激突!サラリーマンVS伊達組筆頭 | ナノ


諸君、ご機嫌よう。そして初めまして。私が華那の父親だったりするのだ。どうだ、驚いたであろう? 

娘にはいつも淋しい思いをさせていると自覚している。本来なら私一人が海外に出張に行くはずだったのに、私の世話をするという理由で妻まで一緒に海外に行ってしまい、日本に可愛い娘を一人置き去りにしてしまったからだ。

勿論、華那には私達と一緒に来てほしかったが、高校に入学が決まっていた彼女を無理やり海外になど行かせられるものか。幸いなことに華那は「一人暮らし気分が味わえる」と、笑顔で私達を見送ってくれた。親の贔屓目かもしれないが、昔から華那は笑顔が似合う子とご近所で評判だったんだ!

以降、なかなか帰国できない身であるが正月だけは欠かさず帰国するようにしてきた。そして今回、なんと正月でもないのに休暇がとれ、娘の顔を見るため急遽日本に帰ってきたのである。

華那を驚かすため連絡もしていない。ドアを開けたときの華那の驚きようを想像しただけで頬が緩む。さぞかし機内での私の表情は滑稽だったであろう。どうりでスチュワーデス達の笑顔が引き攣っていたわけだ。なんというか、変態を見るような目だったしな!

懐かしい我が家を前に胸が躍る。このドアの向こうには愛しい我が娘がいるのだ。逸る気持ちを抑えながら私はチャイムを押す。暫く待ってみたが、ドアの開く気配がしない。不思議に思いながらも再度チャイムを押す……それでも出てこない。もしや、華那の身に何かあったのであろうか!? そんな不安に駆られた私は、何度も何度も忙しなくチャイムを鳴らす。

するとガチャリ、とドアノブを捻る音がした(少し乱暴な感じがしたが)。目の前に現れるは十ヶ月ぶりに再会する可愛い娘……だと思っていた。

「Shit! いい加減にしやがれ、朝っぱらから煩ェんだよ!」

……しばらく会わないうちに、随分と声が低くなったものだな、華那。あとその口の悪さ、一体この十ヶ月の間に何があったんだ? ああ、身長も随分と伸びているな。私より高いじゃないか、前はそんなに高くなかっただろう。ん? そういえば目つきも……全く、どこぞのヤンキーではないのだからもっと女の子らしくしなさい! ―――というかこれは華那じゃない。そもそも女の子じゃない、男ではないか!

「―――ああ、すみません。間違えました」

私もどうかしているな。いくら久しぶりの帰国とはいえ、まさか我が家を間違えるなんて。どういうわけか鋭く私を睨みつける彼に一礼して、何事もなかったかのようにこの家を後にした。だがこの家、我が家とそっくりな外観をしているな。気のせいか庭に植えてある木や花の位置、種類まで同じだった気がするぞ。第一、表札だって……達筆な字で「音城至」と書かれているじゃないか。

…………………………やっぱり我が家じゃないか! 血の気が引いた。理由は勿論、さっきの男についてである。あの男は誰なんだ!? どうして華那ではなく貴様が現れたんだ!? 色々な疑問が頭の中を駆け巡る。何より男の格好がそんな私の不安を大きくさせていた。上半身裸で我が物顔でいるとは、どういうことなんだァァアアア!? 先ほどよりも乱暴にチャイムを鳴らす。ご近所迷惑という言葉は、今の私の脳にはない。

すると相手も先ほどよりも乱暴にドアを開け放った。おい、ドアが壊れたら弁償してもらうぞ。一触即発という雰囲気の中で互いが誰なのか訊くと、この男はとんでもない言葉を口にした。それこそ自分の耳を疑ってしまうほどだった。

「Ha! そりゃ愚問だな。恋人の家に遊びにくるのは当然だろ?」

恋人……だと? 誰が、誰の? どう考えても、この男が、華那の……ということになる。恋人……華那に恋人。小さい頃「パパ大好きー」と、愛らしい笑顔とたどたどしい舌足らずな声で言ってくれた華那に恋人。寝る前に怖い話を聞いて「怖いから一緒に寝ていい……?」と、今にも泣き出しそうな表情で私に擦り寄ってきた華那に恋人。……頭の中で「恋人」という単語がリフレイン。

「な、ここここっ、恋人だとォ!?」

グッと胸倉を掴まれたがそれで怯む私ではない。学生時代はブイブイ言わせていた私なのだ。睨み合いの勝負なら負け知らずである。しかしこの男……気迫からして何やら只者ではないな。喧嘩のやり方を心得ている。何者だ、こいつは?

「何やってんの、政宗……?」

気の抜けた間抜けそうな声が耳に届く。それはどこにいても、どんなに人が沢山いても決して逃すことのない、愛しい声……。そう―――最愛の娘、華那の声だった。華那、なにやっちゃってんのォォオオオ!? お父さんは悲しいです………。

***

とにかく、どうしてこうなったのかわからない。どうしていきなり父親が帰ってきたのか。どうして政宗がうちに泊まった翌日に帰ってきたのか。どうしてあのとき私が出て行かなかったのか。そして何故、政宗と私の親が最悪な形で遭遇してしまったのか……。

思うこと全てが後悔。あのときああしておけば……なんて後の祭りってわかってるけど、それでも後悔をしては堂々巡りを繰り返す。人間は愚かな生き物だ。学習能力があるのかないのかわからない。あれ、またわからないことが増えたぞ。

我が家の大黒柱が突然の帰国を果たしてから、一時間と少し経過していた。あのあと政宗には一旦うちに帰ってもらうことにして、私は大黒柱の「あの男はなんだ!?」とか「なんでうちにいる!?」とか、「どういう関係なんだ!?」とか……言い方は変えても根っこの部分では意味が同じ質問攻撃に遭い、卑怯にも学校に行くからという理由で逃げ出してきました。学生でよかった、今日が休みじゃなくて本当に良かった。なんでこんなくだらないことで、学生であることの喜びを感じなくちゃいけないんだろう。

「はぁ〜……」

げっそりとした溜息も、これで何回目になるだろう。もしかしたら何十回目かもしれないけど、カウントしてないから具体的にはわからない。しかし、げっそりしているのは声だけではないかもしれないな。私の頬もすっかり扱けてしまっていたりして……。精神的に疲弊すると、それが肉体にまで影響を及ぼすから、体って不思議だなぁ。

「おはよ、華那……どした? 朝から死人のような顔して」
「もっと他に言い方はないの、遥奈?」

人の顔を見るなり「死人」は失礼だと思う。でもなんでもスパッと言ってしまうのが遥奈という女である。彼女の言った表現が、いまの私には最適なんだろう。どれだけ酷いんだ、私の顔は。気になるけど鏡を見る勇気はない。

「実はね……帰ってきたのよ」
「帰ってきたって……誰が?」
「……お父さんが」
「………………華那のお父さんって、あの!?」

遥奈は心底気の毒そうに目尻を下げ、ポンと私の肩を叩き「ご愁傷様」と呟いた。全くそのとおりで、私は不覚にも遥奈に縋ってしまう。声を上げて泣かなかったことに、自分で自分のことを褒めてやりたいと思います。

遥奈は私の父のことを知っている。というのも大晦日に、両親が不在という学生からすれば天国のような環境にこじつけて、女友達数人が年越しをせんと集まったのだ。もっと崩して言ってしまうとただのお泊りなわけだが、大晦日ということもありいつも以上にテンションは上がっている。そのとき、正月には帰国するようにしている父と対面したというわけだ。まぁ全員が女だったので、あれこれ言われることはなかったけど。

「まぁ大変よね、あんなお父さんが帰ってきたとなると。あ、伊達君のことバレないように対策は立てたの? 伊達君のことがバレたらそれこそどうなるか……。天変地異が起こるよりもおっそろしいことが起きちゃうわよ?」

嗚呼、一番痛いところを刺されたよ。悪魔の遥奈が「恐ろしい」と言ったのだ。政宗のことがお父さんにバレると、恐ろしいことが起きてしまう……。でも時すでに遅し。しまうという仮定では、この話は語れるまい。

「今朝……ご対面を果たされました」

仮定形ではなく過去形で話さなくてはいけないのが実に悲しい。遥奈の心配は現実のものになってしまっているのです。そりゃまぁ見事なものだったよ。遭遇したときのことを遥奈に話し終えると、彼女は「あいたー……」と自分のおでこをパチンと叩く。本当、痛い。

「学校があるから仕方がないけど、帰ったらどんな目に遭うか……」
「やめて、想像しただけで胃が痛くなりそうだから!」

学校が終わり帰宅するとどうなるか、想像に難しくない。きっとドアの向こうで大黒柱が仁王立ちしてるんだ。姿だけでなく表情も仁王像みたいにさせてさ、政宗のことを問い詰めるのだろう。嫌だ、嫌すぎる。

「けど迎えに来たくらいでそこまで言うとは……さすがね、華那のお父さん」

しまった! 遥奈は政宗が迎えに来たときに遭遇したと思ってる。政宗が泊まったとは思ってもいないんだ。どうする、これは隠し通すべきかな……。政宗が泊まったなんて言ったら何を言われるかわかったもんじゃない。何もなかったといえばなかったけど、あるといえばあったかもしれないという、実に微妙な出来事……。

言えば昨夜の痴態がバレる。それだけは避けたいなと思う、切実に! 具体的には覚えてはいないけど、政宗の話からしてかなり恥ずかしいから。そもそも吐いたっていう時点で言いたくない、乙女としては。

「でも今日あんた達バラバラに登校してたわよね?」

とってつけたような遥奈の一言に、私は背筋が凍ったように感じた。もしかしなくても、何かに気づいているのですか遥奈サーン。てか、どうして一緒に登校してないってバレたんだろう。彼女の言ったとおり、私は政宗と一緒には来ていない。というのも、政宗と一緒に登校しようものならあいつの首が飛ぶ。私の父に飛ばされてしまうゥゥ! 

政宗もそのあたりは理解していたらしく、学校に行く直前にメールがきて、「先に行け」的なこと言われた。多分今日は小十郎が車を出したと思う。久しぶりだなー……黒いベンツが校門前に止まるなんてこと……………ってそれかァァアアア!? 校門前に黒いベンツが止まっていたから遥奈は、私が政宗と一緒に登校していないってわかったのか。多分こいつは、政宗が一人で歩いていたのを目撃したんだろうな。

「伊達君と一緒に登校してないのに、どうして華那のお父さんと遭遇しちゃったりとかしたのかしら〜?」

精神的にジワジワと追い詰められている気分だ。遥奈は何も言っていない。ただ相手が墓穴を掘るように言葉を巧みに操っていただけ。尻尾を出すように導いているだけに過ぎないんだ。ってこっちのほうが確実にタチ悪いよね! 頭がキレる人間はこれだから怖い。そして馬鹿はそんな罠に簡単に引っかかってしまうんだから、もっと悲しいったらありゃしない。なんで馬鹿なんだろう私。

「もしかしてあれかしら? 華那の家に伊達君が泊まっていたとかそんなオチ? そしてチャイムが鳴ったものだから華那の代わりにと伊達君が出たが最後、現れたのは娘ラブなお父さんだったからさあ大変。年頃の娘の家に男が一人。しかも見るからに一緒に寝てたところを邪魔され不機嫌だったから、お父さんのガラスハートが粉々に粉砕しちゃったとか……」
「あんたは現場にいたんかいィィイイイ!?」

我慢できなくなった私は、勢い余って椅子から立ち上がった。なんだその一部始終見てました的な感じは。悔しいけど八割くらい当たってんだよ! 遥奈はそんな私を、実に冷ややかな目で見ている。肘を突いて顎に手なんか添えちゃってさぁ……。これだから馬鹿は操りやすいとか思ってるんでしょうね!

「ってことは、伊達君は華那の家に泊まってたんだ?」
「………………そっ、そうだけど!?」

こうなったらこっちも自棄だ。否定しようと誤魔化すのではなく、あっさりと認めてやる。ここまで潔く認めるということ自体が馬鹿なんでしょうけど。なんか熱いな、もう秋なのに。顔から蒸気が吹き出そうだ。

「………なーんかショック〜!」
「ハィ?」

がっくりと項垂れる遥奈。本当にショックなようで声も気落ちしている。背中に漬物石でも背負っているようだ。何がそんなにショックなのかわからない。今の会話の流れで遥奈がショックを受ける部分なんてありました?

「だって私よりも早く大人の階段を上っちゃったわけでしょ? あんたにだけは絶対に負けないって思ってたのに。というか負けない自信があった。華那より色気もあるし知性もあるし、女としての魅力も上なわけだし? なのにこーんなお子ちゃまに先を越されるなんてぇ〜」
「ってちがーう! なんか大きな誤解をしてるよ遥奈。そして失礼なことを連発するなァ!」

遥奈がショックな理由がわかると同時に、私の顔がぼんっと熱くなる。大人の階段を上るとはそういう意味であって、私はまだ上っていない。なんでカレシが止まるイコールそういうことなのよ。こういう年頃の子って多感なんだなと、年寄りっぽいことを思ったり。

「あら、違うの? やっぱりまだお子ちゃまなんだ」

遥奈が意外そうに目を瞬かせる。やっぱりって何よ。どうせ私はお子ちゃまよ! すると遥奈は心底安心したような表情でもっと失礼なことを抜かしやがった。

「よかったー。華那に先越されたときは、私本当にヘコむわよ。なんでこんな女として何一つ努力していないヤツにってね」
「………何が言いたいのよ?」
「色気より食い気のお子ちゃま?」

ギャーギャーとじゃれ合いを繰り広げていたときだ。襲い掛かろうとしていた私の腕を押さえていた遥奈の力が急に弱まった。目も私を見ていない。ドアのほうを凝視して固まっている。不思議に思った私が遥奈に声をかけようとしたが、それよりも早く彼女の口が私の名を呼んだ。

「華那、ダンナの登場だよ」
「ダンナ?」

教室の入り口付近では、女子達が黄色い声を上げている。そこには気だるそうな表情で教室のドアを潜る、伊達政宗の姿があった。

続