ヤクザなのに料理が上手って、何かの詐欺じゃないかと思うんです。仮にも私は女の子、一人暮らしをせざる得なかったということもあり、家事―――それも料理には自信があったのに、その自信をあっさりと打ち砕かれた。 「………うう」 「What do you do?」 買い物に行く前に政宗が作ったハンバーグ。すっかり冷めてしまったのでレンジでチンしたけど、大抵の料理ってレンジでチンしたら美味しさが半減しちゃうよね? なのに、私の目の前にあるコレは何でしょう……。こんがり焼けたハンバーグの上に、とろっとろに蕩けているチーズ。サイドは色鮮やかに盛られたサラダ。元々うちにあった食材と食器のはずだが、政宗の手にかかればそれは見事に化けた。料理は高級食材へ、食器はピカピカに磨き上げられ眩い輝きを放つかのよう。心なしかうちの装飾まで変わったように見えてしまう。いつもと同じ部屋なのに、今日だけは高級レストランだ。 「……おい。奇声ばっか発してないでなんか言え、コラ」 「…………ぐぅ」 なんで? なんでなのカミサマ? どうしてこんなに美味しいのォォオオオ!? 一度は冷めたハンバーグなのに、今しがたできたように美味しい。一口食べると一気に口の中に肉汁がじゅわぁって広がっていく。表面こんがり、中は柔らか。蕩けたチーズがまろやかさをより深くする。そこらのプロより美味しいよ絶対。レストランへ行くより、政宗に作ってって頼んだほうがいいかもしれない。本当になんでもできるんだな、死角なしか? テーブルに向かい合って座っているいま、私は意味不明なことを呟きながら黙々と箸を動かしていた。あまりの美味しさに箸が止まらないんだよ。悔しいけど私が作るハンバーグより美味しいのよ……。男が料理上手って反則だと思う。加えて顔良しスタイル良し成績良し家柄よ……しなのかは置いといて、お金持ちなのは確かだよね(無駄に広い屋敷に住んでいるわけだし)。女の子のツボを鷲掴みにして放さないって感じかな。じゃあ私も鷲掴みにされたってこと? 「……聞いてんのか、華那?」 「ひいへひゅひょ」 「食いながら喋るな、行儀悪ィ」 「………だって美味しいんだもん」 口の中のものを飲み込み、手元にあったお茶を一気に煽る。美味しいと呟いた声は悔しさからか若干硬い。政宗はというと料理には手をつけず、肘をついて黙々と食べる私を呆れた目で見ているだけ。そっちこそ食事中に肘つくなってんだ、行儀悪い。 「同じ材料使ってこの差は何? 何をどうしたらここまで美味しくなるの!?」 同じ材料使ってここまで差がでる。ここが料理の不思議というものだ。箸でハンバーグを突きながら不思議そうにしげしげと見つめる。見た目からして負けてるよなァ。 「特にこのソース。めちゃくちゃ美味しいんだけど、こんなに美味しいソースうちにはなかったはずよね?」 「Noticed well そりゃオレが作ったんだから上手いはずだろ?」 どこまで完璧なら気が済むんですか貴方様は……。私が素直に「美味しい」と絶賛したから、政宗はすっごく嬉しそうに笑っている。美味しいって言われれば誰だって嬉しいし、ましてや外見に似合わず料理が趣味である彼なら尚更だろう。いつもの黒い、何か裏がありそうな笑顔とか(失礼)。ろくなことを考えていないときの獣の笑顔じゃない(もっと失礼)。素直な年相応の笑顔に、不覚にもドキッとさせられた。 お、落ち着け自分の心臓! 体が熱を持ち始める前にお茶を一気飲みする。そうすれば少しでも熱が上がらないように思えたから。結果的にそれはあまり意味を成さず、顔が赤くなるのを自覚せざるをなかった。そんな私を見て、政宗がますます嬉しそうに笑ったのは言うまでもない。 *** いつもより早いペースで平らげ(美味しいと箸が止まらないからさ〜)、二人仲良く後片付けを済ましリビングにて一服していたときだった。 「―――そろそろ頃合か?」 と言って、政宗は突然立ち上がるとそのままキッチンへ向かう。何事かと思い目で動きを追っていたら、政宗が冷蔵庫から何かを取り出すのが見えた。なんだろ、瓶? 「……ってそれさっき買ったお酒ェ!?」 政宗が何食わぬ顔で持ってきた物は、さっき買わされたあのウイスキーである。用意もバッチリで氷とグラスも一緒に持ってくるのも忘れない。……よくグラスのある場所わかったね。ここは一応私の家で、政宗のうちじゃないのに。 「華那も飲むか?」 「飲みません!」 と宣言してみたけど、やっぱり私だって健全な十代の女の子。飲まないって言っても興味はある。今すぐ飲んでみたいとまではいかなくとも、お酒自体には興味があるんだよ、これが。 「……匂い嗅ぐくらいなら大丈夫かな?」 「そんなことするくらいならいっそ飲めよ……?」 飲むと嗅ぐじゃ微妙に違うんだ。私は恐る恐るウイスキーに顔を近づける。動物みたいに鼻を鳴らし、香水を嗅ぐようにくんくんと、生まれて初めてお酒の匂いを嗅いでみた。 「………げぇ!?」 直後、おもいっきり眉間に皴を寄せてお酒から顔を離した。あまりに強烈な匂いに耐え切れなかったからだ。女の子らしかぬ汚い声に、政宗もしかめっ面をしている。おいおい、こんなものを飲むのか? 美味しいと感じながらこんなものを飲むの政宗!? 大人の世界ってよくわからない。お父さんも「ビールのこの苦さが美味いと感じたら、華那も大人だな!」とか、ほろ酔い気分で話していたことがあったっけ。 「ムリムリッ! こんな匂いがする飲み物なんて飲めやしないし、飲めなくていい」 「華那はまだガキってことか?」 喉を鳴らしながら笑う政宗を軽く睨みつけ、「ガキで結構!」とだけ言うと私は立ち上がり、リビングを後にしようとする。お風呂に入ればこの匂いが忘れられるような気がしたんだ。……思えば、私の頭がちゃんと回転していてのはここまでのような気がする。この後、私の記憶は少しばかり抜けてしまうことになるのだった。 続 ← |