一時間前からウロウロしていたら、職務質問されそうになりました 寝ながら勉強できるだと? そんなこと、できるわけないじゃない。そこで今日一日、政宗を観察してみることにした。 *** 朝、七時五十分。門構えからして立派過ぎる政宗の家の前で、私は達筆な文字で書かれた「伊達」という表札を見て微かな怯みを覚えていた。屋敷の大きさも然ることながら、表札からも威圧感がヒシヒシと伝わってきていたからだ。 改めて金持ち、そして任侠一家の頂点に立つ男なのだと思い知らされる。こんな住む世界が違う男と幼馴染なんかやってるよね、私って。私のうちなんて普通の一軒家だし、家族も海外出張でいないとはいえ、二人ともごく普通の会社員だ。なのに政宗のうちときたら……。 「珍しいこともあるもんだな。華那から迎えに来てくれるなんてよ」 「うわぁ、ま、政宗!?」 門が重い音と一緒に開いたことすらも気がつかなかった私が、突然現れた政宗に気がつくはずがない。彼は驚く私を無視して、「Good morning」と爽快に言った。 まずい。早くも昨日一晩考えに考え抜いた作戦が、音を立てて崩れ去ろうとしている。 今日一日、私は政宗を監視しようと思い立った。そうすれば政宗がどうやって勉強しているか分かると思ったのだ。寝ながら勉強するのではなく、何か人には言えないとっておきの勉強方法があると信じて。 でも。尾行や監視っていうのは、決してその対象に見つかってはならないという暗黙のルールがある。なのに早くも見つかってしまっていますがこれいかに? 本当ならどっかその辺の物陰に隠れて、政宗の後をつけようという計画だったのに! 「今日は本当にgood morningに相応しい朝だな。華那が迎えに来てくれたんだ、最高にhappyな気分だぜ」 「そ、そう? いつも迎えに来てもらってるんじゃ悪いかなって思ってさ。たまには私が政宗を迎えに行って驚かそうかなって思って」 まさか尾行しにきましたとは言えるはずがなく。言ったらどんな目に遭うか想像したくないし。だから誤解している政宗に便乗することにした。けど政宗ったら鋭いからさ、私は嘘がバレないように必死になって笑顔を繕う。一見すると爽やかな笑顔だが、冷や汗がいまにも噴出しそう。政宗も嬉しそうに顔を綻ばせているけれど、その目はどこか疑いを含んでいる。全てを見抜いてしまいそうなその隻眼が……どういうわけか、怖いと感じた。 「ほう……そりゃ嬉しいsurpriseだな」 「そう言って貰えて私も嬉しいなァ、ホント」 頭ではこれ以上口を開くとボロが出ると警鐘を鳴らしているのに、焦っているせいか口が勝手に動いてしまう。人として嘘が上手いというのもどうかと思うが。人並みにつけるようにはなりたいと思う、政宗限定で。 「ほら、早く学校に行こう?」 いまなお疑いの眼差しを向けてくる政宗の右腕を掴み、ぐいぐいと引っ張る。しかし政宗は彼の腕を掴んでいた私の手を逆に引っ張り、自分のほうへと引き寄せた。下手すりゃ口と口が触れてしまいそうになる距離。お互いの息がかかってしまうほど近い。私の気持ちなんてお構いなしに、体は素直に熱を持ち始めていた。 するとどういうわけなのか、嬉しそうに表情を和らげる政宗。……というか、どうみたってこれはニヤリとした獣の笑みじゃなかろうか。どうしてこうも艶やかな笑みが似合うのだ、この男だけは。 「本当に珍しいな……今日はやけに積極的じゃねェか」 「せ、積極的?」 ぎゃーやめて喋らないでェェエエエ! 吐息がかかるんですそれが凄く恥ずかしいんです照れるんですってば! 何より朝っぱらから腰にくる声なんか出さないでくださいッ! 「ククッ……顔が赤いぜ?」 「今日は暑いからね、そのせいじゃない?」 これ以上迫られてたまるかということで、私は躍起になって背中を反らす。が、政宗はそんな私を見て楽しむかのように、ひょいと顎を掴んでさらに引き寄せた。 「そうか?」 なんて言いつつ、政宗は私の腕を掴んでいた手で今度は腰に触れる。手つきがイヤラシイと感じたのは私だけでしょうか? 「………………何してんの?」 こういうとき、そこらにいる女子なら歓喜の声でも上げるのだろうか。だって至近距離だし、顎は掴まれ腰に手を添えられているし。結構な体勢だと思いません? でも私はそこらにいる女子と一緒の思考を持ち合わせていないらしい。 そりゃ体中が火照っているのは認めるけど、だからってこのまま政宗に流されてたまるかという思いが強い。このまま流されてみろ。学校に行くことなくこいつに食われて、翌日も学校に行けなくなるんだ! 欠席理由が、「なんか全身だるくて足腰立たないんで休みます」だと思うわけですよ。 こんな理由で学校を休んでみろ。登校した日にゃ、何を言われるか想像したくない。政宗とはそういう関係じゃないけど、こいつは万年発情期のような男。―――何をされるか分かったものじゃないよ! 「……とにかく。放してくれません、その手?」 「どっちの手だ?」 「両方。じゃないと私も実力行使とやらでいきますよ?」 「実力行使ねぇ……。華那の言う実力なんて大したもんじゃねェんだよ」 あ、言ったなコノヤロウ! 確かに筆頭である貴方にとって、私の実力行使なんて大した威力じゃないんでしょうけど。しかし甘いな政宗クン。私は女であるが、女としての恥じらいは薄いんだ! 「放してって……言ってんでしょーがっ!」 そう叫びながら可能の限りの力を振り絞り。右足で政宗の股間を思いっきり蹴り上げた。―――その表情はあまりに爽やかで、男の股間を蹴るときの表情ではなかったと……思う。 続 ← |