短編 | ナノ

無人島を食べつくせ!

みなさんに質問です。貴方は今遭難して無人島に漂着しています。もし無人島に一つだけ持っていけるなら何を持っていきますか?

「私は断然調味料。一日でも長く色々な味を楽しみたいじゃない。食事が楽しければ無人島でも生きていけそうな気がする」
「俺は……大工道具? 大工道具があれば大抵の物が作れそうじゃん。住むところや食べ物を確保するにはやっぱり道具が必要だと思うわけ。道具を作るには大工道具があったほうが便利だと思うんだ」
「オレは華那だな。華那がいれば無人島でも退屈しねえ」
「却下! 私まで道連れにされてたまるもんですか。無人島で遭難するなら一人でしろ。第一、私は物じゃない」

最初から順に私、成実、政宗の答えがこれである。私の場合は食に重点を、成実の場合は住に重点を置いた答えだ。しかし政宗は違った。あろうことかこの私を無人島に持っていくとぬかしやがったのだ。それって遭難していない私まで一緒に遭難しろってことである。冗談じゃない。いくら恋人同士とはいえ、無人島で仲良く遭難生活なんて送りたくない。お願いだから一人で遭難していやがれ。

「そもそも政宗はなんで華那を持っていきたいんだ? いくら退屈しないからって言っても、遭難しているときに華那のバカな言動は逆にイライラすると思うよ?」

さり気なく失礼な発言をしやがった成実の頭に拳骨の制裁を加える。地面にめり込めと念じながら殴ったためか、成実の身長が数ミリへこんだような気がした。成実は頭を押さえながらのた打ち回っている。そんな彼を無視して政宗は口を開いた。私も成実を無視して政宗の話に耳を傾ける。

「無人島に二人きりってことは、華那とヤりたい放題ってことじゃねえか。日夜ヤりたい放題なんて男のromanだと思わねえか?」
「思うか!」

成実に続いて政宗の頭にも拳骨の制裁を加える。息の根を止めるつもりで殴ったせいか、政宗はうつ伏せに倒れたまま動かなくなった。わき腹を指で突くとピクッと動いた。まるで砂浜に打ち上げられた魚のようで、ちょっと面白いかも。

「でもさー……」

拳骨のダメージが回復した成実が呆れたような眼差しを私に向けながら口を開く。

「それってもしもっていう仮定の話だろ? 今する話じゃねえよな。今まさに無人島にいる俺達がする話じゃねえよな、オイ!」

私達三人が今いる場所は、だ。目の前にはどこまでも広がる青い海。後ろには鬱蒼と蔽い茂る木々。足元は真っ白な砂。これでもかというくらいベタすぎる島の海岸だった。そしてこの島には私達以外の人間はいない。何故ならここは無人島だからである。

「本当に無人島にいるからこそ、必要な物がわかると思うのよね。陸にいるときは聖書なんてつまらない答えを出しがちだけど、いざ本当に無人島に来てみると調味料や大工道具というように真面目に答えられたでしょ? 一部例外があったけど」
「なんでオレを見るんだよ」
「その理由がわかるまで私に近づかないで」

蔑むような冷たい視線を政宗にぶつける。だが政宗は本当に理由がわかっていないようで、不思議そうに目を細めていた。

「とにかく人生に一度あるかないかの無人島体験。折角だから楽しみたいじゃない」
「普通は楽しみたくないだろ!」
「寝るところはなんとかなると思うから、まずは食料の確保ね。それと脱出手段の確保。私と成実は食料の確保に専念するから、政宗は……なんか適当にやっといて」
「なんでオレは適当に、なんだよ! 華那と行動するのはオレの役目だろうが。だから代われ成実」

指を鳴らしながら成実に凄む政宗は、相変わらず怖い。だが私だって譲れないときがある。政宗が己の阿呆な発言に気づき、反省するまで彼に近づきたくない。だって無人島だからねココ。無人島で二人きりになったら何されるかわからないじゃない。

や、やりたい放題なんてぬかすような野獣と二人きりなんて嫌すぎる。それに比べて成実は安全だ。ないとは思うが、もしもの場合は力でねじ伏せることが可能だし。私は成実の首根っこを掴むと、政宗に捕まる前に成実を引き摺って森の奥へと進んだ。森の奥は木々に蔽われ太陽の光があまり差し込んでいない。さっきまでいた海岸と同じはずなのに、ここはまるで夜のようだった。鳥の鳴き声や木々の揺れる音が不気味に響き渡る。

「何か食べられそうな物はないかなー……。できればがっつり肉系」
「肉って動物を狩るしかねえじゃん。女子高生が狩りをする姿はさすがにちょっとなァ……」
「育ち盛りだからこそ肉を必要としているのよ……。と、これなんて食べられそうじゃない? 肉じゃないけれど」

私の足元にあるのは、赤い色をした可愛らしいキノコである。手を伸ばそうとすると成実は慌てて制止した。

「それはベニテングタケ! 毒キノコ!」
「毒キノコ? こんなに可愛いのに……じゃあこっちは?」
「そっちはオオワライタケ。手前に生えているのはクサウラベニタケで奥に生えているのはヒカゲシビレタケ! ってなんだよこの島。毒キノコだらけじゃねえか!」

成実の意外な特技? に私は目を疑った。成実は一目見ただけで毒キノコだと見破ったのである。これって実はけっこう凄いことなんじゃないかな。キノコの知識は全くない私からすればみんな同じように見えたのに。

「ねえ、さっきオオワライタケって言ったわよね? これを政宗に食べさせたらずっと笑っているのかな?」
「うーん、実際には顔が引きつって笑っているように見えるだけだしなー……。って何恐ろしいことをさらって言ってんだよ!」
「言っても聞かない子には実力行使も必要かなって思いまして」
「政宗か!? 政宗だな!? 政宗の変態発言をまだ根に持ってんだな!?」

私は首を縦に振ることで肯定の返事を返した。

「あーもー! 政宗はああいう奴だって華那だって知っているだろ。政宗のエロ発言をいちいち根に持っていたらキリないよ。ストレス死したくなかったら聞き流すこと。これが一番だよ」
「……やけにリアルねなるみちゃん。まさかそれってなるみちゃんが普段やっていること?」
「へ? ……あーあー! そ、そろそろ政宗のところへ帰ろうか。お腹も減ってきたしね、うん!」

明らかな動揺は見なかったことにしてやるのが優しさというものだろう。幸いここには政宗の姿はない。私と成実は数少ない「政宗に苦労させられ隊」のメンバーなのだから。森を抜け海岸に戻ってくると、政宗が魚釣りをしている最中だった。しかしまだ一匹も釣れていないのか、傍に置かれたバケツの中は空っぽである。

「An? なんだ、もう戻ってきたのか。「無人島に遭難ごっこ」はもうやめたのか?」
「まあね。お腹減ったから帰ってきた。あとこの島、毒キノコ多すぎ」
「ちゃんと食用もあったよ。華那が毒キノコばっかり見つけるからだろ」

無人島に遭難ごっこ。ごっこ、と付くからには当然お遊びなわけで。私達がいるこの島は、無人島は無人島でも、伊達家が所有する島の一つなのだ。だから島にはちゃんと電力が通っており、外部と連絡もちゃんととれる。当たり前だが別荘もあるよ。今頃別荘では小十郎や組の人達がせっせと食事の準備やら何やらで、忙しく働いていることだろう。本当は私達も働いていたんだけど、政宗の一言でこっそり抜け出し、サボりを決行したわけであった。別荘がある場所より反対側にいるので、決して広くない島でもそう簡単に見つからないと思う。

「でも今頃小十郎カンカンだろうな。お腹は減ったのに、別荘に帰りづらいんですけど……」
「こりゃ本当に遭難生活になるかもしれねえ」
「小十郎に見つかったら負けっつーgameか? 随分とおっかねえgameだな」
「ごはん抜きは避けられないかなァやっぱり。ああもう、おなか減ったよぉぉおおお!」

その後あまりにお腹が減ったのでこっそり別荘に帰ったんだけど、結局小十郎に見つかってしまい、その日は晩ごはん抜きになりましたとサ。

完