激突!サラリーマンVS伊達組筆頭 | ナノ


「……なんでこうなってるわけ?」
「そりゃオレのセリフだろーが!」

下校中の道路の真ん中で、私の後ろを歩いている元親先輩と遥奈がブツブツと呟く。まるで呪詛のようだ。ネチネチと付き纏っているように感じるのは何故だろう。はっきり言ってくれればいいのに、聞こえるか聞こえないくらいの微妙な声でブツブツ言っちゃってるもんだから、こっちとしては耳が痛い。

「なーんで私が華那のうちに行かなくちゃならないのよ〜。今日はこのあと元親に荷物持ちさせて、買い物に行こうと思ってたのに」
「ンな話、これっぽっちも聞いてねぇぞテメェ……」
「そりゃそうよ〜。言ってないもん」
「オレの都合は一切無視か!?」

アレ? 私に対しての文句が、いつの間にか元親先輩と遥奈の痴話喧嘩になってるよ。しかも話の内容から察するに、遥奈は元親先輩をこき使うつもりだったらしい。荷物持ちって、それじゃパシリじゃんか。彼氏とデートじゃないよね、ソレ。元親先輩の都合も聞かず勝手に決めているところが、デートではないという部分を強調している。

一応付き合っているらしいけど、全然付き合っているふうには見えない。遥奈、元親先輩のことを何だと思っているんだろう。下僕、パシリ、従順な犬……? どれもこれも彼氏に対して使う言葉じゃないよ。愛情が感じられないもん。

「大体ね、事の元凶は華那なんだから私に非はないじゃない?」
「話がすり替わってんぞコラ! 元凶はオメェだ遥奈!」

いやいや、元凶は私じゃないからね。元親先輩を馬車馬の如く働かそうとしているのは、紛れもなく遥奈であって私じゃない。確かにこうしていま付き合ってもらってるのは私が元凶だけど、元親先輩をパシリにしようとは微塵も思っていない。元親先輩も私も、話がすり替わっていることに気がつかないほど馬鹿ではなかったということだ。………………あれ?

「なんで元親先輩がいるんですか!?」
「………遅ェよ。つーか前にも似たようなことがなかったか?」

そんな昔のことは覚えていないんです、ゴメンナサイ。それよりも大事なことはどうして元親先輩がいるかってこと。というのも、私が誘ったのは遥奈だけ。元親先輩は誘っていない。だからここにいるはずもなく……。

「オレだってなんでいるのかわかんねーよ。帰ろうとしたところを遥奈に無理やりだなァ……」

つまり拉致られたと、捕獲されちゃったということなんですね。可愛い顔して何やっちゃってんだ遥奈。そんな華奢な体のどこに、元親先輩のようなガタイの良い男を捕まえる力があるんだろう。女って本当、変なところで強い。

「元親だってお昼に話くらいは聞いてたでしょ? 華那の家に私達が遊びに行くことで、お父さんの怒りを少しでも抑えるっていう寸法よ」
「だからなんでオレもなんだ!? この問題だとオレじゃなくて、政宗の野郎が行くべきだろーが!」
「それは駄目です。そんなことしたら我が家が血で染まります。それに政宗は用事があるとかで早退したじゃないですか」

なんでも敵対勢力の組が伊達組の領地を荒らしているとか……云々。あまり深く関わってはいけない世界が真横で広がっている。忘れがちになるけど政宗はヤクザの世界に生きる人間だと、改めてこんな男と付き合っている自分が凄いと思う。

「伊達君が早退なんて……珍しいわね。何かしら?」

………………喧嘩しに行くかもです、なんて言えるわけがない。ちょっとヤバ気な大人な世界に旅立ちました、なんて言えるわけがないでしょー!? この場合、喧嘩なんていう可愛らしい表現で収まるかも危うい。

***

「………は?」

屋上で強制的にサボりを決行していたとき(途中キスされるというハプニングがあったりしましたが)、政宗が言ったことに我が耳を疑った。あまりにサラリと言ったものだから、最初は冗談かとさえ思ったほどだ。

政宗の携帯が鳴り(マナーモードくらいにはしとけ!)、最初は無視しようとしていた政宗だったが、着信相手が小十郎だったことで顔色は一気に変わった。今は(一応)授業中。授業中の相手に電話をかけるなんて、小十郎にはありえない珍事である。あの小十郎が授業中にも関わらず電話をかけてくるなんて、よっぽどのことがあったに違いない。だからなのか政宗の顔つきも、一瞬で真剣なものへと変化した。

きっと何か思い当たる節でもあったのだろう。なんだか横で聞いてちゃいけない内容だと感じた私は、そっと政宗の傍から離れるとフェンスに背中を預けてボーっと空を見上げる。澄んだ青空に白くて長い飛行機雲。後ろのほうは今にも消えてしまいそうなほど薄く、それは綿菓子を彷彿とさせた。仕方がないじゃない、今は四時間目。そろそろお腹が減りだす時間だった。色気より食い気の時間ですよ皆さん。う〜ん、今日も実に平和だなァ〜……。

「An!? ンな生温ィやり方があいつらに通用すると思ってんのか!? やるなら徹底的に潰しやがれッ!」

………と思ったのも束の間。澄み渡る青空に政宗の怒号が響き渡った。なんでだろ、涙で前が見えませぬ……。なんでかな、綺麗な青空にヒビが入ったように見える。

「Shit! ラチがあかねぇ。向こうはbossが出てきてんだ。さすがにオメーらだけじゃ無理があるな……。小十郎、今すぐ車をまわせ。俺が出る!」

なんかヤバい展開じゃないか、これ!? 私の心情なんか知るはずもない政宗はどんどん口調を荒くし、苛立っているのか目も吊り上ってきていた。はい、機嫌の悪い政宗の完成です……。マジで泣いてイイデスカ? 乱暴な手つきで携帯を切った政宗は、舌打ちと共に私の傍へと歩み寄る。小さな携帯なんて、政宗の握力だったら握り潰すことも可能なんじゃなかろうか……。

「ど、どしたの政宗? なんかあった……?」
「Yes 面倒なことになった……」

怒りを抑え込もうとしているのが私にも見てとれる。けど静かな怒りというか、抑え込んでいる分だけいつ爆発するか怖い。全身から青い火花がバチバチと音を立てている、そんな感じがした。なんでかな、私が普段見ている政宗とは雰囲気が違う。ああそうか、多分これがヤクザとしての、伊達組筆頭としての顔なんだ……。

「悪ィな華那、野暮用ができちまったから早退する」
「は、早退!? 政宗がァ!?」

遅刻やサボリはあっても、早退だけはあまりなかったのに。これはいよいよただ事ではなくなってきたぞ。私如きじゃ踏み込めない何かが起きているんだ、きっと。

「Teacherには旨く言っといてくれよ? それともしかしたら二、三日休むかもしれねぇから、そうなったらそれも頼む」
「別にそれは構わないけど……二、三日休むって何!?」

言いながらも政宗は私を見ていない。ドアを見ながらそこに向かって歩を進めている。私は政宗の背中に、半ば怒鳴り声に近い大声で問いただすが、政宗はそんな私の声に応えてくれない。焦れったくなった私は政宗に駆け寄り、腕を掴んでこちらへ振り向かせようとした……が、政宗のほうが一枚上手だった。

「―――んん!?」

政宗の腕を掴もうとした私の腕を逆に掴み、力任せにぐいっと引き寄せる。ぶつかりそうになったところを、空いているもう片方の手で私の頭を後ろから乱暴に触れ、そのまま強引に唇を重ねられた。奪うような、噛み付くような荒々しいキスに、自然と私の口からも甘い声が漏れる。普段なら自分でも信じられないと耳を塞ぐところだが、そんなことにまで気が回るほど今の私には余裕なんてものはない。離れたと思ったら間を置かずまた重ねられる唇に、息苦しさとは何か別のものを感じている自分が確かにいた。

「……こんなんじゃまだまだ足りねェんだが、生憎と時間がないんでな。続きは帰ってきてからだ。You see?」
「……………へ?」

真っ赤な顔で惚けていたからか、出てきた言葉も実に抜けたものだった。余裕がなかったのか、珍しく乱れた息遣いで喋る政宗の背中を黙って見送る。我に返ったら既に政宗はドアを潜ったあとで、屋上には私一人が残されていた。そんな私に追い討ちでもかけるように、四時間目の終わりを告げるチャイムが学校中に鳴り響いたのだった……。

続