短編 | ナノ

花火は人に向けてはいけません

蒸し暑い夏の夜。外はもう真っ暗だというのに、外が暑いせいなのか蝉の鳴き声が聞こえている。昼間聞こえてくる蝉の鳴き声は暑苦しく感じるのに、夜に聞く鳴き声はあまり鬱陶しく思えないから実に不思議だ。

暑いといっても昼間ほど暑くないから? 何気なくそんなことを考えていたら、こんな時間だというのにインターホンが鳴り出した。ただでさえうちに誰かが来るなんてこと珍しいのに、加えてこんな夜遅くに、である。訝しげに思いつつも、私は玄関のドアを開けた。

「なんだ政宗か……ってなんでそんな怖い顔してるのよ?」

ドアを開けたら、すっごく不機嫌そうな顔をしている政宗がいた。不機嫌というか……怒っていないかコレ。こんな時間に一体何の用かと思いつつも、政宗の表情があまりにも怖くてドアを開けるんじゃなかったと後悔した。可能ならいますぐ閉めたい。

「お前なァ……今ろくに確認もしねェでdoor開けただろ?」
「うん。何よ……何か拙かった?」

ぽかんとしながら訊き返すと、政宗は盛大な溜息をついた。「わかってねぇなこのバカ」っていう顔をしている。口では直接言わない分、腹が立つ度合いも大きいのだ。

「オレだったから良かったものの、もしこれがヤバイ奴だったらどうするつもりだったんだ?」
「ヤバイ奴って……?」
「例えばそうだな……若い女なら誰でもイイっつー変態とか」

そう言いつつ、政宗は私の胸元にそっと指を這わした。私の身体がビクッと跳ねる。しまった、薄いキャミ姿でドアを開けるんじゃなかった。せめて一枚羽織ってから出るんだったって思っても……もう遅い。

「今の世の中何があるかわからねえんだ。これからはdoorを開ける前に必ず誰か確かめてから開けるようにしろ、いいな?」
「……そんなお説教とセクハラをするためにわざわざうちに来たの?」

だったらなんていうか……すごい暇人よね。そう言ったら、政宗は渋い表情を浮かべた。

「そんなわけねえだろ。いくらオレでもンな用事で来るか」
「じゃあ何しに来たのよ。こんな夜遅くにさ」
「夜遅くって……まだ九時くらいだぜ? いいから今すぐ屋敷に来い」

私に背中を向けて、早くも一人で行ってしまいそうな政宗に「何するの?」と声をかけた。すると彼は首だけを動かし私のほうへと振り向くと、イタズラを仕掛けた子供のような笑みを浮かべながらこう言った。

「―――花火をするんだとよ」

***

政宗の屋敷の庭には、伊達組のみなさんが勢揃いしていた。辺りにはダンボールに入った花火が大量に用意されていて、早くも手持ち花火で盛り上がっている。辺りは色々な色の火が噴水のように舞い上がっていた。おかげで夜だというのに明るくて、足元もちゃんと見えている。花火は人に向けちゃいけませんっていう教えも、この人達にかかれば意味を成さなかった。みんな笑いながら誰かに花火を向けている。危なくないのかな?

「おーい政宗、華那! 何してんだよ。お前らも早く始めろよなー」
「政宗様もどうですか、お一つ」
「成実! 小十郎も!」

少し離れた場所から成実が両手を大きく振っていた。その手には勿論花火が握られている。幸いまだ火を点けていないので、ブンブン振り回しても大丈夫である。私達が成実の傍に歩み寄ると、彼から花火が沢山詰まったダンボール箱を差し出された。

「……ねえ、花火をしようって成実が言い出したって政宗から聞いたんだけど」
「うん。夏といえば一回くらいはやっておきたいものでしょ。みんなにやろうって言ったらノリ気になってくれたからサー。でも野郎ばっかで面白くないって政宗が言い出して……」
「じゃあ華那さんを呼んだらどうですかって俺が言ったンすよ」
「良直さん!」

じゃあ私が花火に参加できたのは良直さんのおかげってことなのか。政宗の野郎ばっかで面白くないっていう発言には引っかかるがこの際無視。だって伊達組なんて野郎の集まりみたいなもので、普段から女ッ気なんてないじゃない。ではもし良直さんが私を呼ぼうって言ってくれなかったらどうなっていた? 見知らぬナイスバディなイケイケお姉さんを呼んじゃっていたかも……!?

「Hey なに失礼な想像をしてるんだ華那?」
「うわっは!? き、気のせいですよそんな想像していませーん……」

と言いつつも政宗の目を見ることができず、私は近くにいた孫兵衛さんをじっと見つめていた。孫兵衛さんはシャクシャクとスイカを食べている最中だ。いきなり私にガン見されたものだから、何事かと目を丸くさせている。目を丸くさせていてもスイカを食べる口元は動きっぱなしだった。

「華那、貴様もさっさと花火を始めたらどうだ?」

と、綱元に促されてしまったので、何かいいものはないものかとダンボール箱をゴソゴソ漁ってみる。手持ち花火といってもその種類は実に沢山だ。私が知っているものだけでも軽く五種類はある。そこにハイカラなものをプラスしていくと、一見地味と思われがちな手持ち花火もそれなりに楽しめてしまうのだ。

「あ、私コレがいい!」

ゴソゴソと漁った結果私が選んだ花火は連射花火と呼ばれるものである。小さな火の玉が十〜二十メートル位の高さに連続で打ち上がるという代物だ。これには台付と手筒の二種類があり、ダンボール箱に入っていたものは手筒タイプのものである。

「なあ政宗。あれって確か乱玉……だよな?」
「ある意味一番華那に持たせちゃいけねえ花火なんだが……。華那が普通に使えば問題はねえ。が、もしオレが思う使い方をするのであれば少々問題だな」
「一体どんな想像をしているんですかい、筆頭?」
「良直は知らないのか? ま……見ていればわかるだろうぜ」
「なにコソコソ話してるのー? あ、早く火ィ点けてくださいねー」

何を話しているのか聞こえないから、何を言われているのか気になって気分が悪い。というわけで私は近くにいた佐馬助さんと文七郎さんを捕まえ、火を点けてもらうことにした。二人は快く引き受けてくれたらしく、文七郎さんが持っていたチャッカマンで花火に火をつけてもらう。本来ならこの連射花火というものは空に向けて放つものなのだが、それではありきたりすぎて私が面白くない。チラリと政宗を見る。すると彼はギクリと顔を強張らせ、「やっぱりな……」的な表情を浮かべた。政宗の表情に気づいた成実も、ビクリと肩を震わせる。そして―――。

「み、みんな逃げろー!」

という成実の悲鳴を合図に、私は持っていた連射花火を政宗達の方へと向ける。と同時に、連射花火から一つ、火の玉が飛び出した。政宗達はとっくにその場から離れていたので当然無事だ。しかしだからといって政宗の怒りが晴れたわけでもない。私はターゲットを政宗に絞り、逃げる彼に向かって花火を向け続けた。その間も小さな火の玉が連続で飛び出し続けている。

「Shit! Hey 小十郎!」
「承知!」

な、名前を呼ばれただけで政宗の言いたいことがわかっちゃったのか小十郎!? 小十郎は花火を一つ、政宗に向かって投げた。政宗はそれを上手くキャッチすると、ポケットからジッポライターを取り出し、慣れた手つきで火を点ける。政宗が持っていた花火は私と同じ連射花火だった。丁度私の花火はこれ以上は無理ですといわんばかりに沈黙してしまった。政宗はニヒルな笑みを浮かべながら、私に向かって花火を向けたではないか。拙い。形勢逆転だー!

「覚悟しな華那。たっぷりと可愛がってやるからよォ……!」
「ノ、ノーサンキュー!」

伊達組の夏の夜はとっても平和です。

完