激突!サラリーマンVS伊達組筆頭 | ナノ


大きな光が差し込んだことから、ここが一体どこなのかはっきりとわかった。どうやらここは倉庫のようで、しかし今は使われている形跡がないことから、街の外れにある倉庫街の一角かもしれないと推察される。なるほど、ここなら人目にもつかないし、滅多に人も来ないから何したってバレにくいだろう。例えば……人を殺しても、だ。

「意外と早く辿り着いたものだな独眼竜。しかし近くには私の手の内の者が大勢いたはずなのだがね」
「表の連中なら今頃、小十郎とあの野郎が相手にしているだろうよ。だからいい加減、こっちもケリつけようじゃねえか」

政宗の手には六本の刀が握られていた………って、六本!? 私は自分の置かれた状況を忘れ、政宗が握っている六本の刀を凝視した。私の見間違いかもしれないじゃない。えーと、一本…二本…三本…四本…五本…六本。ってやっぱり六本だった。私の見間違いでも数え間違いでもなく六本である。

「って政宗、アンタなんで刀を六本も持ってるのよ!? どうやって使うのよソレ!?」
「……テメェの喉元に刀突きつけられている状況で、よくンなこと言えるよな」
「う……だって政宗来たら余裕ができたっていうか、大丈夫な気がしてね。他のことを考えることができるようになったのよ」
「Ha! そりゃあ嬉しいねえ……。珍しく今日は素直じゃねえか華那チャンよォ」

心なしか政宗が嬉しそうに笑ったように見えた。彼の言う素直っていう意味はよくわからないが、普段の私なら言わないようなことをサラリと言ってしまったのだろう。本当のことを口にしたまでなので、どこら辺が素直だったのか考えてもわからなかった。もしかしてそれ自体が政宗に素直と言わせた事実なのかもしれない。

しかし、と私は思う。さっきまで命の危機に晒されていて、今も危ない状況には変わらないのに、政宗が現れたのならもう大丈夫だと思えて仕方がない。身体を縛り付けていた恐怖が嘘のように消えていく。心が落ち着いていく様子が、手に取るように感じられていた。今なら、なんでもできそうな気がする―――!

松永は後ろから迫る政宗のほうを向いていた。つまり私には背中を向けている状態でいる。松永の注意が政宗に向けられていることをいいことに、私は松永に感づかれないように後ろへ一歩後退する。慎重に、たった一歩後ろに下がるだけでもゆっくりと……靴音すら、動く気配すら松永に悟られてはいけない。喉元に当てられている刀の切っ先で喉を斬らないように、私は全神経を喉元と両足へと注いだ。脂汗が額から流れ落ちる。

「…………っ!」

松永に感づかれないように一歩後退することに成功したおかげで、喉元に当てられていた刀が少しだけ遠ざかった。喉元にあったヒヤリとした感触がなくなっただけでも、どうしようもないくらい安堵できるものなのね。

そんな私の行動を顔色一つ変えないで見ていた政宗は、私がやろうとしている行動の意図を理解したのか、必死になって松永の注意を自分のほうへと向けていてくれている。そして私が一歩後退したことを確認すると、政宗は怒号に近い声で私の名前を呼んだ。

「華那ッ!」

政宗の声を合図に、私はおもいっきり地面を蹴ると真っ直ぐ横へと走る。松永も政宗の声に後ろへ、つまり私のほうへと振り返った。しかし振り返った先に私はいない。私はただ前だけを見て、できるだけ松永と距離をとろうと走っていたのだから。

松永が後ろを振り返ったと同時に、政宗は六本の刀を握り締めがら空きとなった松永の背中目掛けて刀を振り下ろした。一瞬で松永との距離を詰め、彼の懐へと入ろうとした政宗の速さはもはや尋常ではないだろう。

しかし松永も後ろに私がいないことを知ると、政宗の気配を察したのかすぐさま己の刀で政宗の攻撃を受け止めた。は、速い……! 普段聞き慣れない刃と刃がぶつかり合い、擦れ軋む音に私は耳を塞ぎたくなった。鍔迫り合いになったら力と力のぶつかり合いだ。しかしお互いさっきから動かない。強い力で押し合っているため、お互いが反発しあいそこから動くことができないのである。二人は同時に後ろへ飛びのき距離を開ける。しかしまたすぐさま距離を詰め、刀と刀を激突させた。

「華那ッ! 早く表に出ろ! 表には小十郎もあの野郎もいる、急げッ!」

余裕が感じられない切羽詰った政宗の声に促されるが、私はどうしたらいいのかわからず出口と政宗達を交互に見た。政宗の言うとおり表に行けばいいと思うけど、今の政宗を放っておくなんてこともできない。金属と金属が激しくぶつかり合う甲高い音と、政宗の荒い息遣いだけが倉庫内に響く。

政宗のことが心配だけど、でも私がここにいると政宗は気が散って全力を出せないかもしれない。ここは松永のテリトリーだ。敵の手の中に私がいれば、松永はいつだって私を利用して政宗を追い詰めることだってできるかもしれないのだ。本当に政宗のことを思うのなら、彼が全力で戦えるよう一刻も早くここから立ち去らなくちゃ! 松永に激しい剣戟を繰り出す政宗の背中に小さく頷くと、私は出口に向かって駆け出した。

今更だけど、表にいるのは小十郎ともう一人いるって言ってなかったか? でも名前を言っていなかったから誰かはわからない。大体成実や綱元といった伊達組の人だろうと安易に思っていたのだ。だから表でヤクザ相手に暴れているそいつを見たとき、私は自分の頭がフリーズしそうになってしまった。

「オラァ! かかってこいやァァアアア!」
「………お、おとーさん?」
「もっとだ……もっとやれるよなァ? もっと俺に血を見せろよ、アァ!?」

普段温厚で娘バカな私の父親が、今まで見たことがない凶暴な笑顔で、ヤクザの方々をボコっておりました。辺りには屍と化したヤクザさん達が無残な姿で倒れていた。我が父は既に気絶しているっぽい一人のヤクザの胸倉を掴み自分のほうへと引き寄せると、顔面を何度も激しく拳で殴りつける。顔の形が変形しちゃうのではというほど殴りつけ、もはや誰の血かわからない返り血で身体中を染め上げていった。服なんてもう真っ赤で、返り血が顔に付着すると父は忌々しそうに舌打ちをする。

「華那、こっちこっち!」
「遥奈!? なんでここにいるの。ああ今はそれどころじゃない。ちょっとこれどういうこと!?」

物陰に隠れていた遥奈に手招きされ、私はヤクザの方々にバレないようこっそりと彼女の下へと歩み寄った。

「実は華那が誘拐されたすぐ後におじさまに見つかっちゃったのよ。そしたら伊達君がおじさまも連れて行くって……いつかは話さなくちゃいけないからって、ここに向かう途中で全部話しちゃったの。伊達組のことも、今何が起きているのかもね」
「ええ!? 喋っちゃったの!? でもそれとこれは関係ないよね……?」

お父さんが何故ここにいるのかはわかったけれど、肝心の「今父に何が起きているのか」の部分がわからない。どこをどうしたらあそこまでキレられるんだ暴れられるんだ!?

「……さすが昔統一を果たした不良の頭だけはあるわね。強いのなんのって」
「いや、そうじゃなくて!」
「華那を助けに行くって聞かなかったおじさまなんだけど、そうこうしているうちに今は屍と化している彼らに邪魔されちゃってね。片倉さんとおじさまが彼らの相手をしているうちに、伊達君たら一人でさっさと華那の下に向かっちゃったのよ」

じゃああれが……あの姿がお父さんの黒歴史!? 不良だった頃はいつもあんな感じだったんですか!? 屍となってしまったヤクザさん達が、松永が言っていた外にいる仲間なんだろう。でもいくら松永でもサラリーマンに自分の仲間がやられるとは計算していなかったよね?

一方お父さんはというと、政宗以上に凶悪な笑みを浮かべながら一人、また一人とヤクザを倒していっていた。凄い快調だ。この顔には返り血がよく映える。

「オイ……これで終わりじゃねえよな。終わりじゃねえよなって……訊いてんだよ答えろテメェ!」
「ヒィ……!」

ちょっとこれ、一種の二重人格じゃないの!? お母さんもよくもまァこんな人に惚れたもんだ。だってお母さんとはお父さんが現役時代の頃に知り合い、そのまま付き合って結婚したのだ。いくらお母さんもお父さんと同じだからって、こんな凶悪な顔した奴に惚れるか普通!

「ちょーっと待ったお父さん、お父さんってば!」
「アァ!? …………って華那!? 無事だったか!?」

全身に返り血を浴びた父が、さっきまで凶暴だった父が、私の知っているあの娘バカな父親に戻った瞬間だった。ってその格好で泣き出しそうな顔をしないでください。安堵で顔を和ませないでください。不気味だから怖いから! 

辺りはすっかり静かになっていた。松永組の連中を小十郎と私の父親が倒してしまったからである。これ以上敵がいないことを確認すると、私と遥奈は恐る恐る物陰から姿を現した。

「華那、無事だったか! 政宗様は!?」
「政宗ならまだ倉庫の中だと思う。松永久秀とやりあって……!」

小十郎にそう言いかけた矢先、私がいた倉庫から爆発音が聞こえてきたではないか。爆発音自体はそう大きなものではなく、建物も崩れかけているわけでもない。しかし政宗のことが気になって、私は何も考えずに倉庫へと走り出していた。後ろから小十郎やお父さんの制止の声が降りかかる。

「政宗、どこッ……!?」

倉庫内は爆発による粉塵で何も見えなかった。息苦しさのあまり咽こみ、目の痛さからおもわず涙が出る。灰色に染まる視界に、僅かだが人影らしきものを捉えることができた。しかし迂闊に近づけない。シルエットしかわからないので、そこにいる人物が政宗なのか松永なのかわからないからだ。

「……華那、無事か?」
「政宗! 良かった……」

視界がゆっくりと晴れていく。そこに立っていたのは、他ならぬ政宗だった。私は政宗に駆け寄り、その腕にしがみついた。近くで見ると政宗は少々ボロボロだった。服は汚れ、額からは血が流れ出ている。私の名前を呼ぶ息も若干荒い。

「さっきの爆発は一体……? そうだ、松永は!?」
「あいつなら逃げたぜ。さっきの爆発は奴の仕業だ。あの爆発に紛れて逃げやがった……」
「そう……」
「……今回は悪かったな。できることならこんな形で巻き込みたくはなかったんだが……安心しろ、もう大丈夫だ」

政宗の瞳が私を捕え、私の瞳も政宗を捕えて放さない。私達はどちらともなく小さく笑い合い、そして……ゆっくりと唇を重ねあった。

続