なぁ政宗。政宗が思ってる以上に、華那は政宗のこと見てくれてるよ。 「ただいまー……」 思っていた以上に早かった、それが俺の正直な感想だった。遅かれ早かれ華那が俺のとこに相談にくるとは踏んでいたけど、俺の中ではもう少し後だと思っていたから。しかしまさか校門前で待ち伏せされるとは思ってなかったけどね。 聞くと六時間目の授業をサボってまで来たって言うし、よっぽど政宗のことが気になってたんだろうね。羨ましいな政宗のやつ。華那も政宗も、どっちかっていうと素直じゃないからな。どっちか片方がいないときのほうがよっぽど素直みたいだ。 俺に事情を話していたときの華那は、見ていて痛々しかった。なんだろう、胸がぎゅっと締め付けられたようにズキズキしたんだ。華那は自覚ないだろうけど、政宗のことを話す彼女の表情は淋しそうで、いつもの太陽のように元気な姿はこれっぽっちも感じられなかったほどだ。 政宗が好きな華那の太陽のような笑顔。政宗には言えないけど俺も好きだから。その笑顔が見られるなら、俺は全てを話してあげたかった。見えない天秤が何度も傾いた。話してあげたいと思う自分と、話しちゃいけないと制止する自分が秤にかけられる。 でも結局、話してあげることはできなかった。華那のことも大好きだけど、同じくらい政宗のことも大好きだから。だから今回は政宗との約束を守った。 ―――何があっても華那には言うな。それが、俺が政宗と交わした約束だったから。 「Ah? 遅かったじゃねぇか」 縁側でぼーっと空を眺めていたらしい政宗に声をかけられた。外はすっかり赤く染まっている。燃えるように揺らめく太陽が今にも沈みそうだ。赤く色づき始めている葉っぱなんかと合わさって、普段よりも赤く染まっているように見える。 この空を見上げて、政宗は何を想っていたんだろう。政宗はどっちかというとこの空は好きじゃない。政宗が好きな空は真っ青な空、蒼天だからだ。暑苦しい赤は政宗には似合わない。 「……なぁ政宗、本当にこのまま秘密にしておくのか?」 「What?」 空から目を離し、政宗は俺と目を合わせる。眉を顰める政宗に俺ははっきりとした口調で、さっきあったことを話すことにした。華那の名前を口に出しただけで、政宗の表情は誰の目から見ても明らかなほど一変する。隻眼を大きく見開き、ハッと息の呑む気配が伝わった。 「華那のやつなんとなくだけど気がついてるよ。政宗の行動は本心じゃないって。何か原因があるんじゃないかって疑ってる」 本心じゃないから余計に気になるだろう。嫌われたんならそれで終わりにしてしまえばいい。でも嫌っての行動じゃないとなると、自分を想ってこその行動といわれるとどうしたらいいかわからなくなってしまう。想っているから、好きだから、愛しているからこそ、距離を置く。それってさ、すっげー切なくない? って言ったら。 「…………それでも言うわけにはいかねぇんだよ」 苦しそうに掠れた声でそう呟くと、政宗は拳をギュッと握り締める。その仕草がまるで何かを堪えているように見え、俺はおもわず見ていられなくなって俯いた。 「でも何も言わないでそんな態度とってたら、いつか華那だって愛想尽かし」 「それでもいい」 俺の言葉を遮り、政宗は小さく、そして静かにこう呟く。俺は政宗の言葉に俺は耳を疑った。それってつまり華那と別れてもいいってこと? だって政宗はずっと華那のこと好きだったじゃん。アメリカに行ってたときだって、ずっと華那のことだけ考えてたはずだろ!? おかしいくらいに他の女なんて目もくれず、ただ一途に華那のことを想っていたと思っていただけに、今の政宗の言葉を信じられずにいた。 「華那と別れてもいいって……それ本気?」 「例えそうなったとしても……それで華那を護れるなら、オレはかまわねぇ」 好きなのに。違う、好きだからこそ身を引く。政宗はそう言いたいんだ。何よりも華那が大切だから、だからこそ政宗は身を引こうとしている。これは政宗なりの愛し方。なんて不器用なんだろうか。こんなの誰も幸せになれない。政宗も華那も幸せになれないじゃん。二人一緒にいる光景が好きな俺達だって幸せになれやしない。 きっと小十郎だって同じはずだ。小十郎は知ってる。華那と一緒にいるときの政宗の表情を。すっげー穏やかな、幸せそうな政宗の表情を知っているから、きっと小十郎だって幸せになれない。だってあいつは政宗のことを本当に大切に思っているから。政宗の辛い過去を知っている分、余計に幸せになってほしいってきっと願っているはずだから。 「別に一緒にいたっていいじゃん! 俺達が華那を護ればいいだけの話だろ!?」 「オレだってできるならそうしたかったに決まってんだろ!? でもそれじゃ駄目なんだよ。あの野郎はそんなに甘ェやつじゃねぇ……自分の欲望を満たすためなら、どんな卑劣な手段だって使うようなやつだ。そんなやつがオレの弱点を狙わねぇはずがねぇ!」 吐き捨てるように一気に捲くし立てると、政宗は舌打ちとともに庭園に視線を移す。庭園から目を離さず、政宗は静かに口を開いた。 「華那を護るためにオレがあいつと別れなくちゃいけなくなったとしても、オレはそれも仕方ねぇと思ってる。華那が傷ついたり俺の目の前からいなくなっちまうかよりは……マシだろ」 「……政宗の行動で華那がツラくなっても? 華那が泣いちゃっても?」 すると政宗は「アイツが死ぬよりはマシだ……」とだけ呟いた。俺は「死ぬ」という言葉が政宗の口から出たことに驚いた。でもその可能性もなくはない。俺は直接関わってないからよく知らないけど、政宗がそう言うんだ。きっとその可能性は非常に高い。 俺達はいつだって背中を狙われるような世界にいるんだ。いつ殺されたって本当はおかしくない。でも華那は違う。華那はどこにでもいる、普通の女の子だ。ただ政宗の幼馴染ってだけで、俺達がいる世界を知っているだけに過ぎなかった。 例えるなら器に入った水を上から覗き込むよう。華那が知る俺達の世界は所詮上辺だけ。でも華那が政宗と付き合うようになったら、それだけではすまなくなったのも事実。ゆっくりとだが確実に、華那は水が入った器に身体を沈めようとしている。それが無意識だとしても……無意識のほうが怖いな。自覚がないから、守ろうという概念すらない。 でも政宗、お前なら知ってるはずだ。身体の傷より、心の傷のほうがツライってことを。身体の傷なんていずれは治る。でも心の傷は治らない。だって目に見えないから、どう治せばいいかわからないんだ。目に見えないからこそ、傷の深さや痛みがわからない。 でも政宗、お前も知ってるだろ? その心の傷を治すことができる方法を。かつて自分がそうだったように、今の華那を救えるのは政宗だけなんだぜ? 「……事が済むまでオレは独りでいたほうがいい。そのほうが被害も最小限にすむからな。オレの問題にあいつらを巻き込むわけにゃいかねぇんだ」 「……なんでも一人で抱え込もうとする癖、相変わらず直らないね」 「煩ェ。とにかくさっさとケリをつけてぇモンだぜ……」 ……早く事が終わればいいと思う。心の底からそう思う。そうすれば政宗の傷を華那が、華那の傷を政宗が、それぞれ癒すことができると思うから。そしてまた、二人一緒に笑ってる姿を俺に見せつけてよ。 続 ← |