激突!サラリーマンVS伊達組筆頭 | ナノ


誰でもいいです。この状況をなんとかしてください―――というか助けてくださいヘルプミィィイイイ!!

「どういうことか、説明してもらおうか?」

秋空が高くて気持ちの良い朝。いつものように英語の授業をサボる政宗だが、あろうことかそれに付き合わされてしまった不運な私は、屋上で追い詰められていた。私の後ろには冷たいコンクリートの壁。目の前には男なのにやたらと整った顔立ちをしている、スタイル抜群伊達政宗。逃げようにも政宗の腕が私の耳元にあるため、逃げ道を塞がれてしまっていて逃げられない。

最初はビビッたよ。英語の授業の準備をしていたら腕を掴まれ、強引に屋上に連れてこられるし。そしたら壁際に追い詰められた挙句、ドンッと私の真横に手を付いたんだもん。そして真っ直ぐに私を見据え、視線を逸らそうとしたらひょいと顎を掴まれ、否応なしに目を合わされる。私がチビで政宗が長身であるために、私はこいつに閉じ込められている。溶けそうな頭でそんなことをぼんやりと思った。

「説明するって……今朝のこと?」
「それ以外に何がある?」

声にも怒気を孕んでいる。なんでそんなに不機嫌なんだろう。政宗が怒っている原因がいまいちわからない。怒らせている原因が仮に私だとしても、なんで怒っているかわからないのに謝るのは失礼に値する。謝ろうにも原因がわからないから謝れない。いや、大体の原因ならわかってるんだけどね……。

「ええと……頭、だいじょぶ?」

今朝のこと。我が父が政宗になんともすごい暴挙をやってのけた。目の前のこいつが伊達組筆頭だと知るはずがない父は、あろうことか政宗に渾身の一撃をお見舞いしたのだ。頭に拳骨を一発。

政宗も殴られるとは思いもしなかったようで、避けることができず見事に食らってしまった。音からして目から星が飛び出してもおかしくない。容赦ない一撃に目を丸くさせた私は鳥肌が立った。足元からビリビリと電気が伝わるようだったなぁ。あ、声なき悲鳴を上げたのは言うまでもない。あのときの私はさながらムンクの叫びだ。物真似大賞ではぶっちぎりの一位だな。

けど頭でよかったと思う。頭じゃなかったら青痣が出来ちゃってたと思うから。青痣なんて作ってみろ。小十郎にバレたら最後、父でなく私が殺されてしまう。頭ならたんこぶくらいだし、小十郎も気がつかない……と思う。

「華那のfather、ありゃ何者だ? オレを殴ったときに感じた殺気、尋常じゃねぇぞ」

政宗は私から体を離すと、私の横に並び壁に背中を預ける。殺気って……そんなもん放ってたのかお父さん。政宗に「尋常じゃない」と言わせるあたり相当なものだったのだろう。娘を間にしてどんな世界を繰り広げていたんだろう、二人とも。

ビシッと糊付けされたスーツにジュラルミンケース。それが政宗の見た、私の父親の姿。いかにもバリバリ仕事ができる、エリートサラリーマンって感じだと思う。けど、その過去にはとんでもないものが隠されていたりするんだ。ちなみにあの遥奈でさえも一瞬言葉を失ったほどの威力がある。けどこいつは本物のソレなわけだし……大丈夫だろう。

「オレと目があっても引く気配を見せなかった。本物のヤクザでさえ、オレとタイマン張ると逃げ腰になるぜ?」

あらやだお父さん。本物のヤクザに勝っちゃったよどうするよ。サラリーマンがヤクザに勝つって普通じゃないよな……。いくら昔「アレ」でしたといっても。

「お父さん……昔ちょっと道を踏み外したことがあったの」
「An?」
「私もよく知らないんだけど、ヤンキー……とか?」

クルッポーと、頭上で鳩が鳴いた。

「………………What?」

父は私と同じくらいの年齢の頃、制服は制服でも特攻服を纏っていた……らしい。ケンカも恐ろしいほど強く、暴走族の頭にまでのし上がったとか。政宗の屋敷にいる、あのリーゼント頭さん達みたいな不良からすごく慕われていた……という話を何度も聞かされた。つまり、いまの政宗と似た立場にあったということだ。

「………冗談だろ?」
「冗談じゃないもん。未だにうちには当時不良だったっていう人達が遊びに来たり、その人達からお中元とかお歳暮とか送られてくるもん!」

不良でもそのあたりはキッチリしていたらしく、毎年お中元とかお歳暮とか、呆れるほど律儀に送ってくれる。昔はブイブイ言わせていた不良も、今じゃ普通のサラリーマン。何をどうすればそんなふうになれるのであろうか。

「あんな堅物を絵に描いたような親父さんが、元暴走族のheadかよ……」

政宗はがっくりと肩を落とす。

「どっからどう見ても真面目一直線って感じだったぞ、華那の親父さん……」
「……でもお母さんもそんな感じだったしべつに」
「今度はmotherかよ!?」

私のお母さんも、お父さんとは別のグループの頭だった。特攻服を着て夜の街を徘徊する姿は有名だったらしい。ただそれは怖いからではなく、あまりの美しさで皆が目を見張るとかなんか、非常にくだらないことを言っていたっけ。酒の席での話だ、どこまで本当かなんて定かじゃない。

でもお母さんもお父さんと同じ過ちを犯したってとこだけは真実だと断言できる。だって確固たる証拠を見つけてしまったから。

「……写真がね、あったのよ。押し入れの奥の奥から古いアルバムを見つけてさ。今までみたことがないアルバムだったから、中が気になって見たら……」
「暴走族時代の両親の写真が出てきた、と?」

あのときのショックったら並大抵のものじゃなかった。小さなトラウマ決定だよどうしてくれるんだよ、慰謝料ちゃんと払ってくれるんだろうね!? その後両親にこのアルバムを突きつけて問い詰めると、あっさりそうだと認めてくれました。こういう経緯があって両親の不良時代のお話を聞いたわけですが、やっぱり複雑だ……。

「Ah なるほど、だからこの娘か」
「え、なにそれ。どゆこと!?」

暴力女だと言いたいのか。口よりも先に手が出るおっちょこちょいと言いたいのか。つーか単なる単細胞と言いたいのですか政宗くん。

「……それにあの、もう政宗もわかったと思うけど……うちのお父さん、なんかアレじゃない? 普段は冷静なんだけど、その……」

どう言おうか迷っていると、話は前に進まず同じところで止まってしまった。ハッキリ言ってしまいたいが、自分の親を悪く言うのはなんだかなぁ……と思うわけでして。ぶっちゃけると二言で片付くんだけどね。もごもごとさせていた私に焦れたのか、政宗はあっさりと失言を言ってくれた。

「娘命のfoolつーわけか」
「人がどうやって優しくオブラートに包もうか悩んでたのに! まぁぶっちゃけるとそうなんだけどさ。てか、それが一番当てはまってるってわかっているんだけどね!?」

お母さん曰く、お父さんは典型的な「娘離れ」できていない親とのことです。小さい頃から私のことになると後先考えずに突っ走る傾向があるようで、そのときのお父さんは普段のサラリーマンモードから一転し、不良モードに戻ってしまうと聞いたことがある。今朝政宗に拳骨を食らわしたときは不良モードになったんだろう。

「……元ヤンで娘離れできていない、か。ククッ……やりがいがあるじゃねぇか」

喉の奥で低く笑う政宗に、私は底知れぬ不安を覚えた。何がそんなに面白いのかわからないけど、今の政宗は楽しそうに笑っている。面白いものでも見つけた子供のよう。好奇心というものがギラギラと溢れていた。

「あの、やりがいがあるって……何が?」
「今朝の様子じゃ、どうやらオレは極端に嫌われたっぽいしな。だったらこっちもそれ相応の形で挑もうと思ってんだよ……久しぶりだぜ、喧嘩でマジになるなんてよ」
「…………………喧嘩って何ィ!? 誰と誰が喧嘩ァ!?」

わけのわからないことを抜かしやがる政宗に、ガタガタと体が震えだす。額からは冷や汗が流れ、笑おうにも笑えないために不自然な笑みになってしまっているだろう。動揺しまくってるんだよ、それほど。

「華那の親父に嫌われようが何をされようが、俺は華那と別れてやるつもりはこれっぽっちもねぇんだよ。こっちは奪う気でいるんだ、生半可なdamageじゃ面白くねぇだろ?」

そう言ってフッと笑った政宗に、またもや唇を奪われた。奪われたことに腹が立つよりも、そう言われたことが嬉しいと思った私は、きっともう戻れないほど政宗に溺れているんだと思う。

続