所詮この世は不公平でできている | ナノ

テスト前はぐっすり寝ましょう

あれ? 私、何しに政宗のうちに来たんだっけ? 確かテスト勉強するという口実で、本当は政宗の勉強方法を知ろうと探っていたはずなんだが……。なんでこんなことになってんの?

***

日付も変わり今は草木も眠る丑三つ時……なんですが、どういうわけか走ってます。どこまで続くんですかと疑いたくなるほど長い廊下を、凄まじい速さで駆け抜けています。さっきからかなり走っているはずだけど、未だに行き止まりとか曲がり角とかが現れない。ほんと、どこまで長いんだ、この廊下は。

おまけに屋敷の使用人……ではなく。この屋敷に住んでいるリーゼント頭のヤクザさん達が、そりゃもう毎日きれいにお掃除してくれているせいか、とにかく滑る。床が光ってるんだよ、ピカピカに。髪の毛がないおじさんの後頭部みたいにツルッツルなんだよ。おっと、全国のお坊さんを敵に回してしまったか!?

「ハァ!? 何それ聞いてないよ!」
「あれ、政宗から聞いてねぇの? 今日、小十郎いないぜ」

回し蹴りを食らってしまった成実が目を覚まし、私がここにいる事情を説明した矢先にこれである。成実の話によると、小十郎は用事で出かけていて、今日は帰ってこれないという。おいおいおいおいおい、ちょっとヤバくありませんか!? つーか小十郎いないって知ってたんなら、先に言えよな政宗! だって。

「小十郎に勉強教えてほしいの。だから政宗のうち行っていい?」

って訊いたんだよ、政宗に。なのにいざ来てみると、小十郎は留守。それじゃあ私、来た意味なくね? 本当の理由は違うところにあるけど、それを言ったら何を言われるか分からないので(バカにするような発言だということくらい検討はついている)言えない。

さらにもう一つ。小十郎がいなかったら困ることがあるんです。多分、こっちのほうが重要だと思う。私の大事なものがかかっているので……。

「…………」

不本意ながら政宗に勉強を教えてもらうことになったんですが、非常に困ってます。や、教え方が下手とかじゃないよ? むしろ上手いし。学校の先生よりも分かりやすい。ああ、それは別にいいんですどーだっていいんです。問題は他にあるんだから。

「…………アツイデス、政宗サン」
「そりゃまだsummerだからな。なんならAir conditionerの温度下げるか?」
「お気遣いどうも。でもこの暑さは自然現象じゃないと思うんですよ」
「What?」

あ、さすがにそろそろ暑さを我慢できなくなってきた。

「あんたが後ろから引っ付いてるからでしょーがァ!?」

手にしていたシャーペンをグッと握り締めながら、私はダンッと机を叩いた。その拍子にシャーペンの芯がボキッと折れてしまう。ああ、貴重な資源が無駄に消えてしまった……。

現在の状況。私、机に向かってノートと教科書を片手に勉強に勤しむ。政宗、そんな私の背後に回り、抱き枕でも抱きしめるように私を抱きしめている(自分の両足を広げてできた空間の中に閉じ込めるという周到ぶり)。要はコアラ抱き? はっきり言って暑い。なんでこのクソ暑い(あらやだ、失礼)ときにベッタリとくっ付かれてんだ。クーラーついてる部屋でこの暑さだ。外でイチャイチャしてるカップルは暑くないんだろうか? それとも暑さに気がつかないほど色々と見えていないだけなのか。どっちにしても煩わしい。

大体なんで政宗は私にくっ付きたがる? 今だって手で私のわき腹辺りをぎゅっとしてるし。ちょ、バレるから。引き締まってない私の腹の肉がバレるからッ! そのくせ私の肩に顔を埋めているからちょっとこそばゆい。政宗の髪の毛が首筋を撫で、熱い吐息が私の理性をメチャクチャにしてしまう。う、なに動揺してんのよ私の心臓!? 

こんな時間だから、屋敷にいる人達は既に寝ているのだろう。さっきから政宗の部屋にある時計のカチッカチッという、時を刻む音しか耳に届かず、外は真っ暗で物音一つしやしない。だからこそ耐えられない。だって政宗の吐息すらはっきりと聞こえてしまうほど静かなんだもん。

「アンタもいい加減、勉強したらどうですか?」

そして勉強の秘密を盗ませてください。政宗みたいに普段から遊び呆けていても成績上位になれる秘訣を私に!

「だから何度も言ってんだろうが。オレは勉強しなくてもいいんだよ」
「ちょっ、顔埋めたまま喋らないでよ!」

真っ赤になっているであろう自分の顔に腹が立つ。これじゃあ政宗に動揺してるってモロバレじゃないか。でも顔を埋めたまま喋るから、政宗の口の動きを自分の肌で感じ取れてしまう。………これ以上何かされたら、ヤバイ、かも。

「…………のわァ!?」

なんだこの肌に感じた違和感は!? 電気が走ったみたいにビリビリしたぞ!? 突然体中に走った感覚に、思わず女とは思えぬ声を上げてしまう。な、なにこの首筋に感じた違和感は。生温かくてざらりとした柔らかい……。

「ってなに勝手に人様の首筋を舐めてんじゃ―――― !?」
「もうちっとsexyな声を出すこった」

ヤバイ、何をされたか分かったら尚更顔が火照ってきた。いやだから、なんでそんなに引っ付きたがるの? なんで首筋なんか舐めるの? 美味しくないのに、そんなもの。

「勉強しよう。その煩悩の塊みたいな脳を別のことに使いませんか?」
「だからそんなもん、オレに必要ねェってつってんだろ」
「テストは明日だよ?」

そう、明日。実力テストは普通のテストよりも難しい。普通のテストはここからここまでという範囲がある。しかし実力テストはその名のとおり、自分の実力が試されるのだ。いつも以上に総復習して何が悪い。

「ンなことより、明日は何の日か覚えてるか?」
「だからテストでしょ?」
「No test以外で何かあるだろ?」

…………悪いが私の頭の中にはテスト以外ない。明日といえば……九月五日だ。しかしこの日は何かの祝日というわけでもないし……。

「ああ、石炭の日だ!」
「No! つーかなんだよそれ……?」

あ、政宗さんちょっとご立腹のご様子。でも本当にあるんだよな、石炭の日って。世界には面白い記念日がたくさんあるなぁ。

「もっとまともなモンがあるだろうが! た、例えば誰かの誕生日とか……」

最後のほうは小さくて聞こえにくかった。勢いよく切り出したはいいが、段々と尻すぼみになっていく。チラリと横目で政宗の表情を窺うと、珍しく頬が若干赤く染まっていた。……………こ、怖い!

「誕生日……ああ!」
「ようやく思い出したか」

安堵したような声色に首を傾げながら(なんでそんなに安心するんだ?)、手をポンと叩き大きな声で「ルイルイの誕生日だ!」と言った。すると政宗は一拍の沈黙の後、ガクッと私の肩に項垂れる。え、また間違えたの?

「もういい……どうやら少しお仕置きが必要みてェだな、華那チャンよォ……」

クククと肩に顔を埋めて笑う政宗に、私は底知れぬ恐怖と貞操の危機を覚えた。さっきまで「暑い」と言っていた自分が嘘のよう。だって今はすごく寒い。寒すぎてガタガタ震えているよ。なんか別の意味でも震えているような気がしないでもないが、とりあえず今すぐにやるべきことは一つだ。

「イヤァァアアアアアア!!」
「待てやコラァ!」

政宗に、肘鉄を食らわし猛ダッシュ。あ、一句できたかも。

続