短編 | ナノ

少女の勇気と獣の理性

刻一刻と近づく政宗の誕生日。けどまだ何をプレゼントしようか決まっていない。何をあげたらいいかわからないからだ。どうせなら彼が一番欲しいものをプレゼントしたい。でも政宗が一番欲しいものって何だろう……?

「華那」
「何よ?」
「だから華那」
「何度も呼ばなくてもちゃんと聞こえているってば!」

政宗の欲しいものって何だろう? 数日考えても答えがでなかったので、ここは政宗の友達に聞くのがベストだろうと、佐助や元親を屋上に呼び出してみた。友達っていうと政宗を含め三人とも怪訝そうな顔をするかもしれないから、政宗の友達だから呼び出したってことは内緒にしておく。この場合幸村は的外れな答えを出してくれそうなので呼んでいない。

で、「政宗の欲しいものって何だろう?」と聞いた結果がこれだった。私の名前を連呼しなくても聞こえていると言っているにも関わらず、二人は私の名前を連呼し続けているのだ。

「そうじゃなくて、政宗の欲しいものが華那だって言ってんの」
「私が政宗の欲しいものォ!?」

そんな馬鹿な、というような表情をすると、二人は「いやいや」と首を大きく縦に振る。何を根拠にそこまで言い切るのか……。

「だって華那ってば、竜の旦那に我慢ばっかさせてんじゃん」
「我慢!? 私政宗に何も我慢させてなんか……!」
「いやさせてんだろ。オメー、まだ政宗とヤッてねえだろうが」

元親の言葉にギクリと体が強張った。無意識に足が一歩後退してしまう。どうしてそんなことを知っているのかという疑問もあるが、何よりそのことを他人にとやかく言われたくなかったからだ。そういう問題は当人同士の問題であり、決して人にとやかく言われてやるものではない。遅かろうが早かろうが、二人の気持ちが第一である。考えが古いと馬鹿にされても、こればかりは譲るつもりはない。

「わ、私だってやることはやっているわよ……多分」
「でもそれだってどうせキス止まりでしょ? 華那はそれで満足かもしれないけど、竜の旦那がそれで満足しているとは俺様思えないね」
「政宗の野郎はその先がしてェだろうな」

二人の責めるかのような視線に耐えかね、私は明後日の方向へ視線をそらした。二人は具体的なことは言っていないが、雰囲気というか目力というか……。そういった目に見えない何かで「政宗とやれ」と訴えかけてきているのだ。たしかに「政宗の一番欲しいもの」を聞いたのは私だ。でもだからってこんな答えを求めていたわけじゃない! 

今までそういう機会がなかったわけじゃない。何回かそういう雰囲気になりかけたときがあった。でもそのたびに政宗は最後までしようとはしなかった。きっと私が怯えたせいで、政宗は最後までしなかったんだと思う。別にそういうことに興味がないわけじゃないけれど、やっぱり怖いのだ。

「………もういい! あんた達に聞いたのが間違いだった!」

完全な人選ミスだったか……。これ以上聞いても同じだと判断した私は、二人に背を向け、屋上を後にする。後ろから非難の視線が突き刺さっているように思ったが、振り向いて確認するのはさすがにないと思い、視線を気にしつつも一度も振り返ることなく階段を下りていった。

政宗の友達が駄目なら、今度は身内に聞くだけだ。学校の帰り、私は伊達組の屋敷へと足を運んでいた。伊達組の人達なら今政宗が何を欲しがっているか知っているかもしれないという、淡い期待があった。もともと政宗の人柄に惚れている人達が多いから、日頃から政宗のことをよく見ているかもしれない。

「華那か。だが今政宗様は留守だが……上がって待っているか?」
「こんにちは、綱元。でも今日は政宗に会いに来たんじゃないんです。成実います?」
「成実か? ああ、奴なら今大部屋にいるぞ」

玄関で出迎えてくれたのは庭掃除をしていた綱元だった。もともと普段から着物を着用している彼なので、庭掃除をしている姿がやけに似合っているというか、ちょっとかっこよかった。顔も政宗に劣らず端正な顔立ちをしているので、女性が見たらクラッときちゃうんじゃないのかなと思ったり。綱元に言われたとおり大部屋に来てみると、成実だけではなく良直さん達までいたから少し驚いてしまった。みんなで何をワイワイやっているんだろう。ちょっと楽しそうじゃないか。

「あっ、華那! ナイスタイミング! これから華那を呼び出そうとしていたところなんだ」
「人をまるで悪魔を召喚するかのように言わないでよ。私も成実に用があってきたんだけど……。成実こそ私に何か用?」
「うん。ほら、もう少ししたら政宗の誕生日だろ? 一応プレゼントは用意したんだけど……。そこでちょっと華那に伊達組一同からお願いがあって」
「私も! 政宗の誕生日に何をあげたらいいか成実にアドバイスを貰おうと来たの」

どうやら私も成実も同じ要件だったらしい。何故か少しだけ気が楽になった。

「華那、これ着て政宗に迫ってくれ!」

そう言って成実が取り出したものは、私の目を疑うものだった。白と黒しか使われていないその服は、胸元には大きな黒いリボンが付いていた。ふわふわとしたフリルがいっぱいの黒のミニスカート。ちょっとしゃがむだけで見えちゃうんじゃないかってくらい際どい。そしてとどめは、レースの真っ白なエプロン。

「………なんでメイド服? しかも政宗に迫れってどういう誕生日プレゼントだ!?」

このメイド服自体が政宗への誕生日プレゼントだったらまだ笑えたのに。

「どうせなら政宗が一番欲しいものをあげたいなって話になってさ。政宗の一番欲しいものって言えば当然華那だろ? だったら政宗が喜びそうな服着た華那をプレゼントにしちゃえってことになった」
「なった、じゃない! みんな何当たり前のように政宗の欲しいものイコール私になっているの!?」

しまった。ここでも政宗の欲しいものは私という回答だった。これではわざわざここに着た意味がない。それどころかこんなメイド服まで用意され、逆に逃げ場がなくなったと言うべきかもしれない。友達も身内もみんな、政宗の欲しいものは口を揃えて私だって言う。その根拠は一体どこだ。

「おまけになんでメイド服なんてものをチョイスしてんのよ。政宗にそんな趣味あったっけ?」
「だって政宗ってドSだろ。メイド服着た華那を見たら、きっと征服欲が増してさらにノリ気になるんじゃねーかと……」
「ぐっ……!」

悔しいが、成実の言い分にも一理あると思わされてしまった。たしか以前チャイナ服とメイド服どっちがいいかって訊いたとき、なんかメイド服のほうに軍配が上がりかけた記憶がある。そのときの政宗は弱い獲物を見つけて活き活きしていた。肉食動物が草食動物を見つけた……ような。

「だから華那! これ着て政宗に迫ってみて! 何も最後までしろって言ってるんじゃないからさ。ただ折角の誕生日だし、普段絶対政宗のほうが華那に迫っていると思うし。だから今日くらい華那から迫ってもバチは当たらないかと……」

「お願いしやす!」とみんなから頭を下げられたら、私が折れるしかないだろう。すごく抵抗があったが政宗の誕生日のためと必死に自分に言い聞かせ、成実からメイド服を受け取ったのだった。

九月五日。政宗の誕生日がついにやってきた。幸い今日は日曜日で、政宗は朝から用事があるとかで小十郎と出かけている。その隙にと私は伊達組の屋敷へ訪れ、成実に渡されたメイド服を着て見せた。みんあは「おおー!」や「似合ってるっす!」などという好感触の反応をしてくれたが、私の気はいっこうに晴れない。むしろ気が重くなってくるばかりだ。時計の針を見ては、針が一秒進むたびに気持ちが沈んでいる。

「そろそろ政宗達が帰ってくると思うから華那は政宗の部屋で待機してて。あ、小十郎は今日の計画知っているから心配しないで」
「小十郎にも話してたの!?」

何故か小十郎に知られていたという事実だけで顔から火が出そうになった。しかも話した上で何も起きていないってことは、この計画に小十郎が賛成の意を見せたってことになる。嫌だ、冗談じゃない。主がいない部屋でそんなことを悶々と考えていた。じっとしていることができずに、同じ場所でぐるぐる回ってみたり、立ったり座ったりを繰り返していたときだ。部屋のドアノブが回る音で、私はハッとドアを見つめる。か、帰ってきたーーー!!

「……お、帰りなさいませ、ご主人様……!」

あらかじめ言うように言われていたセリフを言って、頭を下げる。成実の野郎、服を着るだけではなく、政宗が帰ってきたら「お帰りなさいませご主人様」と言うように言っていたのだ。何だこのあいさつは。言うだけで恥ずかしいじゃない! しかしいつまで経っても政宗の反応が返ってこない。怪訝に思った私は頭を上げて政宗の表情を窺った。政宗の表情はなんというか……とても表現に困るものだった。表情がないというか、呆気にとられているというか……。普段なかなかお目にかかれないマヌケな表情につられて私も目を丸くさせた。もしかしなくてもやっぱり似合ってなかったのかな……? こんなふわふわとした服が似合うのは私じゃなくて、どちらかというと遥奈だと思う。外面だけはいいから、きっとこれぞメイドさんっていうくらい似合っていると思うのだ。

「ま、政宗……!? そろそろ反応してくれないと私も困るんだけど」
「あ、ああ……悪ィ。まさか華那がそんな格好でいるとは思ってなかったからよ」
「政宗、今日誕生日でしょ? だからみんなからのプレゼントとして私が選ばれました……のかな?」

結果的に佐助と元親、それに伊達組の人達。みんなが言ったプレゼントは「私」だったのだ。プレゼントは私っていうフレーズを聞くけど、まさか本当にやる日がくるなんて思ってもなかった。これを平然にやる人の心情がわからない。こんな恥ずかしいことをシラフでできるなんて本当にすごいと思う。

「華那がpresentってことはわかった。……それで具体的には何をしてくれんだ?」
「私でできる範囲のことならなんでも……。今日は誕生日だから、頑張ります」
「へえ……」

ヒュウっと口笛を吹きながら、政宗は面白いものでも見つけたように表情を活き活きさせ始めた。やっぱり成実の言っていたとおり、Sのスイッチが入っちゃったのかもしれない。もともと逃げるつもりはなかったけど、いざ目の当たりにすると逃げたくなってきた。

「なんでも、ねえ……何をしてもらおうか?」

左手でグイっと私の腰を掴み、右手を私の顎に添える。いつもならここで鉄拳制裁を食らわすところだが、今日だけは我慢するのよ……と自分に言い聞かせる。体が無意識に拳を握ろうとしているからちょっと複雑な気分だった。何か、何か他のことを考えて気を紛らわさそう。

だから華那! これ着て政宗に迫ってみて! 何も最後までしろって言ってるんじゃないからさ。ただ折角の誕生日だし、普段絶対政宗のほうが華那に迫っていると思うし。だから今日くらい華那から迫ってもバチは当たらないかと……。少し前成実が言ったことが脳裏に過った。たしかにいつもそういう雰囲気にもっていくのは政宗のほうだ。私はその流れに乗っかっているだけ。恥ずかしいけれど別にこういう雰囲気は嫌いじゃない。愛されていると実感できる時間だ。されるとむしろ嬉しい。ということは政宗もされると嬉しいのかな。

……先ほどとは別の意味で拳をグッと握りしめた。政宗の両頬に手を添えると、政宗の動きが不自然に止まった。ちょっと戸惑っているのか、少し掠れた声で「華那?」と名前を呼ぶ。私は少しだけ背伸びして、政宗の唇に自分の唇をそっと押し当てた。今の私にはこれが精一杯で、みんなが言うその先はできないけれど。それでも、このキスにありったけの好きという気持ちを詰めたのだ。

「………大好き」

唇を離した合間に囁いた言葉。恥ずかしくて死んじゃいそうになり、言い逃げと言わんばかりにすぐさま俯いた。恥ずかしくて政宗の顔をまともに見ることができない。なんでこんな恥ずかしい思いをしなくちゃいけないのよ。やっぱり成実の野郎はあとで鉄拳制裁だ!

「………華那」
「な、何……!?」

顔を上げるのは恥ずかしい。でも呼ばれたからには返事をしなくちゃいけない。俯き加減でちらりと見上げると、政宗と辛うじて視線が交わる。

「………お前、その顔反則」
「反則な顔ってどんな顔なの……?」
「―――食べてくださいって言わんばかりの顔をしている華那が悪い」

本当に一瞬だった。ふわりと体が浮いたと思ったら、背中に柔らかい感触が伝わっていく。動こうにも政宗が覆い被さっていて身動き一つとることができずにいた。背中から伝わってくる柔らかい感触が、政宗のベッドのものだと理解するのに数秒かかってしまうくらい、私の思考は停止していたらしい。

「で、本当にこのまま食べちまっていいのか?」
「それは……」

こういう展開を覚悟していないわけじゃなかった。でもやっぱりいざこうなると―――怖い。私の一瞬の表情の変化を見逃さなかったのか、政宗は少し目を細めたあとフッと柔らかい笑みを浮かべた。

「Jokeだよ。今日は屋敷中が聞き耳立ててそうだから、残念だがまたの機会に華那を頂くことにするぜ」
「き、聞き耳って……!」
「どうせ成実あたりに唆されたんだろうが。だとすると今頃doorの外で聞き耳立ててそうだしな。華那の啼き声を他の野郎に聞かせてたまるかってんだ」

そう言って政宗は私の目元や鼻、頬などにキスを落としていく。政宗の髪が顔に当たってこそばゆい。我慢できずについ声が漏れてしまう。

「一日中こうしてるっつーのもなかなかいいもんかもしれねえな……」
「い、いいの……? こうしているだけで?」
「Ah? 惚れた女に一日中くっついていられるんだぜ。いいに決まってんだろうが」

もしかして……また我慢させちゃったのかな?

「我慢なんかしてねえって言ったら嘘になるが、それでもオレは華那がその気になるまで待ってるつもりだ。待つってオレが勝手に決めたことだ。華那が気にする必要はねえんだよ」
「政宗、ありがとう……。それでね、お誕生日おめでとう……」

来年もその先もずっと、おめでとうって言えたらいいなって言ったら、「不意打ちは卑怯だろ」と、政宗は少し恥ずかしそうに呟いて、今度は噛みつくような激しいキスの嵐が舞い降りたのだった。

完