激突!サラリーマンVS伊達組筆頭 | ナノ


「は? あんたを誘拐する手伝いをしろぉ!?」
「うん。おねが〜い、遥奈チャン」

引き攣った笑みを浮かべながらも、私は滅多に出さない猫撫で声で遥奈の説得をしていた。遥奈は目を丸くさせながら、呆れているというか困っているというか、なんとも複雑な表情を浮かべたまま呆然としている。何か言いたげだが上手く言葉にできず、さっきから口を開いてはパクパクと動かしているだけだ。

かなり大雑把だが私が政宗の敵に狙われていると説明すると、何故か遥奈は最初から事情を知っているかのような素振りを見せた。普通こんなことを突然言うと驚くはずなのに、遥奈は顔色一つ変えず「やっぱりそんなところだと思った」と呟いたのだ。

それどころかちょっと安心したふうに「さすがの伊達君も華那には勝てなかったみたいね」と、どこか意味深なことまで言い出す始末。どういう意味かと訊いても、口が堅い遥奈は何一つ教えてくれない。私の知らないところで政宗と何か喋っていたのかもしれないな。

「きっと連中は私を誘拐するはずだって政宗が言っているの。私は囮としてなんとしてでも誘拐されなきゃいけないのよ〜。でも政宗達が傍にいたら、あいつらも警戒するだろうって……」
「敵の警戒心を解くためにも、私があんたの傍にいて敵を油断させろっていうわけね。話はわかったけど、なんとも可笑しな話ねぇ。普通は誘拐されないように気をつけるべきなのに……」

喧嘩を売るには今回の松永組は少々梃子摺るらしい。こちらからは迂闊に動けないと、あの喧嘩っ早い政宗が断言したのだ。政宗すら用心深くさせる敵なんて想像つかない。だったらこっちに動く理由があればいいということで、それには私が誘拐されるのが一番早いと判断した。既に敵は一度私を誘拐しようとしたのだ。次もきっとするだろうというのが、政宗や小十郎の判断である。

「でも大胆な行動にでたわね。あんたを囮にするなんて」
「あ、それを言い出したのは私なんだ。みんなに反対されたけど、私が引かないとわかると渋々了承してくれたの」
「……華那は怖くないの? ヤクザに誘拐されるのよ、へたをすれば殺されるかもしれないわよ?」

遥奈の声が緊張で低くなるのがわかった。私も彼女の雰囲気に気圧されて、ごくりと喉を鳴らしながら生唾を飲み込む。思えば遥奈のように考えるのが普通だ。なのに今の今まで私は……。

「……もしかして」

ぴくっと遥奈の眉が引き攣る。

「今までその可能性を全く考えていなかったの!?」

遥奈の素っ頓狂な声に、私は苦笑いで返すしかできなかった。気の利いた言葉はでてこず、あはははと渇いた笑い声しかでてこない。そんな私を見て、遥奈はガクッと項垂れた。聡明という言葉を売りにしている彼女からすると、こんな光景は滅多に見られないことだろう。こんな―――大コケしている遥奈の姿なんて、一生に一度見られるか見られないかってくらいだ。

「後先考えずに突っ走るなってあれほど言っていたでしょうが!」
「ご、ごめんってば!」

凄い剣幕で怒っている遥奈に、私は平謝りすることしかできない。身を小さくさせながら、私はなんとか遥奈を宥めようと必死だ。しかし遥奈の言うとおり、普通ならば殺されるかもしれないと思うはずだろう。少なくとも私だって思って当たり前なのだ。ただの高校生がやくざに喧嘩を売るなんて、どういう神経をしていてもありえない珍事である。恐怖心で家から出たくなくなるっていうのが普通じゃなかろうか。なのに私は遥奈に言われるまで、そのことについて全く気がつかなかった。それは何故だろうと頭を巡らせていく。

「はぁ……そんなに伊達君のこと信じているの?」

そうだ、私は彼を信頼している。だからこそこんな無謀な賭けにだってのれるのだ。

殺されるかもしれない。
―――ううん、そんなことない。政宗が絶対に助けにきてくれる。
恐怖心で家から出たくなくなる。
―――いいえ、政宗が護ってくれるから怖くない。
そうか、私は政宗を信頼しているんだ。だからどんな状況に追い込まれても怖くないんだ。

でも護られるだけじゃ嫌だから、私は私にできることをしようと思った。私にできることなんて高が知れているけれど、何もせずただ護ってもらうなんてことは絶対にしたくない。相手は私に危ないことはしないでほしいかもしれない。でもそれは私だって当てはまること。私だって政宗に危険なことはしてほしくない。政宗が伊達組という重いものを背負っている以上、そんなことは不可能だって理解している。だったらその重いものを、彼と一緒に背負いたい。どちらかが傷つかないでほしいからと、片方だけが危険に浸かるなんて嫌だ。

お互いそう思っているのなら、いっそのこと両方危険に浸かってしまえばいい。そうしてお互いがお互いを、死ぬ物狂いで護ればいいのだ。政宗がどう思っているかわからないけれど、私は好きな人を護って死ぬなんてことはしたくない。平たく言ってしまえば大嫌いだ。そんなことをしてしまったら、残された片方はどうすればいい? 

大切なものを護って死ぬ、そんなもののどこが美しいのだ。残された人間が大切ならば、何が何でも生きやがれ。私だったら何がなんでも生きて、好きな人の傍にいるっていう選択肢を選ぶ。そして一緒に年をとって、縁側で空を見ながらお互い皺くちゃな顔で笑いながらお茶でも飲むんだ。

「………護られるだけが女じゃない、か。本当に勇ましいわね、あんた。女にしておくのが勿体無い」

遥奈はフッと笑うと、私の肩を掴んでぐいっと自分のほうへと引き寄せる。さっきまでの表情はすっかりなくなっていて、女でも一瞬ドキッとするほど綺麗な笑顔を浮かべていた。

「そうね、私も華那と同じ考えよ。自分の命と引き換えにしてもいいってくらい好きなら、どんなにボロボロになっても生きて傍にいろっていうのよ。いいわ、あんたの頼み、きいてあげる」
「本当、遥奈チャン!?」
「ええ、勿論心配ないわよ。私の演技の上手さはよ〜っく知っているはずでしょ?」
「まァね。いままでそれで何人の男を騙してきたことか」
「お黙り。そういうことよ、さっきからそこで盗み聞きしているお二人さん!」
「へ?」

遥奈の言葉に思わずマヌケな声を漏らしてしまった。遥奈は少し遠くを見ながら、楽しそうに口元を綻ばせている。私は彼女が見ている方向に何かあるのかと思い、遥奈が見ている先に目をやった。

「……へぇ。オレの気配を読むなんざ、並の女じゃできないぜ」
「だから言っただろ。アイツは普通じゃねえって!」
「政宗!? それに元親先輩も!?」

物陰から現れた人物に、私は目を丸くさせることしかできなかった。まさかあんなところに誰かいたなんて思いもしなかったのに、それがよりによってある意味一番聞かれたくない人だったことで、私は更に目を丸くさせる結果となった。さらにいつの間にか私を解放していた遥奈のせいで、後ろから抱きついてきた政宗の腕の中にすっぽりと収まっていた。あまりの素早さに言葉もでない。

「華那のオレに対する愛の深さは身に沁みたぜ! そうか、それほどオレのことが好きか」
「う、自惚れるなバカ! あんなものただの例え話よ。なにも政宗と断言していません」
「意地を張るなよ、honey」
「はに……ってその言葉は禁句だって何度言えば……げぇ、鳥肌がぁ!」
「……あの二人に緊張感っていうのはねえのか? やくざに狙われている奴とは思えない会話だな」
「そんなに信頼し合っているってことでしょ、お互いね」

続