激突!サラリーマンVS伊達組筆頭 | ナノ


静かな夜ほど、あとが怖い。どっかのケチ臭ェ金欠サラリーマンみたいにチビチビ飲むのではなく、オレは酒をglassに注ぐとそのまま一気に飲み干す、これを繰り返していた。

傍から見れば自棄酒を飲んでいるかのように見えるかもしれないが、「酔わない」オレからすればこれくらいしないことには、飲んだという感じがしない。酒に強ェっていうのも考えモンだな。一度でもいいから「酔う」という経験をしてみたいモンだぜ。TVのbraun管の中では、さして面白くない芸人が漫才をやっている。少し前から、オレはそれを横目で見ながら酒を飲んでいた。

理由は簡単だ。話し相手がいない―――ただそれだけ。この家の主(代理)は先ほど、「ガキで結構!」という負け犬の遠吠えにしか聞こえない捨て台詞を吐いてliving roomを後にしていた。こうして我が物顔でsofaに座っているが、オレはこの家の人間じゃない。お客さんという身分だ。ならどうしてこうしているかといえば、「慣れ」のせいだと思う。

華那の親が不在という理由で(オレからすりゃ絶好のchanceだけどな!)、しょっちゅうこうやって遊びに来ている。最初は文句を言っていた華那だが、このオレ自慢の料理を振舞ってやったら一瞬にして黙りやがった。あいつはああ見えてかなり現金だから、当然のことだと思う。

華那からすりゃ腹立たしいことかもしれねェが、料理に関しちゃ華那より自信がある。決して華那の料理が不味いというわけでもない(むしろ美味しい部類に入る)ただオレの腕が華那より上だったってことだ。

ふと何気なく壁にかけられている時計に目をやった。華那がliving roomを出て行って既に一時間は経過している。大方、bathにでも行ったんだろうと思っていたが(男として襲いたい衝動に駆られつつも我慢していることは賞賛に値することだと思う)。いくらなんでも遅すぎやしないか……? 

それとも女っていうのは、これほど風呂が長ェもんなのか。だが華那の入浴時間はいつも二十分程度だ。An? なんでンなことを知ってるのかって? 野暮なこと聞くんじゃねェよ。

Glassをtableの上に置き、bathroomにいるであろう華那の様子を見に行くため立ち上がる。別に覗きに行くわけじゃねェぞ!? 華那の裸なんてンなことしなくても見れるしな! おっと、「Why?」とか思ったら駄目だぜ? ガキにゃ大人の世界はまだ早ェってモンだ。まさにそんなときだった。

「いったァァアアア―――!?」

Bathroomのほうから断末魔のような華那の悲鳴と、まるでおもちゃ箱でも引っくり返したような大きな音がオレの耳に届いた……。


まず最初に思ったことは、「非常に気分が良い」ということだった。体全体が異様に軽く、このままフワフワと浮かんでしまうことができるのではないかとさえ思ったほど。何度もダイエットに挑戦したけど、これほど軽くなったと思えた例がない。積み重なったダイエット効果が、いま一斉に発揮されたのか。溜めるだけ溜めて、ここぞという場面で本領発揮。失敗したと思うたびガッカリさせられたのも、来る日のための試練だったのかもしれない。

それにここまで気分が良いのは生まれて初めてかもしれなかった。いまならどんな罵詈雑言を言われても、鉄拳制裁くらいで許してやろうと思う。どうだ、とても寛容な処置だと思わないか? 普段の私なら原型が分からないほどの整形手術を施しているというのに、だぞ。それが顔の形がちょっと変形するだけの鉄拳制裁で済むのだから、これはとても素晴らしい譲歩だと思わないかね? 

って私こんな口調だっけ? あれ、それともこれが真実の私なのか? 本当の私はどっち……なんて、本当の自分なんて分かるはずがない。数ある哲学者でもこの謎は解けやしない。そんな私より格段に頭が良い哲学者ですら分からない疑問を、テストで赤点にだけはならないようにと勉強している私如きに理解できようものか!

……自分が何を言っているのか分からなくなってきたので、ここらあたりで黙ろうと思う。そういえば私は何をしていた? 確か……お風呂に入ってたんだ、うん。でもお湯に浸かっているはずの体は酷く冷たい。もしかしてお湯だと思っていた液体は、実は冷や水でしたーなんていうオチなのだろうか? 

冗談じゃない、私は三流芸人じゃないんだぞ。誰がそんなベタなことをするか。一流芸人らしい扱いをしたまえ。水風呂ではなく牛乳風呂かバラ風呂にしろってんだ。しかしここではた、と気づく。湯船に浸かっているはずなら、お風呂場にいるはずだ。ならここまで寒くはないだろう。それに床がヒヤリとしている。よく見れば随分と無機質な白い床だ。風呂場はタイルだから……ここは風呂場じゃないということになる。

ならどこだ、そもそもここは私の家か? ここがどこだか分からないが、寒いことには変わりなく。すぐ傍にあったバスタオルで体を包み、暫くの間ぼーっとしていた。なんだかね、何もやる気が起きない考えたくない、いっそこのまま無機物になりたいとか思ってしまったのです。無機物っていう言葉を聞くと、無って感じがして良くないですか? 嗚呼、何も考えなくていい自堕落な生活が送れるんだーみたいに。それじゃ人間腐っていくと分かっていてもやめられない。

人生十七年。この歳まで生きていると、人生の厳しさが体中に突き刺さってしまっているのです。抜こうにも次から次へと刺さるものだからきりがなく、傷の上に塩を、サンオイルのように塗るようなものなのです。

あらら、なんだかさっきとまた口調が違いますね、おかしいです。おかしいのは口調だけではないようで、今度は私の目もおかしいことに気がついた。私の周りがグルグルと目まぐるしい速度で回転しているではありませんか!

昔遊んだ、近所の公園にある遊具を思い出す。あの丸くてクルクルと回転するやつですよ。なんて言ったっけ? う、回っているところを想像しただけで気持ち悪くなってきた……! グルグル回るこの空間では立っていられない。そう判断した私は、何かに掴まろうと腕を伸ばすと、何か硬いものに触れたような感触が手を通して伝わった。それを支えにして回転が止まるのを待とうとしたけど、右へ数歩たたら踏み―――足に激痛が走った。

「いったァァアアア―――――!?」

体が右へ傾いている間、何故か全てがスローモーションのようにゆっくりと見えていた。足元を見ると、黒いサングラスをかけた不良のような黄色いアヒルが転がっている。ニヒルな笑いを浮かべているが、どういうわけかちょっとかっこいいなと思ったり。

が、こけるとき、人という生き物は咄嗟に手を前に出す習性がある。手が塞がっているのなら話は別だが、いまの私の両手は塞がっていなかったので、人間の習性に従い両手を床につこうと伸ばしたが、私の両手が触れたものは床ではなく一つのカゴだった。私の両手が原因で、カゴが引っくり返り中身が宙へと飛ばされる。中身はシャンプーとか洗顔クリームとか、歯磨き粉とか洗剤とかそんなものばかり。

これらが宙に舞っている光景も、いまの私の目ではどういうわけかスローモーションだ。私の体が床に這い蹲るように打ち付けられ、その痛みに眉を顰める間もなく、直後上から大小様々な物が降ってきて、私の体中にぶつかってはポンッと跳ねた。

「…………私の体は……トランポリン並みに……跳ねる、の?」

これが、私の最期の言葉になった……最期の言葉としてはなんとマヌケだろうか。これが後々語り継がれることにでもなったら、一族の恥という形で……なんだろうね。

***

「What happened?」

掠れた声だと自分でも分かる。目の前の光景を見にした者はみんなこんな反応をすることだろう。声を出せただけでも幾らかマシってもんだ。脱衣所に駆け込むと、そこはとんでもないことになっていた。部屋中に散らばる風呂場用生活用品とそれらを収納していたと思われるカゴ。その中心にbath towel一枚という、男なら理性を失っちまうあられもない姿をした華那が倒れていて、その足元にはお風呂場でよく見かけるduckが笑いながら転がっているのだ。

なんでこいつ、sunglassなんかかけてんだ? ここで何が起きたかすぐに分かったやつはすげぇな。でもまァ、そんな疑問は華那を起こせば一発で分かる。華那の傍に歩み寄ると膝を折り、軽く彼女の肩を揺さぶってみる。揺さぶることで軽くしか巻かれていなかったbath towelがずりそうになるのを見て、柄にもなくオレは顔が赤くなるのを感じた。

女の裸なんか興味はねェが、それがテメェの惚れた女となれば話も変わる。普段から色気に関しちゃ全く縁のない華那だが、こうも無防備な状態だとなんかこうグッとくるっつーか……ってヤバくねェかオレ!?

「おい華那、Get up!」

揺さぶるのが駄目なら頬を叩くまでだ。パチパチと彼女の頬を叩くと、四発目にてようやく意識を取り戻し、「んん……?」と寝ぼけたような呻き声を上げた。それが妙にsexyで、オレはまた顔が赤くなるのを感じる。落ち着けオレ、これはあの華那だぜ!? 色気よりも食い気が勝る暴力女の華那だぞ!?

「………?」

華那の体を起こし、その場に座らせる。焦点が定まらないのか、華那はふわふわと視線をさ迷わせていた。ゆっくりとした動作で左右上下を見、最後になってようやくオレと目を合わせる。どっから見ても寝起きの顔だ、完全に。

「ひゃれ、ましゃむね?」
「Ha?」

なんだ今の。明らかに呂律が回っていなかったように聞こえたんだが……。

「ましゃむねひゃ〜!」
「Wow!?」

オレの名を呼んだと思いきや、パァッと表情を明るくさせた華那がいきなりオレに抱きついてきやがった。咄嗟のことで受け止めることができず、不覚にもオレは華那に押し倒される形となる。It is not a joke! オレは押し倒されるじゃなくて、押し倒すほうが好きなんだ!

男が女に押し倒されて何が嬉しいやら。一方華那はというと、オレの首にしがみつき顔を埋めていた。おかしい、なんでこんなに積極的なんだ!? おもわずドキッとしちまったじゃねーか! なんとか起き上がることに成功したが、(押し倒されたままなんて我慢ならねェ!)、それでもは離れようとしない。脱衣所でbath towel一枚の恋人と抱き合うオレ。……ヤベェな、理性がぶっ飛びそうになる。

「おい華那、このまま食われちまっても文句はねェよな……?」

こうなりゃご希望どおり(?)、足腰立たないようにしてやるまでだ。しかしそんなオレの中の獣は、華那のこの一言で静まることになる。

「………………ぎ、ぎもぢわるいィ〜」
「An?」

嫌な予感がした。そして全てを理解しちまった。気がついてしまえば、いっそのこと気づかなかったほうがマシじゃなかったかと後悔さえしちまう。そういうことかよ……そういうことなんだな、華那。

「―――テメェ、酔ってんな。そうなんだな!?」

酔ってるならこの行動の意味も分かる。話は簡単だ。風呂に入ってる最中にでも酔いが回って、風呂を出た途端、完全なる「酔っ払い」になった。けどよ、華那は酒を一滴も飲んでねェはずだ。なのになんで酔ってんだ? 華那はただ酒の匂いを嗅いだだけ……っておいおい、まさか、な?

「アンタ、酒の匂いを嗅いだだけで酔っちまうほど、酒に弱ェのかァ!?」

華那は肯定の返事と言わんばかりに、オレの首に回していた腕をダランと下げた。耳を澄ましてみれば静かな寝息が聞こえてくる。……酔い潰れて寝ちまったようだ。どうしたもんかと思いながらもオレは華那を抱えて寝室へと、こいつを寝かしに行ったのだった……。

続