激突!サラリーマンVS伊達組筆頭 | ナノ


やっぱりお金持ちからすれば、スーパーって庶民のお店なのでしょうか?

「………なんだこりゃ?」
「いつまでも入り口で突っ立ってないでさっさと行こうよ。そんなところに立ってちゃ、他の人の邪魔になるだけだよ」

スーパーの入り口まで来たというのに、政宗はそこから動こうとせず、呆然とした声色でこう呟いた。でもどうして呆然と立ち尽くすのか、私にはその理由が分からなかった。私からすれば別にいつもと変わらない夕方のスーパーの光景なんだけど、政宗にはそうじゃなかったらしい。

「It's crazy」
「狂ってるって……これのどこが狂ってるのよ?」

おばちゃんとか会社帰りの人達が買い物している光景のどこが狂ってる? そう訊ねたら「どっからどう見たってcrazyだろ!?」と逆に訊き返されてしまった。なんか私が間違ってるような気がして、目を凝らしてこの光景を見てみるが、やっぱりどこも狂ってない。一瞬でも自分を疑ってしまったことに激しい後悔を覚えた。

「ほらほら行くよー。早くしないと値引きされた品が売り切れ……」

そこでハッと気がついた。この時間になると商品(特にナマモノ)は値引きされ、それを狙って買いに来るお客さんも多い。同じ商品でも時間によって値段が変わる、スーパー特有の光景である。だから今、スーパーは「一つでも良い商品を安く!」……という使命を帯びた人達がわんさか溢れているわけだけど……。

「もしかして……値引き商品を求めてやってくる人達のこと?」
「Discount?」
「この時間になるとナマモノ系が安くなるのよ。それを狙って買いに来る人達で溢れかえってるわけ」

きっと政宗はこの人の多さと、そんな人達の熱気に「クレイジー」と呟いたのだろう。一人暮らしを始めた頃、私もこの光景には驚かされたものだ。それまでろくに家事手伝いをしていなかったものだから、勿論スーパーなんて場所にも行かなかった。学校の帰りに夕食の材料を買いに行くとこの光景を目撃し、今の政宗のように呆然としてしまった経験がある。特にこいつは私以上にスーパーなんかに縁がなかったと思うし(一応ヤクザの筆頭だし、こういう雑用は子分がやるものでしょ)、ショックの大きさも私の比じゃないのかも……。

「いつまでそうしてるの! 早くしないと良い商品は売り切れてなくなっちゃうんだから。今日は政宗もいることだし、普段なかなか買えない重たいやつも買うんだからね!」

重たいやつっていうのは醤油とか油とか、これ一つ買うと他のものが買いづらいっていう商品のことだ。……言ってて私もすっかり主婦だなぁとしみじみ思ってしまったぞ。

「……で、何を買うんだ?」
「そうね……一週間分の食料は確保したいとこなんだけど」

学生をやってると思うようにスーパーに行けないのが悩みの種だ。だから私には、休みの日に一週間分の食料をまとめ買いする傾向がある。休みの日になればスーパーに二、三回往復している私の姿が拝見できることだろう。こんな姿、友達には知られたくない……。タイムサービス狙っておばちゃんに負けないくらいの戦いを繰り広げているなんて知られたくないんだって! だってこんなの、健全な女子高生にあるまじきことでしょーが!?

「早く車の免許とりたいよ。そうすれば何往復することなく、重いものも一緒に買えるのに……」

カートを押しながら溜息雑じりに呟く。チラリと横目で政宗を窺うと、彼はズラリと並べられた沢山の商品に目を輝かせていた。え、ちょっと政宗さん。なんか小さい子供と行動レベルが同じですよ!? ほらほら、さっき横を擦れ違った親子連れの人達思い出して。小さい子供も今のあなたと同じように目を輝かせていましたよね? そんでもってスーパーではお決まり的な言葉を言っていましたよね!? ええとなんだっけな……。

「Hey 華那、あれ買え!」

そうだ、「ママ、あれ買ってー」だった。

「………マジで小さな子供と同じ思考レベルだよこの人!?」

ただそれでもオレサマな政宗です。無邪気な子供とは違い命令形ですよ。「買って」じゃなくて「買え」ですか。ああそうですか、嫌に決まってるじゃないですか。

「だーめ。また今度」

………って私もさっきの子供のお母さんと一緒のこと言ってるしィ!? こんなデカイ子供なんていらない、こんなオレサマな子供なんていらない。もっと可愛らしくて素直で天使の笑顔をもつ子供がいい! 政宗の笑顔は天使じゃなくて悪魔だ獣だ狼だ!

「………誰のsmileがangelじゃなく、devilでbeastでwolfなんだァ……華那チャンよォ?」

こめかみに青筋を三本くらいたてて、恐ろしいくらい爽やかな笑みで迫りよってくる政宗に、私はすっかり腰が引けていた。可能ならば今すぐにでも泣き出して、脱兎の如く逃げ出したいです。所詮私は、か弱い兎なんですよ。

「……もしかしなくても、また声に出してました、私……?」

心の中で思ってることを声に出す、これは私の癖なのだろうか? いつもはここで肯定の返事が返ってくるのだが、今回は少し事情が違った。

「No」
「え、違うの!?」

心の声は漏れていなかった……けど、じゃあなんで一字一句間違うことなく、私が思ったことを言い当てたんだろう。目を丸くさせながら訊いたら、「Vaguely」という答えが返ってきた。何て言ったのか訊き直したら、なんとなくという返事が返ってくる。これって所謂……以心伝心? 嬉しいけど、こんなことまで伝わって欲しくはないなぁ……。

「……ということは、本当にそう思ったんだな華那?」
「えあ!?」

ズバリ言い当てられことに動揺してしまった私は意味不明な奇声を上げた。じっとりと隻眼で睨みつけられ、その視線に耐え切れず私は目を泳がせる。視界に飛び込んできたのは、先ほど政宗が「買え」と言ってきたものだった。

「政宗、コレ! コレ買ってあげるから許して、ネッ!?」

精一杯の笑顔で、ちょっとだけ猫撫で声を出してみる。典型的なおねだりのポーズだ。こんなもんで騙されてくれる政宗じゃないと分かっているが……。

「……Shit!」

……舌打ちして、プイッと目を逸らされた。頬がほんのり赤く染まっている。もしかして、効いたの? 効いちゃったのォ!? 自分でやっといてなんだけど信じられない。でもまぁ……嬉しいけどサ。

「……ところでコレ何?」

思えば買うと言ったけど、これが何なのか知らなかった。瓶だからジュース? 瓶のジュースって高いんだよなぁ。でも政宗のご機嫌を直してもらう為だ。多少の金額でも目を瞑ろう。ラベルを見て何のジュースか見てみると……。

「ってこれお酒じゃんか!?」

そこには間違いなく英語でウイスキーと書かれていた。ちょっと私達未成年。飲酒は二十歳を過ぎてからっていうのがこの国の法律じゃなかった? しかもよくよく見てみると、結構なアルコール度数を誇っている。こんなもの飲んで平気なの、政宗。

「Alcoholくらいで騒ぐなよ。華那もbeerくらいなら飲んだことあるだろ?」
「アルコールくらいって言ったよこいつ……」

実は生まれてこのかた、一度もお酒を飲んだことないんだよね。お父さんがそういうことに煩い人だったから(お母さんはそんなことなかったけど)。ちょっと飲んでみたい気もしたけど、まぁあと何年かすれば嫌でも飲めるからいいかって思ってたし……要するに「どうでもいい」だ。

「ってちょっと、勝手にカートに入れないでよ!」
「なんだよ、さっき「買ってあげる」って言ったのは華那だぜ?」

結局そのまま政宗に押されてウイスキーを買う羽目になった。未成年には酒とタバコは売らないって店頭ポスターに書いてあるけど、どっかの誰かさんが未成年に見えなかったのか、店員は当たり前のようにウイスキーを売ってくれちゃってさ……こんな外見だけど、私と同じ十代なんですよ。日本の法律に引っかかる年齢なんですってば!

………しかしこのウイスキーが原因で、後に最悪な出来事が起こることを、今の私が知るはずもない。

続