短編 | ナノ

だってそれが男のロマン

蝉の鳴き声が暑苦しく、風鈴の音色が涼しげな夏真っ盛りな今。私達高校生は先日より夏休みという恩恵を学校側から授かり、クーラーの効いた自宅で毎日ゴロゴロ過ごしております。少し夏バテ気味なのか食事が喉を通らず、ついつい素麺や冷麺などといった冷たい物を食べてしまいます。いけませんね、無理してでもガッツリした物を食べないと。でも今日は大丈夫です。今日はガッツリとした物を沢山食べる予定なんです。だって政宗に夏祭りに誘われちゃったんですもの!

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お祭りという響きだけで食欲が湧いてくるのはなんでだろう。焼きそば焼きとうもろこしたこ焼きカキ氷綿菓子たこ煎焼き鳥エトセトラ。想像しただけでもうっとりしちゃう。……十代の乙女だからこそガッツリ食べるのよ、文句ある? 歳をとると逆に食欲が湧かなくなるんだからね。食べられるときに食べておかないと。

政宗に夏祭りに行かないかって誘われたときは、正直びっくりしちゃったんだ。だって政宗がお祭りって柄に見える? どう考えても似合わないでしょう。むしろああいった人混みを嫌いそうじゃない。時計を見ると、約束の時間まで一時間ちょっとだった。いつもの格好で行く予定だったけれど、未だに私は浴衣を着ていこうか迷っている。折角のお祭りデートだし、浴衣を着て政宗を驚かせてみたいと思う。

でも一人で浴衣が着られるかどうか不安だった。たしか一人で浴衣を着たことが……なかったと思うんだよね。小さい頃はお母さんに着せてもらっていたし、一人暮らしを始めてから浴衣なんて一度も着ていなかったし……。でも浴衣を着て政宗を驚かせたい。んでもって似合うの一言くらい言ってほしい。もう一度時計に目をやると、約束の時間まであと五十五分だった。

ギリギリで間に合う……か? 私は意を決して、タンスの奥から綺麗に畳まれた浴衣を取り出したのであった。

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「ええと……まず浴衣を羽織って、両方の衿先と背縫いを持ち、背中の中心と浴衣の 中心を合わせる……と」

お母さんの本棚を漁り、見つけたのが、浴衣の着付け方が記されたこの本だった。本があったら私にも着れるだろうと思い、チャレンジしてみることにしてみたのだが、これがやっぱり難しい。

「中心がそろったら裾を持ち上げ、くるぶしが隠れる位の位置に裾丈をあわせ、上前の幅を合わせる。上前がずれないように注意しながら開き、下前を巻き込む。下前のつま先は裾の線より少し上げて巻く……!?」

その本は写真付きなのでどういう状態になるか目でわかるためわかりやすいのだが、何度やっても本の通りにならないのは何故だろう。裾を上げて前を整えようとすると、必ずといっていいくらい綺麗にならないのだ。押さえつけていても片方に意識を取られ、もう片方がたるみがちになってしまう。

「ぐえ……くるし、キツく結びすぎたかも……?」

何度も同じ箇所で失敗していると段々嫌気が差してくるね。こんな簡単なこともできないのかと、自分が嫌になってくる。しかし助けてくれる人はいないんだぞ華那! となんとか自分に言い聞かせ、諦めることなくやっていると段々コツが掴めてきた。何度失敗したかわからないが、ようやくそれらしい形になったぞ。幸い帯の後ろの結びは予めできているやつを差し込むタイプなので、帯さえちゃんと締めることができれば完成である。

「や、やっと着れたよ〜……」

鏡の前に立ち、自分の浴衣姿に満足する。細かく見れば駄目なところもあるかもしれないが、初心者にしては十分な出来だろうと自画自賛しちゃった。パッと見るとどこからどう見ても浴衣のソレである。

「さ〜てこれで政宗を驚かすことができ……」

言いつつ時計に目をやり、私は絶句した。約束の時間はとっくに過ぎていたのだ。今の時点で十分の遅刻だ。ここから神社まで急いだら二十分とかからないが、浴衣を着ているとなるともっとかかってしまう可能性が高い。下駄って痛いじゃん、ねえ? じゃなくて、慌ててケータイを見ると政宗から何度も着信があったらしく、着信履歴は彼の名前でぎっしり埋まっている。心配かけないようにメールで現状を伝え、私は急いで玄関を飛び出した。

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「遅ェ!」
「……か、返す言葉もございません」
「いつまで経っても来ねえから心配しただろうが」

待ち合わせ場所は神社の鳥居下。浴衣で走れる精一杯の速さでそこに着いたとき、彼はおもいっきり不機嫌な顔でこっちを睨んでいた。周りの人達がそこだけを避けて歩いているせいで、妙な空洞ができている。きっと政宗が怖かったんだろうね。

「ったく……なんで遅刻したんだ?」
「そ、それはこのとおり浴衣を着るのに手間取ってしまいまして」

私は浴衣の袖をヒラヒラと靡かせ、浴衣を着ているのよとアピールする。すると政宗もようやく私が浴衣を着ていることに気づいたらしく、さっきまでの不機嫌オーラが若干弱くなっていった。ただその目は見惚れているというより、珍しいものを見るようなそれに近い。その珍しい動物を見るかのような目つきに、私は言いようがない屈辱感を覚えた。慣れない物は着るな、そう言いたいのかしら?

「へぇ……いいじゃねえか。似合ってる」
「…………!?」

い、いまなんと? 似合ってるって、似合ってるって言ったんだよね。ストレートに似合っているなんて言ってくれると思っていなかったから、逆に私のほうが恥ずかしくなってきた。似合っていると言って欲しかったけれど、どうせ政宗のことだから憎まれ口を叩くと予想していたのだ。

「浴衣って楽でいいんだよな。オレ的にも大助かりだし、何より色気がある」
「な、何が楽で大助かりなの……?」

政宗の笑顔に私の顔が引き攣る。妙に似合わない爽やかな笑みを浮かべられると、普段を知る者としてはドン引きだ。失礼な話だが全身から悪寒がする。

「浴衣って帯を外すだけで簡単に脱がせることができるだろ? おまけに全部脱がすより少しはだけた具合が妙に色っぽいんだよな。一度に二度美味しいだろうが」
「ゆ、浴衣を穢すな変態!」

大勢の人が行き交う中、私の変態発言がオレンジ色の空に響き渡ったのだった。

完