政宗に何かが起きているとは思っていた。ただそれが思っていた以上に厄介なことだっただけだ。 「華那、大丈夫……っとと、お邪魔だった?」 政宗と抱き合っていたら、後ろから佐助の声が聞こえてきた。よほど慌てていたようで息が乱れているのがわかる。しかし私と政宗の姿を見るなり、気まずそうに視線を逸らす。 政宗はいいところを邪魔されたとつまらなそうに呟きながらも、私を抱きしめる腕を解こうとしない。それどころか、見せ付けるかのようにギュッと力を込める。久しぶりに触れる政宗の腕の感触、温もり、匂い……。私も嬉しいんだけど、ちょっとだけ、ちょっとだけ苦しいです政宗くん。骨がポキッと折れそうな気がします。虫をプチッと潰すように、あっさりポキッと折られそうで怖い。 「佐助、政宗殿は………!?」 「げ、旦那!」 佐助同様、呼吸を乱した幸村が遅れて現れた。二人してどうして焦っているの? と思いながらも、今はそれどころじゃないだろと自分にツッコミを入れる。だって幸村の顔が見る見るうちに真っ赤になってきてるんだもん。佐助も次に何が起きるか予想がついているので、「あっちゃー」とおでこを抑えながら「やれやれ……」と空を仰ぐ。 「は、破廉恥でござるぅぅううう!」 学校内ならまだしも、ここは誰もが通る一般道のど真ん中だ。近くを歩いていた数人が、突然聞こえた大声にビクッと肩を震わせる。改めて言われると私も恥ずかしい。政宗の腕を振りほどこうとするが、政宗は逃がさないと言わんばかりに腕に力を込める。彼は挑発するような笑みを浮かべ、幸村と佐助に「羨ましいだろ?」と自慢げに言った。幸村は口をパクパクと動かすだけだが、佐助はつまらなそうに肩を竦める。 「いい加減に放してよ、政宗!」 「いいじゃねえか、久しぶりのhugだぜ? まだ足りねえんだ」 「ッ恥ずかしいんだってば!」 幸村に負けないくらい顔を赤く染めている私だが、なんだかやっといつもの政宗に戻った気がして嬉しかった。こんなこと、いまは言ってやらないけど。この状況で言ったら何されるかわかんない。キスは確実にされると思う。それだけで済むだろうか? 「どうでもいいけどここで騒ぐのは面倒だから、一旦戻ろうよ。そんで、何があったのか説明してくんない?」 「さ、佐助の言うとおりでございます!」 「なんでいきなり敬語なんだ?」 「や、なんとなく……?」 変なヤツと言って、政宗はフッと笑った。その笑みだけでどれだけ私のことを想っていてくれていたか実感したような気になり、私はたまらず恥ずかしさのあまり俯いた。 *** 私達四人はいま屋上にいる。時間は丁度五時間目が始まった頃。なんだかんだでお昼を食べ損なった私と政宗の手元にはお弁当。幸村と佐助の手元には学食で買ったパンとジュースがあった。あ、遥奈は元親先輩と食べたらしいです。中庭に行っても私達の姿が見当たらなかったので、待つ及び捜すという行動をせず、元親先輩のとこに行ったと言っていた。そんな彼女に五時間目サボるからあとよろしくとだけ伝えて、私はこうしてサボりを決行するに至る。 いつもなら小言がついてくるのに、今回は珍しく小言抜きで「行ってらっしゃい」とだけ言われた。不気味すぎて震えている私に対し、遥奈は横にいた政宗をチラリと窺い目配せをする。それだけで政宗には何かが伝わったようで、目で頷くと私の肩を抱いて屋上に向かった。 なんか……複雑なんですけど。彼女を無視して親友と彼氏が、それもアイコンタクトしてたんだよ!? 私には何を言いたかったのかサッパリなのに。せめて口で言ってくれていればモヤモヤしなかったのにな。ええ、ちょっと嫉妬していますよ! 純粋に面白くないんだもん。しかしここで疑問が一つ。 「……なんで幸村や佐助までいるの?」 「俺らだって聞く権利はあるッショ? 竜の旦那が血相変えるなんて滅多にないしね。慌てて追いかけたら抱き合ってるお二人さんがいたし?」 「その話題には触れないで、恥ずかしいから!」 「それに……電話したとき華那のくぐもった声が聞こえたよ。何かあったのか?」 佐助の真剣な目が私を捉えて離そうとしない。幸村も真剣な眼差しを向けてくる。二人とも、心配してくれてたんだね。けど私もよくわからない。襲ってきた連中がなんなのか、きっと政宗は知っている。知っているから、血相を変えてまで私を助けてくれたんだと思う。 「―――あいつらは華那を狙ってる」 政宗が静かに口を開く。しかし言葉の意味が掴めず、私達は首を傾げた。私が狙われたっていうのはなんとなくわかっていたけど、あいつらって一体誰のことだろう。 「何度も言うがオレは高校生である前に、伊達組筆頭―――つまり極道の組の頭だ。小規模な組ならまだしも、伊達組は全国でも五本の指に入るくらいでけえ組ってことは理解してるよな?」 政宗の言葉にコクコクと頷く。 「当然、命を狙われることなんざ日常茶飯事だ。他の組のモンがオレの命を奪おうとしている。ここまではいつものことだが、今回は事情が変わった。今回の敵はオレではなく、華那を狙ってるんだ」 「な、なんで!?」 あまりに突拍子のない事実に、私は素っ頓狂な声を上げる。幸村も目を丸くさせ驚いている中、佐助だけが物事を冷静に受け止め事の展開を先読みしていった。 「なるほどね、大体の話は読めたよ。確かにそりゃ厄介な話だな」 「どういうことだ佐助?」 と、幸村が慌しく話を促した。佐助は彼を落ち着かせるように、しかし簡潔に話の顛末を語り始める。 「竜の旦那の一番の弱点は華那なんだよ。例えば……自分に従わなかったら華那を殺すぞって脅すようなカンジにさ、要は華那さえ手に入れられれば竜の旦那を煮るなり焼くなりできるってわけ。伊達組は日本屈指の任侠一家だから、すげえ権力持ってることだろうし。そうだなー……例えると、大名を殺害してその領土の覇権を奪う、か?」 「ごめん、つまりどういうこと?」 「―――極道の覇権争いに華那が巻き込まれたってわけ」 「わ、わかりやす〜い……」 佐助の簡潔且つ鋭い言葉に、私は涙で前が見えなくなった。うう、しょっぱい。 「敵は伊達組を潰して自分達が成り代わろうとしている。そのためには竜の旦那を殺さなくちゃいけない。でも旦那は強い。だから弱点である華那をターゲットにした……こういうことだろ?」 「………ああ」 頷いちゃったよ政宗……。無理だろうケド、淡い期待だろうけど否定してほしかった。 「もしかしてこの前急に早退したのってそれが原因?」 「Yes 敵の動きが思っていた以上に活発になってきやがってよ、一応牽制したんだが効かなかったみてえだな。おまけに華那を狙おうとしやがったしよ」 そっか、だから急にあんな冷たい態度をとったんだ。私に危険が及ぼうとしているから、あえて距離を置いたんだね。政宗、どんな気持ちだったんだろう。 「じゃあさっき私を襲った男の人達は?」 「間違いなくその組の連中だろうな。華那を誘拐してオレと交渉でもするつもりだったのか……?」 政宗は忌々しそうに唇を噛み締める。私のために怒ってくれているのだと思うと、不謹慎ではあるがちょっと嬉しい。駄目よニヤけちゃ……今はそういう空気じゃないんだから。 「ではこれから華那はどうするんだ? 敵も正体を知られたらとなると、今まで以上に卑劣な手段を用いてくると思うんだが……」 私は開いた口が閉じれなかった。だって幸村がすっごく真面目なこと言ったんだよ!? パンを食べながらだったけど凄くない? さすがに失礼だから言えないけどさ。 「そうだな……今まではオレに悟られないように行動していたが、こうなったら隠しとおす意味がねえ。堂々と華那を狙いにやってくるだろうよ」 「それってますます危険が上がったってことじゃあ……」 項垂れる私の肩に政宗の手が優しく触れる。いくら私が普通の女の子よりお転婆だからって言っても、本物の極道に喧嘩ができるほどお転婆ではないつもりだ。極道相手だったらさっきみたいに足が竦んで立っているのがやっとだろう。そんな私だ、どうやって自分の身を護ればいいのだろう。 「安心しろ、華那だけは何があってもオレが護ってやるよ」 「政宗……」 一瞬ドキッとしたが、すぐさま私は不安になる。政宗のこの言葉が私を不安にさせるなんて知ったら、彼はどんな反応をするだろう。だって何があっても護るって言ったんだよ。それは自分の身を省みない者の言葉だ。自分の身はどうなっても構わない、ただ護るべき者が無傷ならそれでいい。政宗が言っていることはこうだ。 そんなの、私は嫌だ。好きな人が傷つく姿を見たくないっていうなら、それは私にだって適応する。政宗が私の傷つく姿を見たくないと思うように、私だって政宗が傷つく姿を見たくない。政宗の身に何か起きたら私だって冷静でいられるかどうか……。だからそんなことは言わないでほしい。自分の身を省みない言葉は言わないでよ、政宗。どっちかっていうと私は……。 「―――嫌だ」 「What?」 「一方的に護られるなんて私は嫌だ。私を護って政宗が傷つくなんてそれこそ嫌。私は護り護られたい。どっちが一方じゃなくて、政宗が私を護ってくるのなら、私だって政宗を護りたい」 ………そう。 「―――女をナメんな」 護られるだけが女じゃない。男の背に隠れているだけが女じゃないんだ。 続 ← |