激突!サラリーマンVS伊達組筆頭 | ナノ


「む……甘いものだけでなく肉まんも欲しくなってきた」
「……マジでまだ食うのかよ」

幸村の胃袋の大きさを測ってみたい。佐助はそんなことを思っていた。今ならまだ校門付近だろうと思った彼は、ケータイを取り出し華那へと電話をかける。彼女に肉まん追加と伝えるためだ。

「―――あ、もしもし華那?」

しかし彼女の返事はない。代わりに聞こえてくるのは、華那のくぐもった声だった。何を言っているかわからないが、何かを必死に叫んでいるように聞こえる。

「え、ちょっと華那!?」

しかし直後にプツリと切れ、ツーツーと虚しい音だけが佐助の耳に届いた。横で幸村が怪訝そうに目を細めながら、「どうかしたのか?」と佐助に訊ねる。だが彼にも何が起きているのかわからず、ただ首を傾げることしかできずにいた。お互いケータイを見ながら、どうしたものかと困り果てる。そんなとき、彼らの視界に見覚えのある男が映った。

***

―――じゃあなんで華那と距離を置こうとしているの? 
そんな……辛そうな顔してまで。そんなに辛そうな顔をしていたのか、オレは? 先ほどの遥奈の言葉が政宗の頭の中で何度も響く。

―――つまり……家のゴタゴタに華那が巻き込まれそうになってるってこと!? 
ああ、そうだよ。そのとおりだよ。政宗の顔が苦しそうに歪む。

極道同士の戦いなど、政宗からすればいつものことである。裏で人に言えないようなことだって沢山してきた。人を殺めたことだけはないにしろ、暴力沙汰なんてそれこそ避けて通れぬ道といっても過言ではない。

だから今回もいつものことだと思っていた。叩き潰して二度と起き上がれないようにすればいいのだと思っていた。だがそれが間違いだったと気づいたとき、全てが遅かった。相手はどんな手段も使うような奴らだ。卑怯な手や残忍なことだって、平気な顔をしてやってのけてしまうような奴らなのである。伊達組筆頭である政宗を潰すためならば、どんなに卑劣な手段でも迷うことなく行うだろう。

だから奴らは政宗の唯一の弱点―――華那に目をつけたのだ。極道の戦いに堅気の人間を巻き込むのはご法度とされている。しかしそれが極道の関係者なら話は別だ。ましてやそれが伊達組筆頭の女となれば、利用価値はいくらでもある。敵を倒すのに弱点を狙うは当然のこと。政宗にとってそれが華那だっただけの話だ。

奴らがどこで華那の情報を手に入れたのかなど今はどうだっていい。それよりも華那をどうやって護るか、そちらのほうが大事と言えるだろう。だから距離を置いたのだ。政宗に近ければ近いほど狙われる可能性は大きくなる。離れれば危険から遠ざけることができると思ったから、政宗は華那と距離を置くことにしたのだ。

この件が片付くまでの間だと、自分に言い聞かせて。現に既に華那の周辺を監視している者が現れている。奴らは本気だ。本気で華那を巻き込もうとしているのだ。

―――華那のこと嫌いになった? 
なんでだよ。
―――じゃあ他に好きな子ができた?
華那以外の女なんざ、興味がねえ。でも離れるしかねえんだよ。オレのせいであいつに危険が及ぶなら、こうするしかねえんだ。

華那が辛そうにしているのはわかっていた。当然だ、何も知らない華那からすれば、何故いきなり冷たい態度をとるのか理由がわからないのである。「Do not talk!」と言ったとき、華那は凄く傷ついた表情を浮かべていた。華那自身気づいていないであろう泣きそうに歪んだ顔が、政宗の脳裏に焼きついて放れない。好きな女には笑っていて欲しい。好きな女を泣かしたくない。そう思っているのに、気持ちとは裏腹なことをしてしまっている自分に嫌気が差す。

「………くそっ!」

悔しそうに唇を噛み締め、壁を力いっぱい殴る。もともと脆かったのか、それとも政宗の力が強かったのか。壁は脆くも抉れ、瓦礫がパラパラと落ちる。壁に政宗の拳の跡がくっきりと刻まれた。手は出血していたが痛みは感じない。大して気にする素振りを見せず、政宗は手に付いた血を舐める。

「………Call?」

ポケットに入れていたケータイが、ブーブーと音を立てながら振動する。無視してやろうかと思ったが、画面を見ると小十郎からだったので仕方がなしに電話にでた。

「What? どうした、小十郎」
「先ほど連絡があり、学校付近に奴らの車が停まっているとのことです」
「なに……? Ok こっちも警戒しとく」

電話を切り、政宗は溜息をついた。学校付近に奴らがいる可能性がある。政宗を狙っているのか、それとも華那を狙っているのか。どちらにせよあまり良い状況とは言い難い。何事もなければいいのだが……。

「あ、竜の旦那!」

政宗のことをこう呼ぶのはこの学園で一人だけだ。会いたくない人物に会ったことで、政宗の機嫌は更に悪くなる。そんな彼に臆することなく、佐助は再び政宗を呼んだ。面倒だと思いながらも政宗は佐助と幸村に近づいた。

「なんだよ、オレはいま虫の居所が悪ィんだ。用もなく呼んだのならぶっ飛ばすぞ」
「相変わらず物騒だねー……。いやさ、さっき華那に電話したんだけど、変なんだよね」
「変?」
「くぐもった声が聞こえたと思ったら、なんかいきなり切れちゃったんだよね」
「……華那はどこにいるんだ?」

くぐもった声に不安を抱くが、いまは華那の話題に触れたくはない。しかし佐助達の様子がおかしいことから、政宗は華那の名を口にした。名前を言うだけで複雑な気持ちになるなんて、重症もいいところだ。名前を聞いただけで抱きしめたいという想いが募る。

「さっき外のコンビニに買い物行ったけど……っておい!?」

佐助の言葉を最後まで聞かず、政宗は校門に向かって走り出していた。その後ろを佐助と幸村が慌てて追う。

外って……今あいつらがいるかもしれねえンだぞ!?

勢いよく跳躍して校門を飛び越える。着地するなり左右を見回し、華那の姿がないか必死になって捜した。

「………ッ華那!」

少し離れたところで数人の男に取り囲まれている華那が目に入る。すぐ傍の道路には車が停まっており、男達が華那を車で連れ去ろうとしているのが見て取れた。政宗は華那の名を呼びながら彼女に向かって駆ける。男達は政宗の存在に気づき、ハッと背後を振り向くが遅かった。男の一人が後ろを振り向いた瞬間、彼の頬に政宗の強烈な拳が入ったのだ。華那と彼女を羽交い絞めにしている男の表情が一変する。

「テメェら……誰の女に手を出したかわかってんだろうな!?」

拳を鳴らしながら、政宗は鋭い目で男達を睨みつける。地を這う声、というのはこういう声を言うのかもしれない。あまりに恐ろしかったのか、それとも竜の覇気に当てられたのか、男達の足がガクガクと震え上がった。

「くそっ!」

華那を羽交い絞めにしていた男が彼女を前へと突き飛ばす。彼女を誘拐するよりも自分達が逃げることを優先したのだろう。突然視界が開けたことで華那の目が眩む。前のめりに倒れかける華那の腕を掴み、政宗は自身へと引き寄せた。その際彼女の口に入れられていた布を取ってやると、彼女はゴホゴホと苦しそうに咳き込む。腕の中にある温もりを確かめながらも、政宗の目は男達を射抜いて離さない。

「今日は見逃してやる……とっとと失せろ!」

公衆の面前で争うわけにもいかない。腸が煮えくり返る思いだが、政宗は男達に視界から消えるよう促した。男達もこれ以上不利な争いを繰り広げるつもりはないようで、悔しそうに唇を噛み締めながら車を急発進させた。

車が完全に見えなくなってから、政宗はだいぶ落ち着いてきた華那に声をかけた。政宗にしがみ付く華那の身体は小さく震えていて、彼女がいかに怖かったか身体を通して伝わってくる。それが遣る瀬無くて、政宗はギッと奥歯を噛んだ。安心させるように、政宗も華那を抱き締める腕に力を込める。

「……大丈夫か?」
「………うん、政宗がきてくれたから」

政宗の胸に顔を埋めながら、華那はゆっくりと口を開く。

……泣いているのか?

「泣いてないよ。そりゃあ怖かったけど、泣かなかった」

思っていたことを言い当てられ、政宗は一瞬ドキリとした。顔を上げた彼女は確かに泣いてはおらず、政宗が好きになったあの笑顔を浮かべている。

「何度も政宗の名前を呼んでたら本当にきてくれたから、どっちかというと驚いてる、かな?」

いつもと変わらず話しかけてくれる華那に、政宗は胸が締め付けられた。嫌われても仕方がない態度をとっていたのに、それでも華那は何事もなかったかのように話しかけてくれる。彼女の優しさに何度も救われているのだと、政宗は改めて実感した。

「……でも、もう教えてくれてもいいよね? どうして急に私を避けるようになったのか、それとさっきの人達のことも。大丈夫。何を聞いても、政宗が好きって気持ちは変わらないから」

こうなってしまったら華那も無関係とはいえなくなった。もう秘密にしておくのは不可能だろう。一瞬迷ったが、華那が最後に言った言葉で迷いは消えた。

「―――わかった、全部話す。安心しろ、なにがあっても絶対護ってやるから」

続