逃げる最中腰を打ったり掠り傷程度の怪我ならやってしまったが、この程度の傷なら大したこともない。放っておけばすぐに治る。

「とにかくそいつから離れろ! こっちに来い!」

華那が小次郎の隣にいるだけで政宗の不利になる。華那は俯いたままの小次郎のことを気にしつつも、政宗の言葉に従い彼に駆け寄ろうとした。華那が離れ行くのを小次郎は黙って見送っている。

まただ。また奪われた。何をやっても僕は政宗に勝てやしないのか。

昔はそんなことはなかった。あれは政宗が病気にかかったころだっただろうか。あれほど活発だった政宗は部屋に引きこもったきり、姿を現すことはほとんどなくなった。するとそのころからそれまで政宗に向けられていた母親や周囲の期待が、一斉に自分のほうへとやってきたのだ。皆口を揃えてこう言った。この伊達組を継ぐのは小次郎、お前だと。政宗では駄目だと。

故に小次郎が伊達組を継ぐことは当然であり、必然だったのだと思うようになっていた。しかしそれまで引きこもっていたはずの政宗は、音城至華那という少女のせいで以前の明るさを取り戻した。それどころか伊達組を継ぐため動き始めたのだ。これは小次郎にとって完全な誤算である。約束されていた将来が危うくなり始めた。

小次郎も負けじと伊達組を継ぐため必死になって勉学や武芸に励んだ。母親や親族はそれでも伊達組を継ぐのは小次郎だと言い続けていた。しかし父親が遺した言葉は、伊達組を継ぐのは政宗だというものだった。政宗が伊達組を継いだことにより立場が危うくなったのは、母親や小次郎をはじめ、それまで小次郎に味方していた者達だった。小次郎達は追われるように伊達組を後にし、母親の生家である最上組へと下ったのである。

あのまま政宗が引きこもっていたら、こんな目に遭うはずなどなかったのに。どこでこうなった。一体どこでこうなったのだ。

……ああそうだ。みんなこの女のせいだ。この女さえいなければ、僕は今頃伊達組を継いでいたはずなんだ。音城至華那。お前さえいなければ―――!

ゆらり、と。小次郎はゆったりとした動きで手にしていた刀の鞘を抜いた。

「お前さえ……いなければッ………!」
「………華那っ! 逃げろ!」
「え……?」

小次郎の動きに気づいた政宗が怒号に近い声で華那に逃げろと促した。突然普段見ることがない焦った表情の政宗に、華那はきょとんと首を傾げる。政宗が慌てて華那に駆け寄るが、それよりも小次郎の刀が一閃を描くほうが速かった。小次郎の只ならぬ気配に気づいた華那が背後を振り向こうとした、そのときだった。

今まで味わったことがない、焼けるような痛みが華那の背中を駆け抜ける。何が起きたのか、華那には全くわからなかった。強すぎる痛みに声は出ず、口から洩れるのはヒュウヒュウという吐息だけだった。少し遅れて自分が斬られたことに気づいた華那は、ゆっくりとその場に崩れ落ちたのだった。

続