短編 | ナノ

私達はコタトリオ

華那には冬になると必ず実行していることが一つだけある。それは華那に限らず、日本人の誰もが必ずと言っても過言でないほどやっていることだと思う。日本人の血なのか、華那はそれをしないと冬が始まったと思えないほど、それに固執していたのだった。

***

日曜日。自室にて暇を持て余していた政宗は、ベッドに仰向けになりぼーっと天井を見上げていた。部屋にはミディアムテンポの洋楽が流れている。他に音がないだけに、それが部屋を優しく包み込んでいた。

政宗にとっては久しぶりの休み。平日は学校、休日は平日にできなかった伊達組筆頭としての仕事をこなすためなかなか休めない。そんな中今日は溜まっていた仕事が午前中に終わり、午後になると政宗は一気に暇を持て余す身となった。

………今から華那の家に遊びに行くか?

相手の都合などこれっぽっちも考えないのが、オレサマたる政宗の性格である。枕元に無造作に置いてあった携帯に手を伸ばし、着信履歴に残っている音城至華那という名前を探す。頻繁にかけたりかかってきたりしているせいか、履歴やメールボックスには常に華那の名前が表示されている。

そんなとき、政宗の携帯から軽快なテンポの着メロが流れ出した。画面を見ると今からかけようと思っていた相手―――音城至華那の名前が表示されている。今まさにかけようとしていた相手からの着信、些細なことかもしれないがとても嬉しいものだ。自然と政宗の口元にも柔らかい笑みが浮かぶ。以心伝心のような気がして、想いが通じたとさえ思えてくるのだ。

「Hello?」

通話時の声もいつもより明るい。浮かれすぎだろと、政宗は思わず苦笑した。

「あ、よかった。忙しかったらどうしようと思ったんだ!」

機械を通して聞こえる声は無邪気なもので、華那がどんな表情をしているかあっさりと想像できるほど。電話の向こうでは満面の笑みを浮かべているのだろう、そう考えただけで胸が弾む。

「どうしたんだ、なんか用か?」
「うん。あのさ、政宗ンちって……もうアレだした?」
「………アレ?」

華那の言うアレが何かわからず、政宗は首を傾げる。アレと言われて何かわかるほどツーカーではないということなのか。ちょっと悔しくなり、政宗はつまらなそうに少しだけ眉を顰めた。華那のことなら誰よりもわかっている、そんな自信が政宗にはあったからである。

「そ、日本の冬といえばアレ。コタツよコタツ!」
「こたつだァ!? まぁ出したことには出したけどよ……」

さすがにそろそろ寒くなってきたので、先週こたつを出した。アメリカ育ちが長いとはいえ政宗も純粋な日本人。日本人にとって冬にこたつというのは、切っても切り離せない間柄だと十分に承知している。しかしどうして華那がそんなことを訊いたのか、そこが全くわからなかった。

「ね、今から政宗の家に遊びに行っていい?」
「Ah? 別に構わねぇが……」
「じゃあ今から遊びに行くね。三十分もしたら着くと思うから!」

そこで電話は切れた。ツーツーと虚しい音だけが残る。華那が遊びに来る、それは嬉しいことだが何故こたつなのか。考えてみるがやっぱりわからず、政宗は不思議そうに首を捻った。

電話で言ったように、ジャスト三十分後に華那がやってきた。その手には白いビニール袋が握られている。ここに来る前にスーパーにでも寄ったのだろうか? 政宗がじーっとビニール袋を見ていると、その視線に気がついた華那がビニール袋を少し持ち上げてみせる。

「スーパーに行ったら美味しそうなみかんを見つけてね、買ったはいいんだけどみかんといえばこたつでしょ? でもうちまだこたつ出してないからさー……政宗の家ならもしかしてって思ったんだけど、案の定だったね!」

華那の話を聞いた政宗はがくっと項垂れそうになった。どうしていきなりこたつがあるか訊いてきたのか不思議に思っていたが、まさかそんな理由だったとは思ってもいなかったのだ。

スーパーで美味しそうなみかんを見つけて買ったはいいが、みかんを食べるならこたつに入って食べたい。しかし華那の家はまだこたつを出していなかった。だからこたつを出してそうな政宗の家にやってきたのだ。わざわざみかんを食べるだけのために―――。

「単純なヤツだとは思っちゃいたが、ここまでとはな……」

柱に肘をつき、そこに額をのせる。呆れてものが言えないとはこういう状況なのだと、身をもって教えられた政宗だった。一方華那は、心外だとばかりに口を尖らせながら声を荒げる。

「な! こたつで食べるみかんは格別なんだよ!?」
「そういう問題じゃねぇよ!」

たかだかみかんのためにそこまで拘る華那が理解できない政宗の苦労なんて知らない彼女。

「それにそれだけじゃないのよ。アイスも買ってきたんだから!」
「冬にiceだと!?」

なにも寒い中、わざわざ寒くなるような物を食べなくてもいいじゃないのか。それを言うと、華那はさらに口を尖らせどうでもいいようなことを熱弁しだした。

「こたつでアイスっていうのもまた格別なの! これは実際に経験してみないとわからない心理だと思うから政宗もぜひやってみてよ! 政宗のぶんも買ってきてるし」

たしかに袋の中にはみかんだけでなくカップアイスも入っている。この寒さだ、夏のようにすぐは溶けまい。冷凍庫で冷やす心配もないだろう。

「オレも食わないといけねーのか……?」
「細かいことは気にしない! さっさとこたつがある部屋に行こ?」

どうやら支配権は政宗になかったらしい。

「うー! これこれ、これぞこたつの醍醐味よねぇ」

さっきから華那はご機嫌だった。こたつに足を突っ込み、テーブルの上に置かれているみかんの皮をむいている。政宗はそんな華那の真正面に座り、みかんを食べていた。

ちなみにアイスはまだ食べていない。華那が言うには「食後のデザート」としてとっておくらしい。まさかみかんを食べた後に食べる気なのかと、それはそれでどうかと政宗は思う。中を見たときカップにはバニラとチョコと書いてあったからだ。みかんを食べた後には少々不味いと感じてしまう組み合わせではないだろうか。

「あー! 二人して何やってんだぁ?」

部屋の傍を通った成実が、襖からひょっこりと顔を覗かせる。するとすぐさまみかんの存在に気がついたようで、「俺もまぜてよ」と言ってこたつに入った。それにあからさまに嫌そうな顔をしたのは誰であろう政宗であった。

「うわ、なんかあそこにすっごいオーラ放ってる人がいるし!?」
「なんでいつもいつも邪魔すんだァ……なるみチャンよォ?」

地を這うような声というのはこういう声を言うのかもしれないと、火の粉がこちらに飛んでこないことを願いつつ華那は思っていた。いきなり不機嫌になった理由がわからないのだ、この鈍感娘は。相変わらず学習するということをしない子である。

「どしたの政宗?」

政宗からすれば恋人と二人っきりという状況を邪魔した成実が恨めしいのだが、このぽかんとした華那の顔を見るなり彼女はそうは思っていないらしい。それどころか。

「成実も一緒にこたつでみかん、なんてどう?」
「いいねぇ。日本の冬はこうじゃないと。でも俺的にはこたつでアイスも捨てがたいんだけどなー」

自分の意見に同意してくれる人があらわれ、上機嫌になっていた。そしてこれが最大の決め手となった。こたつでアイスを食べるという成実に、華那は瞳をキラキラと輝かせ始めたのである。

「美味しいよね、こたつでアイスって」
「お、ということは華那も?」
「勿論! こたつでみかんなんていうスタンダートだけじゃ私は納まらないもの!」

政宗を無視してこたつでアイス談議を始めた華那と成実。ただでさえ成実が邪魔しにきたと思っていた政宗は、自分を無視して盛り上がっているこの光景を認めることができない。こめかみに青筋を三本ほど浮かべながらみかんの皮をむいていく。そんな不機嫌オーラに気づかないほど、華那と成実はアイスについて熱く語っていた。こたつで食べるならこのアイスがいいとか味はこれがいいなど、政宗からすれば実にくだらないことで大盛り上がりだ。正直なところ、仲間はずれにされたようで不愉快である。しかしそれだけは何があっても言えない。

「冷凍庫にアイスいれてあるから一緒に食べよ?」

……それは食後のデザートにとっておくって言ってなかったか? そもそも俺のために、俺と一緒に食べるために買ってきたんじゃねぇのかよ!? 

「じゃあ華那、とってきてよ」
「ヤだ。成実がとってきてよ」

いやいや華那が成実がと、お互い譲り合いばかりで動こうという気配をみせない。こたつに入ると出難くなるのが最大の問題で、こういう場合必ずと言っていいほど譲り合いになる。華那と成実も入って僅か数分だというのに、早くもこたつに寄生してしまったようだ。二人ともテーブルに顎をのせてとても気持ちよさそうな顔をしている。お風呂に入っているときの表情と非常に似ていた。いつまでも譲り合いをしていても結果は同じ。となると二人は口を揃えて次なる候補者を指名した。

「まさ……」
「No!」

しかしその候補者の名前を呼ぶ前に先手を打たれてしまった。

「まだ何も言ってないんですけど?」
「名前を呼ぼうとしただけだぜ?」

華那と成実は揃って口を尖らせた。ブーブーとつまらなそうに頬を膨らませる。そんな華那の仕草が不覚にも可愛いと思ってしまった政宗だが(成実の存在は頭にない)、今はそれで話を逸らすわけにはいかない。華那だけだったらきいていたかもしれないが、成実もセットとなるときいてやりたくてもきけないのだ。

なんで成実のためにこのオレが動かなきゃならねーんだ!?

「はっはーんなるほど、そういうことか〜……」

しかしそこはいとこ同士というべきか、政宗の心情を察した成実はこっそりとほくそ笑む。付き合いが長い分、政宗の行動を読むことに関しては伊達組の中でも上位。一番は小十郎なわけだが、彼と決定的に違う点は、成実は学習するということを知らないということだった。後で酷い目に遭うわけなのだが、それでも彼は学習しない。

政宗が動かないのなら、動くしかないように仕向けるだけだ!

全てはこたつから出たくない故。しかし人間とは、ここぞという場面で悪知恵が働く生き物である。こたつで手を覆い隠し、ポケットに入っていた携帯を打つ。こたつの中での動作なので、政宗だけでなく華那からも成実が何をしているかわからない。

「華那、華那」

成実は小声で華那の名を呼び、政宗に隠すように携帯の画面を見せる。そこに書かれていた文は「おねだり」と、実に淡白且つ意味不明なことだった。が、華那はそれだけで成実が何を言いたいかを察し、小さく頷く。それを肯定の返事とみなした成実も小さく頷き返した。

「政宗〜」

普段からは想像できないような甘ったるい声で名を呼ばれ、政宗はびくっと肩を震わせる。明らかに何かあるとわかっていても、大好きな彼女にこんな声で名前を呼ばれれば嬉しいというもの。

「お願いがあるんだけど〜……みかんとっ」
「No!」

気のせいか、華那の周りにだけ吹雪いているように見えた。丸くてくりっとした瞳をさらに丸くさせ、口をあんぐりとさせている。そんなにショックだったのだろうか?

「酷いよ政宗、なんでみかんとってきてくれないの?」

こたつに顔を埋め、弱々しい声で小さく呟く。小刻みに肩が揺れているところを見ると、どうやら泣いているらしい。しゃっくりのような声も聞こえるから、嗚咽を漏らしているのかもしれない。が、政宗の鋭い目は騙されなかった。

「華那、嘘泣きはやめろ」
「チッ、バレたか」

先ほどまでの弱々しい声とは打って変わったふてぶてしい声。華那の嘘泣きをいともあっさり見破った政宗に、華那は頬をこれでもかというほど膨らませた。

「別にいいじゃんかー。みかんとってくるだけだよ?」
「悪ィがオレもこたつから出たくねーんだよ!」

―――知らぬ間に、政宗もこたつに寄生してしまったようである。

政宗はつまらまそうな表情を浮かべながら、ごろりと床に寝そべった。それにつられてか、華那と成実もごろりと床に寝そべる。しばらくはあーだこーだと喋っていた三人だったが、それも時間が経つにつれ段々と静かになっていき……。

「……………どうなってんだ?」

たまたま部屋の前を通った小十郎が足を止め小さく呟く。彼の視線の先にはこたつの中でぐっすりと寝ている三人がいた。そんな光景を見て昔を思い出したのか、小十郎はこっそりとしのび笑ったのだった。

完