狼の巣に飛び込んじゃった、さぁどうする赤頭巾の皮を被った狩人よ 大きくて立派なお屋敷に、きちんと手入れされているだだっ広い庭園。大袈裟かもしれないけど、迷ったら最後、迷いに迷いまくって出られないという感じがしてならない。……要するにそれほどまでに凄いのだ、政宗の家は。 「政宗、今日あんたンちに泊まってもいい?」 キッカケは私のこの一言―――。 「What did you say now?」 「だから、政宗ンちに泊まってもいいかって訊いたの」 学校では政宗の勉強方法を知ることができず、私は家に何か秘密があるのかという考えに至った。ならばどうやってその秘密を探るか、私はカラッポの頭でそりゃもう必死に考えたよ。考え抜いた挙句、私は政宗のうちに泊まらせてもらおうという案を思いついたのだ。 生徒会室で襲われそうになったところを偶然にも遥奈と元親先輩に助けられ(政宗は元親先輩に向かって「イイトコだったのに」とか、「Bad timing」とかなんとか言ってたけど)その帰り道にて私は政宗にこう訊ねたのだ。するとなんとまぁ意外なことに、あの政宗が見事に石像の如く固まってしまったじゃありませんか。表情を失くして呆然と私を見下ろす彼に、何故か恐怖すら覚えてしまった。……だってほら、ありえないから。 「男の家に泊まる。これがどういうことか、本当に分かって言ってンだろうな、華那?」 ……実はというと、あんまり分かってないのが現状だった。そりゃ彼氏の家にお泊りに行くなら分かるけど、私が泊まりたいとお願いしている相手は政宗だ。彼氏でもないのに、何の心配をすればいいのでしょうか? 第一、こいつの家には大勢の部下と小十郎達がいるのだ。間違いが起こるはずもない。 「それにこんな私に女の魅力があるわけないしねー、アハハッ!」 「言ってて虚しくならねェか?」 「…………やめてよ、今まさに後悔してるんだから」 ……とにかく! 政宗の家に泊まりたいのは小十郎に勉強を教えてもらいたいからだと説明し、どういうわけか若干不服そうな彼だったがなんとか納得してもらい、晴れて私は政宗のうちにお泊りすることになった。小十郎に勉強を教えてもらいたいのはある意味本当だったし、そんでもって政宗の勉強の秘密が分かれば言うことなし。ふふふ、今日こそあんたの秘密を暴いてやるからね、政宗! *** 「野郎共、筆頭のお帰りだぞ!」 屋敷の門を半分だけ潜ると、こんな野太い叫び声が聞こえてきた。するとあら不思議。私達の両脇には。中腰で頭を下げる大勢の部下と思われるリーゼント頭の人達が並び、政宗を出迎えたじゃありませんか。嗚呼、また始まったよ……。 「ま、政宗!」 これが当たり前というふうに、固まる私を置いてけぼりにして政宗はスタスタと歩き出す。慌てて引き止めると、政宗は「What?」と言いながら、しれっとした表情を浮かべながら振り向いた。 「どうした? ンなとこにいつまでも突っ立ってないで早く来い」 「いや、行けないから。こんな強面の人達に囲まれた道を歩く勇気、女の子は持ってないから!」 「ったく、いい加減に慣れろよな」 「慣れるかこんな異質な光景!」 政宗の家には数え切れないくらい遊びに来ているけれど、この光景だけはどうしても慣れることができない。学校の帰りとか遊びに行った帰りとか、とにかく政宗の帰りに付き合ったら必ずこの光景を目にすることになる。 だってこれは、政宗を出迎えるとき限定の光景だから。その為政宗の家に遊びに行くときは、必ず先に家へ帰ってもらっていた。理由はまぁその場その場で色々だが、大体は荷物を置いてからっていうのが多い。後から改めて行けば、この出迎えには遭遇しないからね。私も苦労してんだよ。今回はドジってしまったケド。 「ただいまー……ってなんでそんなとこで突っ立ってんだよ、政宗? お、華那じゃん」 「あ、成実。お邪魔してマース?」 「なんで疑問系?」 「や、だってまだ玄関潜ってないし……。この位置って微妙じゃない? ほら、真ん中だし」 私がいる位置は実に微妙。政宗の家と外を繋ぐ門の、丁度真ん中。だからお邪魔しているのかしていないのか判断しにくい。それを学校帰りである政宗の従兄弟、成実に説明したら何故か馬鹿笑いされた。政宗に視線を戻すと、こいつは笑っていなかったが呆れ返っていた。……二人揃って馬鹿にされた気分になったぞ。 「それより今日は何の用で来たんだ、華那?」 「ああ、今日は泊めてもらうつもり。一晩宜しくね」 「……………と、泊まり!?」 成実の叫びを皮切りに、今まで頭を下げていた部下達も顔を上げて、ぎょっと目を丸くさせながら私を見る。え、何? なんか変なこと言ったのか、私は!? 成実だって驚きながら足を一歩引いている。そして恐る恐るといった感じで口を開いたのだが。 「華那、悪いことは言わないからそれだけは止めとけって! 政宗、マジで容赦ないと思うぜ!?」 「だから何が?」 「shout up! 余計なこと言うんじゃねェぜ、なるみチャンよォ……」 「だからそう呼ぶなって何度も言ってんだろうが!」 昔っからなるみちゃんと呼ばれることを嫌う成実は、よくこうやって政宗と口論を繰り広げている。大体政宗がなるみちゃんと言うときは、自分に余裕があるときだけだ。それを成実も理解しているから、これはある種のじゃれ合いみたいなものだろうと思っている。尤も、私も言うけどね、なるみちゃんって。ただし政宗とは違って余裕なんかないし、機嫌が悪いときが多いけど。 「だから何が容赦なくて、みんな驚くって言うのよ……」 私を無視して口論を繰り広げる二人に呆れた視線を送っていた私に、近くにいた一人のリーゼント頭のお兄さんが話しかけてきた。驚きと嬉しさが混じった、なんとも言えぬ表情で。 「頑張ってくださいね!」 なんでいきなり敬語と思いつつも、何を頑張るのかと疑問に思う。短絡的な思考の持ち主である私はてっきりテスト勉強のことだと思い、笑顔で「うん!」と言ってしまった。すると「おおー!」というリーゼント頭の人達が歓喜し、政宗と口論していたはずの成実は青ざめてしまう。一番異質なのが政宗で、どういうわけなのか嬉しそう。 「そういうわけだ野郎共! 今日はオレの部屋に近づくんじゃねぇ、いいな!?」 「Yeah!」 「華那!? 本気か本気なのか!?」 「うぉ!?」 いきなり成実に強い力で肩を揺さぶられ、私は女らしからぬ声を上げてしまう。だから何をそんなに必死になっているんだこの家の住人達は! 「その手を放せ、成実」 ひょいと後ろから、まるで覆い隠すように政宗に抱きつかれた。うお、何気に体重かけないでください重いから! 「せっかく華那がその気なんだぜ?」 「だからその気って何!?」 「こいつはこうみえて激しいのが好きなんだよ。安心しな、すぐにでもheavenに連れてってやるぜ? クク、華那がどうやって啼くか……今から楽しみだぜ」 「は……?」 ここでようやく気がついた。遅いけど、とてつもなく遅いけどようやく気がついたよ。話が噛み合っていない事実に。私と政宗達が考えている何かの違いを。ここにきて、ようやく悟った。 「つかぬことをお訊きしますが、なんの話?」 「Make loveの話だろ?」 「って待てェェエエエエ! 違うから、私が頑張るのは勉強だからね!? 決してあんたとの夜の運動じゃないから!」 しかし時既に遅し。私は狼の巣へと身を投じてしまっていた。逃げ道はおろか、この狼から離れることすらできなくなってしまっている。でも大丈夫。私は食われる赤頭巾ちゃんなんかじゃない。赤頭巾ちゃんの皮を被った狩人なのだから。狼を退治する術は心得ている。 「いい加減にしろっつーの、エロバカ宗!」 こうなったらもう一度政宗の急所を蹴ろうと、回し蹴りをお見舞いする。しかし。 「Ha! 同じ技が通用すると思うな」 と言って、ありったけの力を込めた回し蹴りを難なく避けた政宗。獲物を見失った私の回し蹴りはそのまま宙を切り裂き、次なる獲物にヒットした。 「ゴホォッ!?」 「し、成実!?」 それからしばらくの間、成実は地面に蹲っていましたとさ。 続 ← |