所詮この世は不公平でできている | ナノ

先生、気分が悪いので早退してもいいですか?

夢を見た。幸せそうにしている政宗の表情。幸せそうに女の子と話している光景。でも隣で笑っている女の子は私じゃない……。

***

政宗が告白を受けるって、もしかしたら初めてじゃない? 私はどう反応すればよいのか分からず、ただただ立ち尽くしていた……。物陰に隠れてこっそり様子を窺っていた私は、自分の耳を疑った。最近耳そうじ怠っていたからなァと、女の子としてそれはどうよ的なことを考える。

―――あの政宗が告白を受けた。あまりに現実味がなさすぎる、でもこれは夢なんかじゃない。ぎゅっと自分の頬を引っ張ってみても、やっぱり痛かった。信じられないと、息をすることさえ忘れていたのは私だけじゃない。告白した当の本人の女の子でさえ、丸くてくりっとした目を一層丸くさせている。きっと玉砕覚悟での一大告白だったに違いない。今まで政宗に告白してきた女子はみんな綺麗にフラれていたから、それくらいの覚悟がないと告白できないのだろう。

しかし今回に限って政宗は告白を受けた―――……。女の子は何かを堪えていたが、やがて肩を揺らしながら俯いた。感極まって涙でも流しているのかもしれない。そんな女の子の肩にそっと手を添え、ゆっくりと自分の方へ引き寄せる政宗。

ちょっ、こんなとこで抱き合うか普通ッ!? なんだかこんな風に隠れて二人の様子を窺うのが惨めに思えてきて、私はそっと足音一つ立てずにこの場から逃げるように立ち去った……。

***

「華那、どこ行ってたの?」
「………別にィ」

教室に戻ると、突然消えた私のことを気にしていたらしい遥奈に捕まった。しかし私がふてくされたような声で返事した為、彼女の追及の手が更に伸びる。

「………なんでそんなに機嫌が悪いの? なんかヤなことでもあった?」
「………………別にィ」

自分でもほんと、分からないんだ。なんでこんなにモヤモヤとした、妙な焦燥感に襲われているんだろう。まるで心がドス黒い霧か何かで覆われていくようだ。何も考えたくない、でも頭の中はさっきの出来事で一杯。忘れようとしても気にしないようにしても、さっきの場面が脳裏に浮かぶ。それこそ古いビデオテープのように、巻き戻しては再生するかのよう。ビデオテープみたいに、そのうちプチって切れてしまえばいいのに。そうすればこれ以上再生されることもないし、二度と思い出すこともないのに。

けど人間の記憶というものはとてつもなく複雑で。忘れたい記憶は「忘れたい」と強く思うあまり全然忘れることができない。それすなわち常に忘れたい記憶を思い出しているということ。ずっと思っていたんなら、忘れることなんか不可能だ。………なんだ、この気持ち?

「そういえば伊達君は? あの様子からしてまた告白されてるのかしら? どうせフラれるって分かってても告白するなんて、あの子も結構ダイタンね」

そんなことないよ、遥奈。私も政宗が告白を受けるわけないって思ってたもん。だからあの女の子には悪いけど、心のどこかで無謀だって思っていた自分がいた。それは一種の自惚れだったのだろう。前に政宗が言ってくれたあの一言が、私に絶対の安心をくれていたんだ。

「オレには華那がいるんだ、今更他の女になんて興味ねェ」

この一言が私の中でどれほど大きかったことか、今更ながらに思い知らされる。政宗がこう言ってくれたから、私は政宗が告白されても全然平気だった。口では「いつあんたの女になった!?」って憎まれ口叩いてたけど、本当は嬉しかったんだよ。

ただ……どうして嬉しいのかって訊かれたら、正直返答に困る。どうして政宗が他の女の子に告白されるのが面白くないのか。どうしてあの一言で安心したのか。どうして今、こんなにもモヤモヤとした気分なのか。ああもう、なんで私があいつのことでこんなに悩まなくちゃいけないのよっ!

「あ、噂をすれば伊達君のお帰りみたいよ」
「げっ……!?」
「げっ、とは何だ? 随分な反応だな、華那」

先ほどまでと全然変わらない態度で、政宗は自分の席に腰を下ろす。告白されて付き合ったんなら、もうちょっとこう……幸せオーラとか出してもいいんじゃないか? いや、出されたら……苛々するけど。

「ねぇ伊達君、さっきの女の子に告白されたんでしょ? どうせまたフったんでしょうけど、今度はどんなふうにフったのよ?」

だって伊達君には華那がいるしねーと、事情を知らぬ遥奈はケタケタと笑い声を上げる。そんな彼女を、私は複雑な気持ちで眺めていた。

「転入早々、華那とは将来を誓い合った仲だって告白したくらいだもの。今更他の女に告白されても、オレには華那がいるんだって言っちゃえば」
「What? なんでそこに華那の名前が挙がるんだ?」
「なんでってそれは……」
「Yesって返事したぜ?」

ケタケタ笑い声を上げていた遥奈の口が開いたまま閉じられることがなかった。笑い声も小さくしぼんでいって、最終的には乾いた笑いにへと変化している。表情も引き攣っていて、「何言ってんだこいつ」とあからさまに彼女の頬に書いてあった。

「…………嘘、それホント?」
「Yes」

朝、SHRが始まる少し前。この時を境に、私たちの中で何かが変わり始めようとしていた―――……。

続