激突!サラリーマンVS伊達組筆頭 | ナノ


ふー、長かったヤクザ同士の抗争もやっと終わり、ようやくいつもと変わらない日常が戻ってきた。……というわけでもなかった。うん、ある程度は覚悟していたことなんで、心構えができていたぶん少しはマシかもしれないが、いざ目の当たりするとやっぱり……ね。

何のことかというと、私の父に全部バレちゃったという問題だ。政宗の言うとおりいつかは話さなくちゃいけないことだということは自覚している。だからこの問題は遅かれ早かれ必ずやってくるのだ。

しかし全ての出来事にはタイミングというものがある。同じ内容でも今言うべきか後で言うべきか、そのときの状況によっていくらでも変わるもの。例えば相手の機嫌が良いときに言えば、少なからず結果は良い方向へ転がることがある。逆に機嫌が悪いときに言えば、成功するものも成功しなくなるのだ。

今回の場合は私が松永組の人に誘拐されたときに、政宗は伊達組のことをお父さんに説明している。政宗が大嫌いな私の父は、彼のせいで娘が危険な目に遭ったと怒り狂うはずだ。つまり、今言うにはタイミングが悪すぎた。最悪である。

「貴様ァァアアア! よくも私の娘を穢してくれたな!」
「穢しただと? Ha! たかがkissしたくらいで随分と大袈裟だな。なんならもっとdeepなことをしてやろうか?」

……とまあずっとこんな調子なのだ。どうやら私と政宗の倉庫でのキスを目撃してしまったらしい。伊達の屋敷に帰ってからというもの、父は顔を真っ赤にしながら政宗と口論していた。政宗は面白がってますます父を挑発するし、頭に血が上っている父も自分が挑発されていることに気づいていない。

倉庫での一件のあと、私と父はそのまま政宗の屋敷にお世話になっていた。まだ事態が収集したという確信がなかったために、私と嫌がる父は政宗の屋敷で一晩を越すことになったのである。松永組に顔を知られたということで、遥奈も一緒にお泊りだ。

「おじさま、昨日からずっとあの調子じゃない? よくあのテンションが続くわね……」

朝ごはんを食べながら、遥奈は感心したように呟いた。私もきゅうりの漬物をボリボリと頬張りながら、うんうんと頷いてみせる。さすが小十郎が作った野菜で、これまた小十郎が漬けたお漬物だ。美味しい。

誰か止める奴はいないのかと周囲に期待してみるが、みんな余計な被害に遭いたくないので無関心を決め込んでいる。成実は笑っているだけだし、小十郎と綱元は二人で静かにお話しているしさ。誰か、そろそろ止めようよ? だったら私が止めろって? ムリムリ、だって二人とも人の話聞かないもん。

「大体華那には結婚するまで綺麗な身体でいてほしかったんだ! それを貴様が無理やり奪って……」
「別にいいじゃねえか。どうせオレと華那は将来結婚するんだぜ? 遅いか早いかの差だろ、細かいことを気にしていたらハゲるぜオッサン」
「するかァァアアア! 貴様にだけは娘はやらんぞ!」
「どうせなら昨日松永組を相手にしたときのtensionで来いよ。少しはオレを楽しませてくれよな?」
「……上等だ。後悔すんなよ、童?」

父の表情が凶暴なものへと変化した。昨日倉庫街で見せたあの表情である。ああなったら口調まで変わるから実に不思議だ。一人称も「俺」になるし、やっぱりただの二重人格のように思える。

「なになに!? 華那のお父さんいきなり態度が変わっちゃったよ!?」
「なに嬉しそうに見物してんの。それよりあの二人を止めてよなるみちゃん」

父の変貌っぷりを初めて見た成実は、これから何が起こるのかとウキウキしている。父がこうなったら血が飛び交うただの惨劇にしかならない。天国ではなく地獄である。

「筆頭、少しよろしいですか……っと!?」
「良直おはよー。残念ながら政宗はあの調子だから無理だと思うよ。一体どうしたのさ?」

政宗に用事でもあったのか、廊下からひょっこりと良直さんが現れた。肝心の政宗は私の父とのケンカを楽しんでいる最中なので、良直さんが訪れたことすら気づいていない。代わりに成実が良直に何があったのか訊ねた。別に政宗じゃなくてもよかった用事なのか、良直さんは成実に向き直る。

「実はいまとっても綺麗な女性が訪ねていやして……筆頭に逢いたいらしいんス」
「とっても綺麗な女性!? 政宗に!? 誰!?」
「朝っぱらから浮気!? ふざけるな!」

私と成実が良直さんに凄い剣幕で迫ったものだから、良直さんは顔を引き攣らせながら一歩後ずさってしまった。立派なリーゼントがわさわさと上下に揺れる。

「……と、困り……」

遠くが騒がしい。誰かの厳しい声がここまで届いている。さすがに何かが起きていると判断した政宗は、ギャーギャー喚く父を無視し、良直さんに声をかけた。いつの間にか小十郎と綱元も良直さんの話を聞く姿勢になっている。

「筆頭に逢いたいっつー綺麗な女性が訪ねてきているんですが……」
「Ah? 誰だ……こんな朝っぱらから」
「……ああ、だから困ります……!」

文七郎さんの声が聞こえたと思ったら、スパーンと襖が勢いよく開いた。座布団に座り食事中だった私達を見下ろすように、一人の綺麗な女性が冷たい目で部屋の中をぐるっと見回していく。胸まであるであろう長い漆黒の髪が靡いた。胸元が大胆に開いた白いブラウスの上にジャケットを羽織、スラリと伸びたパンツ姿がやけにキマっていた。どう見てもバリバリのキャリアウーマンと見える。

「テメェ何者だ? ここが伊達組の屋敷だと知っていて入ってきやがったのか!?」
「……少なくとも政宗様の知り合いに貴様のような女はいないはずだ。伊達組の敷地内に無断で侵入した罪は重いぞ」

小十郎と綱元が真っ先にこの女性を威嚇した。二人の冷たい言葉が痛いくらい突き刺さる。しかし目の前の女性は二人の威嚇を平然と受け止めていた。口元に笑みすら浮かんでいる。

「…………なあ政宗、よく見ればこの人誰かに似てねえか?」
「Ah? ………誰に似ているっつーんだ?」
「すっげぇバカらしいんだけど……華那が大人っぽくなったらあんな感じかなって。勿論色々な要素は足してるぜ。華那にあんな色気は出せるはずねえからな」

成実の言葉に政宗はじーっと女性を凝視する。成実が言った失礼な発言に私はどういった反応を示せばいいんだろう。私に色気がないって失礼じゃないか。でもさすが成実。直感力は人並み以上なんだね。

「………ようやく見つけたわ。全く、こんなところで何をやっているのかしら?」
「………な、なんでここにいるんだいママ!?」
「………………まま!?」

さっきまでの勢いはどこへ行ったのか、父はこの女性の姿を見るなり腰が低くなってしまった。口調もいつものものに戻っている。昔統一を果たした不良の面影はどこにもない。

「なあ華那、親父さん確かに「ママ」って言ったよな? つまりあの女性は……」
「そう。あの怖い女の人が私のお母さんよ………」
「華那のmotherだと!? あんなナリしてるくせに親父さんと同じで元ヤンかよ……」
「華那のお母さんってすっげぇ迫力美人なんだな。さすが元ヤン」

そう、あの人こそ父の面倒を見るため一緒に海外へ行ってしまった私の母親である。だからお父さんのときといい、どうして私の家族はいきなり現れるのかしら。しかもここは私達の家じゃない、政宗の家だぞ。

「どうしてここにいるのよお母さん! というかいつ日本に帰って……」
「日本に帰国したのはついさっきよ。だってパパったら急に日本へ帰るって言ったきり何一つ連絡を寄越さないんだもの。待っているのも退屈だったから、お説教ついでに私も日本に帰ることにしたのよ」
「そ、それは色々あってだね……ってお説教?」

お説教という言葉に、お父さんだけでなく私もきょとんとしていた。

「パパ、あの子は私達が思っている以上にもう大人なのよ。好きな人だって出来るし、その人と一緒にいたいと思うのは当然のことじゃないかしら? 大人がとやかく言う問題じゃないのよ。それで傷つくようなことがあったとしても、それもまた人生よ。パパもいい加減娘離れをするべきね。パパが今のままじゃ、あの子は一生幸せになれないわ。あの子には幸せになって欲しいでしょう?」
「で、でもあの男は危険だ……! 昨日もあの男のせいで華那は危ない目に遭って」
「けど彼は華那を守ろうとしてくれたわ、それも自分の気持ちを偽ろうとしてまで。そして華那もそんな彼の気持ちを知ったからこそ、わざわざ囮役を買って出たのでしょう? これほど愛し合っている二人を引き裂くのは、生憎だけれど私の趣味じゃない。もしそれでも二人の仲を裂こうとするのなら、私がパパに愛想を尽かすわよ。なんなら昔みたいにタイマン勝負するか、あ?」
「ちょっと待って、なんでその話を知っているわけ!?」

お母さんはつい先ほど日本に帰国したばかりなのだ。昨日まで起きていた事件を知るはずがないし、そもそも私と政宗が付き合っているということすら知っているはずがない。

「あら、だって全部遥奈ちゃんが教えてくれたもの」
「遥奈……あんた人の親と何やってんの!?」
「何よ。相談に乗ってほしい、助けて欲しいって言ったから、私なりの方法で助けてあげようとしただけじゃない。私とおばさまはメル友ですもの。娘のことが気になるおばさまに今こんなことが起きていますって教えて差し上げただけよー?」
「華那がいつまで経っても手紙も電話もくれないから気になって、遥奈ちゃんに頼んで色々教えてもらったのよ。そうしたら面白そうなことが起きているじゃない。パパに二人の仲を反対されているって聞いたから、ママもちょっと気になっちゃったの」

本当に、いつの間に……!? 遥奈とお母さんがメル友だったという事実も今知ったし、遥奈が私の身に起きていたことをお母さんに報告していることも知らなかった。確かに遥奈がお父さんと初めて会ったとき、一緒にお母さんとも会っていたけれど、まさかあの短時間でここまで仲良しになっているとは想像しないぞ。本当に……私の知らないところで遥奈は色々な人と繋がっている。じゃあこの前のテストで私が赤点取ったこともバレているかもしれないってことか!? 恐るべし……。

「しかしあんな物騒な男、華那には相応しくない!」
「あら、そうは言うけれどパパだって昔あんな感じだったでしょ。私の親に反対されても、毎日こりずに逢いにきてくれたじゃない……。私の親が根負けするまでずっとね。政宗君を見ていると昔の自分を思い出すからっていうつまらない理由で、二人の仲を反対するのはお門違いってものよ」
「……………くっ!」
「ほら、私達がここにいちゃ邪魔なだけよ。だから今から一緒に向こうへ帰りましょう?」

そう言うとお母さんはすっかり静かになったお父さんの首根っこを掴んで、そのままズルズルと乱暴に引き摺っていく。その間ずっとお父さんは悔しそうに唇を噛み締めていた。私達はというと二人の様子を呆然と見送っている。さすがお母さん。お父さんを黙らすなんて、やっぱり我が家で最強なのかお母さんだね。

「あ、政宗君」
「Ah? な、なんだ……?」
「きっとこれからも色々と危ないことが起きるかもしれないけれど、華那のことよろしくね。あの子私に似て危なっかしいところがあるから、後先考えずに突っ走って怪我とか普通にしちゃうのよ。ま、でも。政宗君が貰ってくれるなら、怪我しても大丈夫か」
「……Yes! 任せとけ、華那のことはあんた達に代わってちゃんと護ってやるよ」
「ふふ、流石伊達組筆頭ね。頼もしいわ。じゃあね、華那。たまには連絡くらい寄越しなさいよ?」
「は、はい……。お母さんも元気でね」
「華那〜! また会いにくるからね! それまでこの男の毒牙からちゃんと身を護るんだよ!?」
「Ha! まだ言うか。安心しやがれ、次来る頃には孫の顔を見せてやるからよ」
「なっ!? 孫の顔なんて見たくねえんだよ! 次こそテメェをボコボコにしてやらァ!」

遠ざかる二人の背中を見ながら、私は頭痛がしてきた頭を力なく押さえていた。つーかなんだこの展開は。お母さんは政宗のことを認めているみたいだけれど、お父さんは相変わらず反対の一点張りである。でもうちのお父さんはお母さんには頭が上がらないから、きっとお母さんがお父さんを上手く丸め込むだろう。とりあえず、目先の問題は全て解決したと思っていいんだよね?

「しかしすげえな華那のmotherは。なんつーか有無を言わせない迫力があった」
「昔っからああなのよ。元ヤンだったせいか迫力だけはあってね……あの人の脅しは効くわよ?」
「ま、これでオレ達も晴れて親公認の仲になったわけだし……これからは何しても大丈夫だな」
「は……? な、何しても大丈夫って何をする気でいるの!? つかいつもしているけれど、その上をいくすごいことをしようとしているの!?」
「華那を嫁に貰うことをokしてもらったんだぜ? なんでもし放題じゃねえか」

サラリと言ってのけた政宗の言葉に、私は頭痛がさらに悪化したように思えた。気のせいか身の危険を感じるぞ。ヒシヒシと感じちゃっているぞ!? それに何故か政宗の表情が活き活きしていないか!?

「なんなら今から始めるか? Maniacなplayもやりたい放題だぜ?」
「や、やらないやらない。絶対にやるものかー!」

将来のことなんて遠すぎてわからない。未来のことなんて全くわからないのに、何故か私の隣にいるのは絶対に政宗だと思えるんだ。だって私の隣にいてくれるのは、彼以外ありえないんだからっ!

完