短編 | ナノ

月明かり、ふわふわ

肉まんあんまんカレーまんピザまん……冬になるとコンビニでこれらが食べたくなるのは何故だろう。別に誰かに言われたわけでもないし、ましてや命令されたわけではない。それなのに華那は冬になると、これらを食べなくてはいけないという妙な使命感に駆られてしまう。

その使命感は所構わずやってくるようで、冬のある日、夜のコンビニに華那の姿があった。カウンター横にある肉まんケースをじっと見つめ続けること数分が経過し、さすがにそろそろ店員も困ってきたのか、さっきからチラチラと華那を盗み見している。そろそろ買うか買わないかはっきりしてほしいところなのだろう。

だが華那も譲れない、譲るわけにはいかない理由がある。生憎と今の所持金ではどれか一つを買うだけで精一杯。しかしこの中から一つだけ選ぶとなると……かなり迷う。見た目の色はどれも少し違うが中の具の味は全く違う。その味を思い出しただけで腹の虫が騒ぎだすほどだ。

粒あんと少し湿った感がある皮の相性は抜群で、カレーまんのほどよい辛さも捨てがたい。ピザまんのチーズが蕩けるあの一口目も堪らない。でもオーソドックスの肉まんも……考え出したらキリがなかった。見ているだけで無意識に涎が垂れる。その不気味さに店員は少し引き攣った顔をうかべていた。

「……すみません、これくださいっ!」

迷いに迷った挙句答えは出なかった。結局目をつぶって適当に肉まんケースを指さし、その先にあった物を買うという、非常に情けない方法をとる羽目になった。

指さした先にあったものはピザまんだった。オアシスのようだったコンビニから一歩外に出ただけで冷たい風が顔に吹き付ける。むしろこれは痛いという部類に入るくらいだ。自然と顔もしかめっ面になる。ハァー……と息を吐いてみると案の定白かった。結果はわかっていても冬になるとついついやってしまう。少し遅れてそんな自分の子供っぽさに情けなくなった。

ビニール袋の中にあるピザまんからはホクホクと白い湯気が立ち上がっていて、ピザまんの温かさが視覚を通して伝わってくる。お腹が減っていること、そして寒かったこと。家に帰ってから食べようと思っていたが我慢できそうにない。華那はガサガサと音を立てながら袋の中からピザまんを取り出した。仄かな温かさが寒空の下では丁度いいらしく、悴んだ指には良いカイロ代わりだ。

満面の笑みで大きく口を開け、心の中でいただきますと呟いてからがぶりとかぶりつく。口の中いっぱいに広がるピザの味と蕩けるチーズがなんとも言えぬ絶妙なハーモニーを奏でる……はずだった。

「…………あれ?」

歯と歯がぶつかり合う虚しい音だけが響いた。おかしい。たしかにピザまんを食べようとしたはずなのに、食べた触感がなかった。というより、先ほどまでこの手で持っていたはずのピザまんがない。瞬間移動か!? としか思えぬ速さに華那は何が起きたのか理解できず、目を丸くさせたまま固まっていた。

「Hum……味はまあまあだな」

背後から聞き慣れた声が華那の耳に届いた。振り返らずともわかる、政宗だ。しかし後ろから急に声をかけられると、ましてや冬の夜道ではびっくりするなというほうが難しい。口から飛び出しそうになった心臓を落ち着かせる間もなく、華那は振り返るなり開口一番政宗に噛みついた。

「人の後ろに立たないでよ! びっくりしたじゃんか! ってそれよりも私のピザまんー! なんで勝手に食べてるのよ!?」

華那の手の中にあったはずのピザまんは、どういうわけか今は政宗の手の中にある。答えは簡単だ。華那が食べるよりも早く、背後から伸びてきた政宗の手がピザまんを強奪したのである。

「返してー! 私のピザまん! 私の今日の晩ごはん!」

必死に手を伸ばしてピザまんを取り返そうとするも、政宗は笑いながらピザまんをひょいと高く掲げてしまうのでどうやっても届かない。ぴょんぴょんその場でジャンプするも絶対的な身長差の前では無意味だった。

最終的には全部食べられてしまい、華那の口から悲痛の声が漏れる。政宗からすればそんな華那の姿が可愛らしく思えて仕方がない。この一連の動作が計算ならまだよかったのだが、残念ながら本人は無意識なのだろうから、なんとも恐ろしいことこの上ない。このお子様な彼女はまだ女の武器というものを自分の意思で扱えていないのだ。

「つーかよ、こんな夜遅くに何やってんだお前?」
「だからピザまんを買いにコンビニに来たんじゃん。本格的な冬が訪れるとね、コンビニの肉まんを食べなくちゃいけないっていう妙な使命感に駆られるの! なのにそれを政宗が邪魔したんだー!」
「そうじゃねえって! 一人でここまで来たのかって訊きてえんだよオレは!」
「なによ急に怒鳴ることないじゃん……」

どうして怒られているのかわからない華那は鬱陶しげに口を尖らせた。

「あのなあ、お前一応女だろうが。女が一人で夜道を出歩くなって言ってんだよ」
「一応言うな! どこからどう見ても立派な女です!」

そんなことは誰だってわかる。噛みつくとこはそこじゃねえだろ! 政宗は頭を悩ませた。なんでこの女は変なところで反応するんだ。

「昼ならともかく夜一人でconvenience storeに行くくらいなら、オレに電話なりmailするなりしろって言いたいんだよ。最近特に物騒だろうが」
「でもそれはさすがに迷惑なんじゃ……」

こっちの一方的な都合で呼び出すのはいくら恋人といえど気が引ける。おまけに時間も時間だ。一般的に誰かを呼び出す時間にしては遅すぎる。

「オレは華那の彼氏だろうが。むしろそれくらいの我儘言いやがれってんだ」

言いたいことは沢山ある。しかし普段人前ではなかなか見せない優しい笑みを向けられてしまうと、華那にはこれ以上何か言う気が起きなかった。政宗が本気で心配してくれていると理解してしまったからである。たしかにすぐそことはいえ、夜道を一人で出歩くのは軽率だったなーとも思うからだ。

「……じゃあ次からそうする」
「Ok 良い子だ」

しゅんと俯く華那の姿を見て安心したのか政宗もほっと一息ついた。彼は慣れた手つきで華那の頭を撫でていく。子供扱いされているようで恥ずかしいが、政宗の手に触れてもらうことは嫌いじゃないだけに性質が悪い。くっ、気持ちいいとか思った時点で私の負けじゃんか。

「そっ、そういえば政宗はなんでここにいるの?」

すごく今更な質問のような気もするが、この恥ずかしさを隠すには何か別の話題を振って話を反らすのが手っ取り早い。政宗はちょっと戸惑った様子を見せたが、特に気にせず話を続けた。

「Ah オレか? オレは……convenience storeのsweetsを買いに、だな」
「コンビニスイーツ? 政宗が? なんで!?」

たしかに彼の手にはコンビニの袋が握られている。しかも結構な量が入っていると窺える。政宗が甘い物を食べている姿をあまり見ないだけに、わざわざ夜のコンビニにまで買いに来る理由がわからない。政宗の歯切れが悪いこともあり、華那は訝しげに目を細める。渋い表情の政宗と疑いの眼差しを向ける華那が睨み合う。先に折れたのは政宗のほうだった。

「負けた方が勝った奴のパシリになるっつー賭けを組の連中とやってだな、その……」
「負けたんだ……珍しく……」
「そうだよ! 文句あるか!? オレにだって調子の悪いときくらいあるんだよ!」

負けたことが相当悔しかったのだろう。だから言いたくなかったのだ。そして今頃屋敷には政宗の憂さ晴らしで殴られた成実が転がっているに違いない。哀れな成実を思って華那は静かに合掌した。きっと偶々そこにいたからとか、くだらない理由で殴られたに違いないからだ。

「なにやってんだ? 寒いしそろそろ帰ろうぜ。ついでにうちに来いよ。晩飯くらいなら御馳走してやるぜ?」
「あっ、ちょっと待ってってばー!」

先に歩きだした政宗の背中に追いつくため、華那は小走りで駆け寄っていく。ピザまんのことは頭からすっかり抜け落ちていた。自然と頬が緩んでしまう。こういう嬉しい偶然もたまになら悪くないかな。

完 
※フリー配布は終了しました