激突!サラリーマンVS伊達組筆頭 | ナノ


囮になると宣言したものの、具体的にはどういうことをすればよいのだろうか。遥奈と元親先輩を交え、学校の屋上で急遽作戦会議が開かれた。まず学校にいる間は狙われないだろうというのが政宗の考えらしい。以前一度失敗しているし、この学校は大通りに面しているため人目につきやすい。いくら私にバレたからといっても、警察が動くような事態にはしたくないのだという。

それに学校だと常に誰かが私の傍にいるという状況を作りやすい。少なくとも彼らの姿は政宗に目撃されてしまっている。だとすれば警護を兼ねて、決して私を一人にしないようにするのは当然だ。彼らは政宗が傍にいない隙を狙ってくるに違いない。ならばこちらからその状況を作り出し、敵を誘き出す必要性があった。どうしようかと頭を悩ませていると、遥奈がゆっくりと手を挙げた。

「なら今度の休みに私と遊びに行かない? 幸い私は奴らに顔を見られていないし、事情を知らないただの友達だと思ってくれるかも。休みの日に友達同士が街をうろついていても不思議じゃないでしょう。勿論伊達君も尾行なんてしちゃ駄目よ。伊達君が尾行なんてしちゃ、一瞬で敵にこれが罠だって気づかれちゃうわ」
「そこらへんは任せとけ。そういうことに関しちゃこっちは一応proだ。なんとでもできる」

政宗は心当たりでもあるのか、自信満々の声色だ。そういうことに関してはプロってあたりが、個人的には非常に気になって仕方ない。どんなプロなんだ、一体何をしちゃうのだ。が、そんなことを気にする暇を与えてくれないのか、政宗と遥奈はどんどん話を進めていく一方だった。頭の回転が速い政宗と遥奈の会話についていけず、私は二人の会話を遮って考える時間をくれるように頼んだ。

「えーとつまり、私と遥奈が何も知らないふりをして街に遊びに行く。それは罠で敵に誘拐させる隙を作るためってことでいいの?」
「ええ、でもただ街をブラブラするだけじゃ駄目よ。いくら敵でも急に伊達君の姿がなかったら警戒しちゃうでしょ。だからそこは上手く演技をしながら……ね」
「なんで政宗の野郎がいなかったら警戒するんだよ?」
「馬鹿ねぇ元親。学校にいる間は常に一人にさせないようにさせている人間が、休みの日だからって一人で外出することを許可するとでも?」
「あ……」

元親先輩だけでなく、私の口からも吐息のような声が発せられた。遥奈はマヌケな顔をしているであろう私達を、なんともいえない冷たい目で一蹴する。政宗も呆れているのか、やれやれというふうにため息をついていた。う、なんか腹が立つ。

「いい? 私は大丈夫だとしても、これには華那の演技力もかかっているのよ。今から説明するけど、当日失敗したら許さないわよ!」

今になって頼む相手を間違えたかもしれない、なんて後悔しても既に遅かった。

***

作戦決行前日の夜。心が緊張と興奮の狭間を行ったり来たりしているせいで、なかなか寝付けなかった。あれから政宗達と入念に会議を重ね、出来上がった計画がいよいよ明日実行される。学力トップの二人考えた案だ。元々信用できる二人ということもあり、何故か不思議と恐怖感はない。

―――へたをすれば殺されるかもしれないわよ?

遥奈の冷静な声が頭に響く。そう、殺されるかもしれないのに。命の危険に晒されるかもしれないのに。それでも私は恐ろしいくらいに落ち着いていた。今眠れないのも、恐怖感からくるものじゃない。明日で全てにカタをつけないことには、他の人達に迷惑がかかるかもしれないというプレッシャーからきていると思う。いくらみんなが喧嘩慣れしているからといっても、本当なら何も関係のない人達だ。私のせいで危険な目に遭ってほしくない。

学校にいるときも、みんなが私を守ってくれた。それもあからさまではない、あくまでさり気なく。今回のことが表沙汰になり、みんなが怖がって私から離れていくのを防ぐために。みんなを危険な目に遭わせないために。少なくともクラスメイト達は私の身に起きていることは知らないはずだ。みんなの気持ちを無碍にしないためにも、なにがなんでも今回の件を終わらせてみせる!

***

「……あれ。どこかに行くのかい、華那?」
「遥奈と買い物に行くの。帰りは何時になるかわからないけど、心配しないで」

太陽が最も高く昇る時刻、家を出ようとしていた私の背中にお父さんの声が降ってきた。政宗の存在は認めていないお父さんだが、親友の遥奈のことだけは信用しているらしい。ここで政宗とデートなんて言ったら間違いなく軟禁されるだろうが、相手が遥奈だけにあっさりと「でもなるべく早く帰ってきなさい」と見送ってくれた。

それがいつもと変わらない態度だったから、私はおもわず後ろめたい気持ちになった。ごめん、お父さん。あなたの娘はやくざと全面対決に臨もうとしているのです―――。

「……行ってきます!」

まるで戦争に赴こうとしている兵士のような気分である。これ以上お父さんの顔を見ていると本当のことを言ってしまいそうになって、私は慌てて玄関を飛び出すことにした。一瞬背中に突き刺さるような視線を感じたが、きっと気のせいだろう……。

***

見かけに反して意外と時間にルーズなところがある遥奈だが、珍しく今日は遅刻せず時間どおり待ち合わせ場所に現れた。本人曰く「待ち合わせ最中に誘拐っていう線もありえるのだけど、さすがにそれじゃあ危ないからね」らしい。要は遥奈達の知らないところでの誘拐は駄目ということだ。それはさすがに危険すぎると政宗も言っていた。

それからというもの私達はできるだけ休日の買い物を楽しむフリをした。相手に警戒させないためにも、私は何も知らないフリをしなくてはならない。誘拐されかかったけど、どうしてあんな目に遭ったのか知らないという設定である。いくら問い詰めても政宗は理由を説明してくれなくて、そのくせ学校では私を一人にはしない。半ば監視されているような環境に耐え切れなくなった私は、政宗の目を潜り抜け遥奈と遊んでいるという設定を、なるべく自然に、しかし他人に聞こえるように彼女との会話の中で説明したのだ。勿論あくまでも私の愚痴に聞こえるように注意しながらである。こうすることで見えない敵にも今がどういう状況か伝わるだろう。

私は辺りをキョロキョロと見回す。別に何も変わったところはないと思う、多分だけど……。もしかしたら物陰に隠れて私の様子を窺っているかもしれないじゃない。でも素人目じゃ全くわからなかった。もしかしてまだ狙われていないってこと? 今回の作戦は失敗に終わってしまうの?

「こら、あんまり辺りを見回さない。怪しまれるでしょうが」

あまりにキョロキョロしていたから、横を歩いていた遥奈に怒られてしまった。そうは言われても誰かにつけられているかもしれないと思えば、嫌でも後ろを振り向いてしまうのは当然の心理だ。政宗も私を護ると断言してくれたが、姿が見えないとなればやっぱり不安にもなる。できることなら私の目の届く範囲にいてほしい。でもそれは敵の目にもつくということで、無理な注文だとは重々に承知しているが。無意識のうちに背後をチラチラと盗み見していたらしい私に、遥奈が射抜くような鋭い眼差しを私に向けた。そして私以外の人には聞こえないくらい小さな声で囁く。

「もう何人か後ろにべったり張り付いているわよ。誘拐されるのも時間の問題ね」
「………べっ……」

途中で声が詰まり、最後まで言葉が続かなかった。見えなくとも気持ち悪いが、こうもはっきりと言われても気持ち悪い。というか怖い。目だけ斜め後ろを向きながら、私はおもわず固まってしまった。視線を外そうにも身体が言うことをきいてくれない。いや、それよりも……。

「なんであんたはそのことに気づいたのよ?」

政宗みたいなプロならまだしも、遥奈は私と同じただの女子高生だ。どこにでもいる女子高生が、どうしてプロの視線に気づき、あまつさえその姿を捉えることができたのだろうか。少なくとも私はわからなかった。

「……実はスパイ一家の娘とか?」
「冗談言っている場合じゃないでしょうが」

遥奈は軽く睨みつけてきたが、私的には冗談ではなく本気のつもりで言っていた。スパイ一家ではなく暗殺者一家かもしれない。だって実はそうだったのって言われても、あまり違和感がないんだもん。時々何者かと疑いたくなる我が親友である。いくらなんでも頭が良いからっていう理由でこれは片付けられない。

「……それよりあんたを狙っている視線に混じって、なんか一つ別の視線も感じるのよね」
「いやいやいや、普通は視線の区別なんてできないからね?」

しかし遥奈は害がないと判断したのか、その視線については深く考えないことにした様子だ。

「ま、いいわ。あとはどうやってあちらさんに誘拐されるかよね。こんな人目につくようなところじゃ向こうも誘拐なんてしないだろうし。……よし、華那は今から一人で行動してもらうわよ」
「一人になるなって言われている人間に一人になれと!?」
「声がでかい! 後ろの奴に聞こえちゃうかもしれないでしょ。向こうに今がチャンスと思わすためにも、一度離れる必要があるの。どこか大きなお店に入って適当に何か物色する。そこであんたはトイレかなんかで少しだけ別行動をするの。きっと向こうはこのチャンスに飛びつくはずだから」

覚悟はいい―――? そう囁いた遥奈の声は、不気味なくらいクリアに私の鼓膜に届いた。

***

そこから先は、実はあまり深く覚えていない。どこのお店に入ったのか、自分が何を見ていたのかも思い出せないのだ。脳は一つのことで占められ、それ以外のことを考える余裕がない。五感全ては一点に集中し、全神経をすり減らしながら刻一刻とそのときを待っていた。

ただ気づいたときには私は独りぼっちで、周囲に人の姿はなかった。遥奈の姿も見えないことから、自分でも無意識のうちに作戦を実行していたらしい。突然現れた黒いスーツ姿の人達に囲まれ、自身の腕を掴まれたときも全力で抵抗したが、大人の、それも男の力に敵うはずもなく。我ながら迫真の演技だと自画自賛しつつも、背後から嗅がされた甘ったるい匂いに思考が奪われた―――。

***

なかなか華那が戻ってこない。ということは既に華那は攫われてしまったのか? 
服を見ているふりをしつつ、遥奈はトイレに行くと行ったきり戻ってこない華那の身を案じていた。相手はその道の本物で、そこらへんにいるようなチンピラとはわけが違う。いくら可愛い親友の頼みだからといっても、今回の計画は反対するべきだったのだろうか。

今更悔いても遅いというのに。華那が攫われるためにこの計画を立てたというのに、いざ彼女が帰ってこないと心配でたまらない。しかしここで取り乱してはいけない。遥奈は自らを奮い立たせた。ここで後悔してしまっては、華那に申し訳が立たないではないか。それに本当に危険な役を買って出た華那に負けたくない。ここで踏ん張らないと、今まさに頑張っているかもしれない華那に負けてしまうではないか。本当に危険なのは華那なのに、ここで心配だけをしている自分のほうが弱いなんて情けない。

「華那―――」

ふと視界に黒い影が過ぎった。遥奈は服から視線を外し、黒い影が過ぎったほうを盗み見る。すると何人かの男達が大きなトランクケースを押している姿を捉えた。空港じゃあるまいし、こんな場所にどうしてあんなものが?

しかし遥奈はすぐさまカッと目を見開いた。あれくらいの大きさなら女くらい押し込むことは可能かもしれない。とすれば間違いなく華那はあの中に閉じ込められている。つまり彼らこそ華那を誘拐しようとしている、伊達組と敵対している組の人間に違いないのだ。

すぐさま駆け出したい衝動に駆られたが、遥奈は己が心をグッと押さえつける。ここで自分が出て行ってしまっては全てが水泡と帰す。今自分がすべきことは、何も気づかないフリをして華那を待ち続けることだけなのだ。大丈夫、後は伊達君が守ってくれる。私ができるのはここまでなのよ。男達の姿が消え去った後、遥奈は静かに、しかしありったけの想いを込めて呟いた。

「必ず無事で、そして伊達君と二人で戻ってくるのよ。華那……」
「―――華那がどうかしたのか!?」
「……へ!?」

背後から聞こえた怒鳴り声に、遥奈は素っ頓狂な声をあげつつ後ろを振り向く。背後にいる存在を認めると、遥奈はマヌケな顔から一変し青ざめ、そして凍りついた。

このときになって遥奈はようやく己のミスに気づかされたのだ。そして華那の身に起きているもう一つのことを忘れていた自分を呪う。今回の計画で唯一邪魔であり、更には余計に話を拗らす人物の存在を完全に失念していた。

そうだった……こいつがいたんだった! 状況によっては敵にも味方にもなりうる、華那の父親がそこにいた。

続