密室にて狼と二人きり 嫉妬しちゃうってことは愛情の裏返しのようなもの。つまりその人が好きなあまり、自分だけを見て欲しいと願うこと。 「………つまり私は政宗のことが好き、と」 「遂に認めたか?」 「認めるかボケェ!」 朝の気まずい雰囲気とはまた違った気まずさが私達の間で漂っていた。始終ご機嫌な政宗と、げっそりとしている私。あまりに対照的過ぎて泣けてくる。私が政宗に嫉妬していると言われた瞬間からこうだった。常に政宗は私を傍に置きたがり、どこへ行くにも私は引っ張りまわされている。引っ張りまわされるだけならまだしも、抱きついてきたり襲われそうになったり。 廊下で後ろから抱きつかれたときにはそりゃもう恥ずかしかった。そこには何人もの生徒の中に、偶然にも幸村と佐助もいたからですよ。佐助は苦笑するだけだったけど、幸村はそうはいかない。「は、破廉恥でござるぅぅうううう!!」って言って鼻血を撒き散らしたんだから。 おかげで廊下に真っ赤な染みが点々と広がってしまい、佐助はその処理に追われることになってしまった。鼻血を撒き散らす原因である政宗といえば、悪びれることなく私を引き摺ってその場を後にしただけ。 おいおい、佐助は放置かよ。手伝わないのかよ。佐助なんて「誰かティッシュない!?」って叫んでたし。どうやら持ってるティッシュだけじゃ足りなかったみたい。そんな飛行機で定番な、「どなたかお医者様はいらっしゃいませんか」的なノリじゃないんだから。 オカンである佐助がティッシュ足りないなんて、かなり珍しいことだ。佐助はこういったときの為にいつもティッシュをそれは大量に常備している。なんかもうオカンの中のオカンだね。私は政宗に引き摺られる少し前に、佐助の足元にそっとティッシュを置いておきました……。で、今はなにをしているかと言いますと。 「大体、勝手に嫉妬してるって決めつけないでよ」 「それをjealousyと言わずしてなんて言うンだよ」 授業も終わった放課後の生徒会室で、さっきからこんな調子で言い合っていた。政宗は生徒会長としての仕事があるとかでさっきから机に座って書類に目を通している。やることがない私はソファに座りながら、そんな政宗を見つつテスト勉強をしていた。ただでさえ時間が惜しいテスト前、何もすることがないなら勉強あるのみ。 だったら帰ればいいのにと思うが、今の私は政宗のスパイ。どうやったら点が取れるのかを暴く必要がある。しかし朝からずっと監視してるけど、政宗が勉強している姿を見た例はない。授業をサボることはなかったが(珍しい)、ずっと私にちょっかいをかけていただけ。政宗の言うとおり、本当に学校では勉強していないみたい。じゃあやっぱり………家しかない? 「そろそろ素直になったらどうだ? 認めちまえばラクになれるぜ?」 「何を素直になって認めればラクになれるっていうのよ!」 「オレのことが好きだってな」 「好きじゃないってば」 さっきからこんな会話の繰り返し。私の口から好きだと言わせたい政宗と、そうじゃないと必死になって否定する私。くそう、この自信満々な態度はどこからくるんだ。しかし政宗が告白を受けたと勘違いしていたときの苛々は、事情が分かった途端キレイサッパリ消えている。……この事実が私を追い詰め、迷わせるんだ。 「クク……そんな顔で否定されても、全然効果ないぜ、華那?」 「……なっ! 今、どんな顔してるっていうのよ」 「真っ赤」 真っ赤ァ!? 急いで鞄からコンパクトミラーを取り出し、自分の顔を覗き込む。すると政宗の言うとおり、ご丁寧なことに耳まで真っ赤だった。これじゃあまるでゆでダコと間違われてもおかしくないじゃない。 「ンなcuteな顔で否定されてもなァ……」 「きゅーと!」 いかんいかん、普段言われ慣れていない単語に鳥肌がたってしまった。どうも女の子が言われて嬉しい単語とかけ離れている性格故、こういう単語に対しての免疫がないに等しい。それを素で言っちゃう政宗もどうよ? 「………おいおい、照れんなよ」 「照れるわ! そしていつの間にこっちきてんのよ、離れろ!」 生徒会長専用椅子(革製でフカフカ)に座っていたはずの政宗が、本当にいつの間にか私が座るソファに座っていて、あまつさえ私の肩を抱こうとしていた。政宗の胸板を必死になって押し返すが、全然びくともしない。 それどころか押し返していた手をとると何故か体重をかけられ、私は必然的に押し倒される姿勢となってしまう。………下にはソファの柔らかい感触、上にはニヤリと舌なめずりする獣が一匹。チラリと窺えた赤い舌がとても扇情的で、思わずゾクリとした。自然と心臓の音も大きくなって、政宗に聴かれるじゃないかと思えば一層恥ずかしくなる。なんか体中の血液が沸騰しちゃったみたいだ。 「You who are really pretty」 「あ、あう……」 「華那……」 女は耳で惚れるなんていうけど、それは男も同じじゃなかろうか?耳元でこう囁かれると、私とて気が狂いそうになる。抵抗しようにも力が入らず、政宗の指が服の中に侵入しようも何もできない。ヤバイ、このままでは確実に食われる―――……! 「はぁ、やっぱりここは涼しいわね」 「…………お、おい遥奈。どうやら俺ら、お邪魔のようだぜ……?」 「え、華那と……伊達君?」 ガラリと勢いよく開いたドアから、賑やかな足音と声がした。そこにいるのは涼しいを連呼する遥奈と、私と私に馬乗りしている政宗と目が合ってしまった不運な元親先輩。私は呆然としているだけだったが、どうやら政宗はそうじゃないらしい。私からじゃ顔は窺えないけど、政宗と目が合った元親先輩の顔を見れば大体の想像はつく。………きっとおっそろしい形相なんだろう、と、思う。政宗には悪いけど、助かったと心の底から安堵した私だった。 続 ← |