激突!サラリーマンVS伊達組筆頭 | ナノ


どこへ向かっているのかわからないが、片倉さんが運転する車に搭乗してしばらくが経過した。助手席に伊達君が座り、後部座席に私とおじさまが座っている。おじさまと遭遇してしまった場所から少し離れたところに伊達君が言っていた車があった。車の中には片倉さんもいて、ギャーギャー騒ぐおじさまを無理やり押し込み、有無を言わさず車を発進させる。

強面の片倉さんを見ても一歩も引かなかったおじさまは凄いと思う。さすが元ヤンだ。車に乗り込んでしばらくしたころ、伊達君は自分のこと、そして華那の身に起きていることをポツポツとだが語りだした。その間私と片倉さんは口を挟むような真似はしていない。こればっかりは伊達君が自分の口から言わなくちゃいけないことだと判断したためだ。

やがて全てを話し終えた伊達君は、窓の外の景色を眺めながら黙り込んでしまった。痛いほどの沈黙が車内を包む。

「………ふざけるな」
「おじさま?」
「じゃあ華那は……くだらないヤクザ同士の抗争に巻き込まれただけではないか!」
「Yes 否定はしねえ。そのとおりだ」
「君みたいな野蛮な人間に関わったばっかりに華那はいらぬ被害を被ったというのか!?」
「でもおじさま! 華那は自分からこの作戦の囮になると言ったんですよ?」
「どうせ貴様が無理やり華那を囮に仕立てたんだろう!? じゃないとあの子がこんな危険な役を買ってでるはずがない!」

さっきからおじさまはこの調子である。人の話を聞こうとしない。こうなった人間は手がつけられないから苦手だ。こちらがいくら冷静に話そうとしても、頭に血が上っている人間には意味がない。かといってこっちまで逆ギレしてしまっては、更にどうしようもなくなってしまう。どうしたものかしらね。

「華那を危険な目に遭わせて……貴様、それでも本当に華那のことを愛しているとでも言うのか!?」
「ああ、だから一度は身を引こうとしたんだ」
「政宗様………」

おじさまがハッと息を飲む気配が伝わった。そう、確かに伊達君は一度、華那を遠ざけようとしていたときがあった。あのときはまだ何が起きているのかわからなくて、淋しそうにしている華那を見るたび、許されるなら伊達君を殴ってやりたいって思ったほどだ。

でも遠ざけようとしている理由がどうしようもないくらい華那が好きだからってわかった途端、文句を言うことも伊達君を殴ることもできなくなった。好きだからこそ危険な目に遭わせられない。だから距離を置くしかない。これは伊達君の不器用な愛のカタチだったのよ。

「でも華那は嫌だと言った。守られるだけは嫌だと、自分もオレを守りたいってな。そこで気づいたんだよ。華那はただ男の帰りを待っているような大人しい奴じゃねえってな。男がいつまで経っても帰ってこなかったら、自分から迎えに行くような奴だ。そんなアイツの性格は、父親であるアンタが一番理解しているんじゃねえのか?」
「…………」

それきりおじさまは神妙な面持ちで俯いてしまった。伊達君の言ったとおりだと解っている分、肯定してしまうのが悔しいのだろう。誰よりも娘を愛していると豪語する人だからこそ、娘の性格くらい理解しているに決まっている。そしてこの場合、華那がどんな行動をとるのかも―――。

「………ところで伊達君、華那の居場所はわかっているのよね?」
「ああ、その点に関しちゃ問題ねえ。だが……あくまでも居場所がわかるっつーだけだ。無事かどうかって訊かれたら……そうであってほしいとしか言いようがねえ」
「…………華那」

とにかく落ち着かなかった。どれだけ焦っても車の走行速度は変わらない。気持ちばかりが急ぎ、段々気持ち悪くすらなってきた。伊達君の言うとおり華那の居場所はわかっている。けど無事かどうか、肝心な部分が不透明なのだ。……とにかく無事でいてほしいと願うしかない。願うことだけしかできない自分が酷くもどかしかった。

***

目が覚めると、そこには見知らぬ世界が広がっておりましたとさ。なーんてね。でもこれはまさに、いきなり始まっちゃうファンタジー小説みたいな展開だった。

遥奈と囮作戦を展開していたとき、彼女に言われるがまま一人になるためトイレへと向かった。そのとき曲がり角から現れた数人の男に、やたらと甘ったるい臭いがする布状のもので口元を覆われ、ああこういう展開って推理もののテレビでよくあるなーと、今の自分が置かれている現状を他人事のように考え、そこで私の意識はぷっつりと途切れた。

朦朧とする意識の中、とても狭くて息苦しい何かに押し込まれたように思える。そして気がつけば、ここに横たわっていた、と……。まあ単純に考えれば囮作戦が成功して、私は見事誘拐されちゃったと考えるのが妥当よね。幸い身体を拘束する物は何一つなく、私はゆっくりと身体を起こし辺りを見回した。しかし辺りは暗く、そこに何かあるっていう程度にしか物を判別できない。

しばらくすれば目が暗闇に慣れてきて、まだマシになると思うんだけどな。どこかの建物の中だと思うんだけど、具体的にはわからない。なんとなくだけど、ここは結構広い……ような気がする。天井が高い……壊れた屋根の部分から薄っすらと光が差し込んでいた。月明かりではない、オレンジ色の光である。ということはまだ夕方か、あるいは一日中眠っていたかのどちらかだ。しかし後者の可能性は低いだろう。政宗達が私を見つけるのに、それほど時間を要するとは思えないからだ。

私はそっと服のボタンに触れた。政宗が言うにはこのボタンが発信機になっているらしい。私の居場所はパソコン上の地図に示され、半径数十キロ範囲ならすぐにわかると言っていた。一見すると普通のボタンだけに裏側にそんな機能が隠されているなんて、さすがに松永組の人も気づかないだろうというのがこちらの考えである。

大丈夫、今頃政宗達がここに向かっているはず。だから落ち着け泣きそうになるな涙を堪えろ自分! 不安で押し潰されそうになる自分を叱咤し、私はスクッと立ち上がる。囮作戦は成功したんだ。次にやるべきことを考えろ。普段使わない脳味噌をフル回転させ、恐怖と戦いながら麻痺しそうになる思考を働かせる。

「―――どうやらお目覚めのようかね?」

私が次にするべきことは、政宗達がここに辿り着くまで時間を稼ぐことだ。

「………あんたは?」

規則正しいリズミカルな足音が聞こえた。次に聞こえてきたのは底なし沼のような、感情が読み取れない低い男の声だった。感情が読み取れない声というものは、ときにとても恐ろしい印象を人に与える。特に今のように姿が見えないとなると、声だけで相手の表情、動きを捉えなくてはいけない。しかしこちらに近づいてくる男からは、何一つ読み取ることができなかった。

「人に名前を訊ねるときは、先に卿が名乗るべきではないかね?」

こんなときに限って、私の目は暗闇に慣れ始めていた。何も見えなかった先ほどまでとは違い、ある程度近くにあるものならこの目に捉えることができ始めている。

「それは常識ある人の場合よ。あんたみたいに人を誘拐するような奴が言うセリフじゃないし、そもそもあんたみたいな外道に自分の名前を名乗りたくないわ」

吐き捨てるように捲くし立てると、目の前の男の口元が薄っすらと歪んだように見えた。笑っているのか? 丁度私達の頭上にオレンジ色の光が差し込み、お互いの顔が露になっていく。やがてはっきりと見えた男の姿は、私が今まで見たことがない異様さを放っていた。これは直感だけど、あくまで直感だけど。きっとこいつが……。

「………松永久秀」
「ほう、私の名を知っているとは驚きだな。だが一つ問う、何故私の邪魔をするのかね、音城至華那とやら?」
「あんたも私の名前知ってんじゃん。お互い聞く必要なかったじゃん。さっきのやりとりは無駄だったんじゃん。……まあいいわ。どうして私があんたの邪魔をするかですって? そんなの簡単よ、あんたが政宗の敵だから、以上!」
「実に解りやすい理由だな。そして素晴らしい。どうやら卿も己が欲望に忠実なようだ」

私の答えに満足しているのか、松永という男は愉快そうに笑い声をあげた。こんな空間でこんなときにあまり笑わないでほしい。だって不気味じゃない、怖いじゃない。明智先生や織田理事長とはまた違った怖さだけに、私はこういったタイプに全く免疫がないのだ。

「欲望に忠実ってどういうことよ……!」
「そうであろう? 確かに私は卿の言うとおり、独眼竜にとって敵と言える。独眼竜にとっての敵は卿にとっても敵……。これほどわかりやすいものはないと思うがね?」
「……そうね。私はあんたの事情を知らないで敵と認識したんだもの。じゃあ訊くけど、どうしてこんなことを仕出かしたのよ!?」
「簡単なことだ。私は欲しい物ならどんな手段を使ってでも自分の物にしたくなる性分でね。……独眼竜が支配しているシマを私も欲しくなった。だから奪おうとしたまで。伊達組を壊滅させるより、卿を利用したほうが簡単だと思ってね。そのために独眼竜の恋人である卿を攫い、交渉の鍵として利用しようとしたまでのこと。実にシンプルだろう?」

松永の話は政宗や伊達組のみんなが話してくれた内容と合致する。政宗ら伊達組が支配するシマを奪うために、私を誘拐して政宗につけこむ気でいるんだこの男は。伊達組を壊滅させるよりも、政宗を暗殺するよりも、一般人の私を巻き込んで交渉のカードとして使うほうが手っ取り早いもの。もし私が松永と同じ立場に立たされたら、私だってこいつと同じ手段をとる。

「しかしどうやら私は卿のことを誤解していたようだ」

松永がまた一歩、私の傍へと歩み寄る。コツ、と小さな靴音がやけに大きく響いた。

「卿はとんだじゃじゃ馬らしい……」

松永の手の中でキラリと鈍く光る銀色の光――……。その銀色の光は真っ直ぐ私の喉元へと突きつけられる。銀色に輝く光の正体は、どう見たって日本刀そのものだった……。

生まれて初めて見る本物の日本刀に、私はどうしようもないくらい足が震える。ましてやそれが自分の喉元に突きつけられているのだ。松永の気持ち一つで、いつだって私の首を掻き斬ることができる。この日本刀だって普通ならレプリカだと思うところだが、本物のヤクザ相手にレプリカという希望は皆無だった。

「こんな玩具まで使って……」

ヒュッと鋭い風が吹いた。目を閉じる瞬間すら与えず、松永が日本刀を横に薙いだのだ。私の頬からすうっと一本の細い血の筋が浮かび上がる。数秒の間のあと、ポトッと一つの小さなボタンが足元に落ちた。それは発信機としての細工を施したボタンだった。……拙い。気づかれていたなんてッ!

「あ、ああ………!」

発信機の存在に気づかれたとなると非常に拙い。この松永って男、きっともの凄く頭がキレるはずだ。これが発信機だって気づかないとは思えない。発信機だってことがバレたら、ここに政宗達が向かっているっていうこともバレちゃうじゃない。

「卿はどちらが良いと思う? もうじきここに現れるだろう独眼竜に卿が血塗れで倒れている光景を見せるか、それとも卿が私に斬られる瞬間を見せるか……どちらも捨てがたい」

この男の目は本気だ。本気で私を斬ろうと、殺そうとしている。恐怖のあまりぞわぞわと鳥肌が立ってきた。本能が逃げろって、五月蝿いくらいに警鐘している。でも逃げられない。助けて……助けて助けて助けてってば! 早く助けに来い政宗ッーーー!!

「ふむ……どうやら卿も決め兼ねているようだ。ならば仕方がない。私が選ぶとしよう」
「No! It is a turn that you die!」

バンッと大きな音が建物中に広がった。何かが爆発でもしたのかというくらいの大きな音だ。埃か粉塵かわからないものが辺りを包み込み、私の視界を奪う。

どうやら誰かが外側から扉を破壊したらしい。その証拠にさっきまでとは比べ物にはならない光がこの建物に差し込んでいる。建物の奥から差し込む大きな光に、私は目が眩み足元がふらついてしまった。

ああ、流暢な英語が不安だった私の心に沁みていく。とても聴き慣れた声に、私は安堵から涙が溢れそうになった。光の向こうにいるであろうその人に向かって、私はおもいっきり叫んだ。

「遅いよ! 政宗のバカ!」
「そんなに怒鳴るなって。これでもかなり急いだほうなんだぜ?」

政宗は相変わらず自信満々なニヒルな笑みを浮かべている。でも今はその笑みが、最ッ高にかっこよく見えた―――。

続