短編 | ナノ

真夏のある日

ミーンミーンと蝉が五月蝿い道を成実は黙々と歩いていた。太陽がじりじりとコンクリートで出来た道を熱していく。上から太陽の光が燦々と降り注ぎ、下からは熱くなったコンクリが身体中の水分を奪っていた。

暑い、夏だから暑いのは当たり前だけど、今日は暑すぎる。これで華那が家にいなかったら、何のためにこの暑い中歩いているわけ、俺ってば!

あまりにヒマだったので屋敷でゴロゴロしていたら、小十郎に怒られこうして外に出てみたものの、行く当てもない所持金も少ない今、何をしたらいいのかいまいちよくわからない。こうも暑くてはフラフラ歩くこともできず、一刻も早く涼しい場所に入りたい衝動に駆られていた。

ここから一番近いのは華那の家。なら華那の家に行って涼ましてもらおうというのが、今の成実が考えていたことである。ただアポなしなので華那が家にいるという保障もない。もしこれで留守だったらただの体力の無駄遣いで事が終わってしまう。期待と不安が混じる複雑な心境で、成実は華那の家のチャイムを押した。少し経ってからもう一度押してみる。

「はーい、どちらさまですかーと……」

あ、よかった。華那の声が聞こえたので成実は安堵した。しかしその安堵も束の間、中から現れた華那の姿に成実は戦慄を覚えた。成実の前に現れた華那の右手には出刃包丁が握られていたのである。普通の大きさのものならまだしも、出刃包丁を持っている女子高生はなんか怖い。加えて華那は満面の笑みを浮かべている。普通じゃない。特に華那が出刃包丁を持っているだけで一種のホラーである。

華那じゃなければまだマシだったかもしれないものを……! つかなんで真っ昼間から出刃包丁持ってんだよ。何やってたんだよ華那!

「―――失礼しました」

言うが早いか成実は短くお辞儀をすると、そのまま反転し猛スピードで華那の家を後にした。その間一切後ろを振り向くことはなかった。ただ前だけを見て全力疾走である。そんな彼の後ろでは、出刃包丁を持った華那がきょとんと首を傾げていた。

***

すぐ傍の角を曲がるなり成実は塀に背中を預け、荒い息を整えていた。暑い中を走ったのに、走っていた最中はあまり暑さを感じていなかったようだ。走っていた最中は恐怖で感覚がなかったらしい。

「……ンなとこで何やってんだ、オメーは……」
「ま、政宗!」

呆れ顔をしている政宗と目が合うなり、成実は政宗に飛びついた。政宗は成実が屋敷を出る前から出かけていたので、今はおそらくその帰りだろう。お互いこんなところで会うなんて思ってもいなかった。大方政宗はこれから華那の家に遊びに行くつもりでいるのだろうが。

「野郎に引っ付かれても嬉かねえんだよ! 余計に暑いだけだろうが!」
「ぎゃふ!?」

手加減なしのパンチをまともに食らった成実は、殴られた反動で塀に背中をぶつけてしまう。太陽の熱で十分に熱したコンクリの塀は触れるだけで凶器と化していた。背中だけこんがり焼けたのではという錯覚さえ覚えたほどだ。今ちょっとだけ鉄板の上で焼かれる肉の気持ちがわかったような気がする……。

「で、こんなとこで何やってんだって訊いてんだよ」
「そうだった! 華那が……華那が!」
「………華那がどうかしたのか!?」

一瞬政宗の表情に緊張が走ったが、成実の説明を聞くと呆れて何も言えなくなってしまった。要は華那が出刃包丁を持っていたというだけの話なのだが、成実の様子を見るなり凶悪な何かが凶器を振り回していたと言わんばかりの話し方である。よほど華那が出刃包丁を持っている姿が恐ろしかったのであろうか。

「華那だって料理をするんだぜ? 出刃包丁の一丁や二丁持っていてもおかしくねえだろ」
「いや、出刃包丁を二つも持っていたらおかしいから! 包丁の二刀流って物騒だろ!」
「バーカ、物の例えだろうが。とにかく華那の家に行くぞ、話はそれからだ」

政宗は躊躇せず華那の家のチャイムを鳴らす。彼の背後では成実が何か呟いているが、政宗は華麗にスルーしていた。しばらくせずとも華那は政宗達の前に現れ、成実の姿を見るや彼女はさっきはどうしたのかと彼に問い詰める。

「よくもまァ白昼堂々ピンポンダッシュしてくれたわね成実」
「悪かったって! でもしょうがねえじゃん、華那が出刃包丁を持って現れたんだから。普通そんな物騒な物を持ったまま出るか!?」
「成実が言うにはその姿が凶暴な何かに見えたらしいぜ」
「人を凶悪犯みたいに言わないでよ!」

そもそもどうして出刃包丁を持っていたのか。政宗が訊ねると華那はあっけらかんとした声で、「でかいものを切るには出刃包丁のほうがラクでしょ?」と言い捨てた。

「でかいものって何さ?」
「すいかだよ、すいか!」
「すいかぁ〜……?」
「うん。お隣のおばさんに一玉頂いたの。田舎から沢山送ってきたからどうぞって」

冷蔵庫で冷やしていたので、丁度今が食べ頃らしい。華那が意気揚々とすいかを切ろうとしたとき、タイミング悪く成実がチャイムを鳴らしたというオチである。

「丁度良かった。私一人じゃ食べ切れなくて困っていたの。二人とも食べていって!」
「ラッキー。暑い日にはやっぱすいかだよな〜」
「華那、オレのやつは大きめに切ってくれよ」
「はいはい、好きなだけ食べていいよ。だから早くうちに入って、ここじゃ暑いもの」

相変わらず外では蝉が大合唱し続けている。さっきまでは五月蝿いと思っていた鳴き声も、すいかを食べながらだとそれほど五月蝿いとは思わないかも、と都合の良いことを考え始めていた成実であった。

完