激突!サラリーマンVS伊達組筆頭 | ナノ


「だーかーらー! 肉ばっか食べてないで野菜もちゃんと食べなきゃ駄目だっていつも言ってるじゃん。だァー、三角食べしなさいってば!」

中庭付近でオカンの困ったような声が聞こえてくる。怒り方というか、怒っている内容がオカンみたいなんだよね。どっちかっていうとエプロンじゃなくて、割烹着が似合うお母さんタイプ。こんなこと、本人に言っちゃヘコむだろうから言わないけどさ。

「佐助、幸村!」

二人の背後から声をかけると、幸村と佐助が同時に後ろを振り返る。佐助はともかく、幸村は口いっぱいにご飯を食べているようで、ハムスターのように頬が膨れ上がっていた。モゴモゴと口を動かしながら飲み込もうとするが、どうやら失敗したらしく苦しそうな声を上げると、気管辺りをドンドンと力いっぱい叩く。その様子を見た佐助は慌ててお茶を差し出した。そんなに急がなくてもお弁当は逃げないというのに、相変わらず幸村はガツガツ食べているようだ。やがて幸村が落ち着きを取り戻したところで、私は二人の前に腰掛けた。

「華那じゃん。珍しいね、一人?」
「遥奈が用事あるとかで、先に行ってって言うからさ。てっきり屋上かと思っていたのに、なんで中庭で食べてるの?」

今まではたとえ寒くても幸村は屋上でお弁当を食べていた。幸村に付き合う形で佐助も寒空の下、北風と戦いながらお弁当を食べていたはずである。それを考えると、これくらいの寒さ、どうってことないように思える。

「政宗殿が怖くて近づけないのだ」
「あ、馬鹿!」
「……政宗?」

まずいという表情を浮かべる佐助に対し、私は眉をピクリと吊り上げる。が、そんな私達の変化を知らない幸村は言葉を続けた。

「ここ最近、政宗殿はよく屋上におられる。だが近づいてはいけないような気配を漂わせていると言うか……とにかく恐ろしいのだ!」
「………ま、ようするに機嫌の悪い竜の旦那が屋上に居座っちゃって、俺達もとばっちりを食わないようにしてるってわけ。竜の旦那の機嫌が直るまで、屋上には近づけないだろうね」

……休み時間になると姿を消していたが、もしかしなくても屋上にいたのだろう。屋上なら先生も滅多に来ないし、授業をサボるには打ってつけだ。鍵を持っている人間しか入ることはできないが、鍵を持っている人達はみんな政宗のこと知ってるし、おそらく佐助達みたいに近づこうとはしないはず。命が惜しいのであればね。

「というわけで、いい加減仲直りしてくんない?」
「え、私ィ!?」

驚く私を他所に、佐助は至極当然だというような表情を浮かべる。

「竜の旦那の機嫌が悪くなるなんて、華那絡みに決まってるっしょ? 二人ともここ最近なんか様子おかしいし。どーせつまんないことで喧嘩してるんだろ。だからさっさと仲直りしちゃって、俺達に屋上を使わせてよ」

と、言われても非常に困る。私だって政宗に何が起きているか知りたいわけだし、というより一番知りたい人間なんだし。政宗の態度が急変した理由もわからないし、そこまで不機嫌だっていう理由も知らない。ただ政宗が私のことを避けているなーってことくらいしかわからないのだ。自分から避けてるのに機嫌悪いなんて、それこそ私にどうしろって言うんだ!

「……って言われても、非常に困るんだけど?」

成実の言葉を信じるって決めたんだ。私からは絶対に訊かないって、いつもの政宗に戻る日を待つって決めたんだ。だから。

「そのうちいつもどおりになるはずだから、待っててくれないかな?」

今できることは待つことだけだ。こんなことで挫けたり弱気になっちゃ駄目。なにより政宗は私のこと嫌いになったわけじゃないって、成実がそう断言したんだし! 嫌いになったわけじゃないなら、可能性はいくらでもある。

そりゃあ私だって恋する女の子ですから、頭では理解してても辛いときくらいはある。でもそんなもの、政宗に嫌われるより遥かにマシだ。絶対的な言葉を突きつけられるまで、私は待ってみせる。

「……なんか、吹っ切れた?」
「そう見える?」

佐助が意外そうに私を見る。幸村はなんのことだかわからないようで、ただ不思議そうに私達の顔を交互に見た。

「女の子ってね、いざとなったら強いんだよ」
「いや、華那や遥奈は普通に強いと思うけど」

佐助の言葉になんか引っかかりつつも、私はニコニコと笑って見せた。その笑顔が逆に怖いと佐助が小さく呟いたのは聞こえないふりをする。

「…………ところで佐助、おかわりはないか?」
「………………は?」

見ると幸村はお弁当を綺麗に平らげ、それでもまだ足りないのか物足りなそうな表情を浮かべている。餌を待つ子犬のようで可愛いと思ってしまったのはここだけの秘密だ。幸村って見かけによらず? 大食いなのかな。佐助も幸村の胃袋の大きさを理解してお弁当を作っているはずなのに、それでも足りないときやがりますか幸村は。

「佐助の弁当を分けてくれ!」
「はぁ!? 嫌に決まってんでしょ。旦那のちょっとは全部って意味だって気づいてる?」

確かに幸村だと全部平らげちゃいそうな気がするな。そうなると佐助はお昼抜きだ。確か次の授業は体育だったよね。体育を前にしてお昼抜きはキツイところがある。満腹もキツイけど、お昼抜きもアレだよなぁ。

「あ、そうだ! じゃあ私がなんか買ってきてあげよっか?」
「本当か!?」

うわ、幸村の目がキラキラと輝いたよ。子供のように純真無垢な目で私を見ないで! 穢れた私を見るなー!

「う、うん。いまそこのコンビニで買い物してポイント溜めると景品が貰えるじゃない? 私、集めてるから買いに行くくらい別にいいよ」

ただしお金は後から徴収しますと言って、私は何が欲しいか幸村に訊ねた。彼は甘いものとだけ言って、具体的な食べ物を言ってこなかった。すると佐助までもが「俺様コーラが飲みたい気分ー」と、暗に一緒に買ってきてと言ってくる始末だ。別に行くついでだから構わないんだけどね。

「幸村は甘いもの、佐助はコーラね。んじゃちょっと行ってくるよ」

こういうときコンビニが近くにあると便利なものだ。学食も美味しいけど、デザートとかになるとコンビニのほうがいいんだよね。まぁ学校外に出ることは校則違反なんだけど、そこは目を瞑っていただきたい。校門は閉まってるけど、飛び越えることができるくらいの運動神経はあるつもりである。

***

校門付近に近づくと、まるで泥棒のように辺りを見回す。よしよし、人の気配はなしと。目が届く範囲に教師も生徒もいない。生徒だったら別に気にしなくてもいいんだけどね。校門を飛び越えてコンビニに行く生徒は、何も私だけではないのだよ。

「―――よっと!」

あっさりと校門を飛び越え、学校の敷地外へと着地する。うーん、我ながら成功! コンビニに向かって歩きながらそんなことを思う。しばらく歩いたところでポケットに入れていたケータイの着信が鳴った。着信音が長いのでこれは電話である。画面を見ると佐助からだった。もしかして注文追加か? と思いながら通話ボタンを押したまさにそのときだった。

「………え!?」

突如後ろから伸びてきた手に、両目を覆われ視界を奪われた。そのまま後ろへ引き寄せられ羽交い絞めにされる。咄嗟に大声を上げようと口を大きく開けたら、そこにハンカチらしき丸めた布を押し込められた。

苦しい、でも何より怖い―――! 恐怖を振り払うようにジタバタと暴れるが、相手はびくともしない。逆に力を込めて私の動きを封じようとさえする。目が見えない分、恐怖が倍増する。心の中で何度も助けてと叫ぶが、布を押し込まれているため声がでない。生まれて初めて体感する本物の恐怖に、私の身体は思うように動いてくれない。

政宗政宗政宗ッ―――!

悔しいことに目に浮かぶのは政宗の姿だった。何度も政宗の名前を呼ぶが、それで事態が好転するわけでもない。わかっていても、それでも政宗の名前を叫ばずにいられなかった。

続