短編 | ナノ

お誕生日ヴェンデッタ

夏の暑さがいよいよ厳しさを増す中、彼女は突然やってきた。

「あのさ……いきなりうちに押し掛けてきて一体何の用、華那?」 

伊達の屋敷に我が物顔で押し掛けてきたのは、言わずと知れた華那である。屋敷に現れた彼女はそれはそれは爽やかな笑顔を浮かべていた。ここまで爽やかだと逆に何か裏があるのではないかと警戒してしまう。笑顔の華那とは対照的に、成実は早くも冷や汗が止まらないでいた。

「気のせいかなー、その笑顔の裏には威圧感というか、有無を言わせぬ迫力が感じられるんだけど。華那の背後にゴゴゴゴゴっていう文字すら見えてきたよ俺」

華那の見えない威圧感からか、何も言われていないのにも関わらず、成実は背筋をピンと伸ばして正座をしていた。何故だろう、そうしなくてはいけないと思わされる何かがあった。そのことに華那が気づいているのかいないのかは微妙だが、彼女は成実の言葉を無視して話を進めていく。

「さて、もうすぐ政宗の誕生日なわけですが。今年はどんなお祝いをしようか決めかねています。そこで成実に質問です。何か良い案はないですか? もしないとかぬかしやがったら殴りますのであしからず」
「俺の質問はスルーかよ! つか笑顔で指をボキボキ鳴らすな、余計に怖いんだよ!」
「はーい、まずは一発っ!」

華那は見ているこっちが清々しい気持ちにさせられるような笑顔で、成実の右頬を殴った。成実の首が勢いよく右へぶれた。

「ゴフッ!? 殴った、この女マジで殴った。マジで俺の右頬殴った、しかもグーで。女なら普通そこはビンタだろ!?」
「ごめん、ビンタのほうがよかった? じゃあ気を取り直してもう一回っ!」

申し訳なさそうな表情を浮かべたと思った途端、華那は成実の左頬にビンタを一発お見舞いした。成実の首が勢いよく左へぶれた。

「あべしっ!? ……だからってなんでもう一回やる必要性がある!? しかも今度はビンタ!」
「え、だってなんか物足りなさそうな顔をしていたから、つい……。ごめんごめん」

全く悪びれる様子のない華那に成実は口を尖らせた。結局両頬殴られる羽目になった成実は、両頬をすりすりと労りながら擦る。

「笑いながらとは随分と軽いごめんだな……! お前全く反省してねえだろ? あわよくばもう一回やろうとか考えてるだろ?」
「やだ、なんで私の考えていることがわかったの? もしかして成実ってエスパー?」
「誰だってわかるわい!」

わざとらしい華那の驚き方が逆に成実を苛つかせる。

「まあそれはそれ、これはこれとして……話を元に戻してもいい?
「俺が話を脱線させたかのように話をすり替えてねえか? ……多分気のせいじゃねえよな。ああ、もういいよ。これじゃあいつまでたっても話が前に進まないし、なにより俺の身がもたない」
「なに、そのもうどうにでもなれっていう投げやりな態度」

すっかり投げやりな態度で接する成実に華那は不思議そうに眉を顰めた。

「誰のせいだと思ってんだよ。で、政宗の誕生日祝いが何だって?」
「うん、もうすぐ政宗の誕生日でしょ? 毎年お祝いしているせいで、そろそろネタが尽きそうなのよ。で、成実の意見を聞こうと思って。何か良い案ない?」
「お祝いねえ……。果たしてあれがお祝いって言えるのか微妙だけど。……華那のプレゼントはプレゼントじゃなかったじゃん。去年何をあげたか覚えてる?」

成実の脳裏に去年の誕生日の惨状が過った。インパクトが強すぎて忘れようにも忘れられない。悪い意味で最悪だった。あの日ばかりは政宗に心底同情したものだ。が、そのプレゼントをあげた張本人の華那は成実が言わんとしていることを理解していない様子だった。つまり、罪悪感は皆無ということである。

「去年……何あげたっけ? えーとたしか……そう、手作りケーキ! 華那ちゃん特製の手作りケーキをあげたんだった」
「そう、おでんで作った手作りケーキ! あのときの政宗の表情は忘れようがないよ。大好きな華那の手作りケーキだっつって、柄にもなく浮かれちゃってさ。ワクワクしながら箱を開けたら、中から現れたのはよりにもよっておでん!」

ケーキは私が用意するから任せて! 伊達組で政宗の誕生日を祝おうという話になって、華那がケーキは自分で作りたいと申し出た。それなりに料理はできる彼女なので、小十郎を始め誰も異論はなかった。当日までどんなケーキを作ったのか教えてくれず、どれだけ訊いても当日までの秘密と言ってはぐらかされたものである。その結果がこの世のものとは思えないおでんケーキという、お前本当に祝う気があるのかと疑問に思う代物だった。

「あのときの政宗の顔、ホントに面白かったよね〜。あんな顔見たことなかったもん。……あの怯えた、絶望に満ちた顔……フフッ、思い出しただけでゾクゾクしてきた」

そう呟く華那の顔はまさにドSの笑みだった。さすがというべきか、こういうところはいつも一緒にいる彼氏の影響だろうか。

「仮にも政宗は華那の彼氏だろ!? 普通彼氏の誕生日に嫌がらせとしか思えない物をチョイスするか!?」
「えー……だってそのほうが面白そうだったんだもん」
「だもん。じゃねぇだろ!」

珍しく本気で怒鳴っている成実に華那は肩を竦めた。

「我ながらなかなかの出来栄えだったんだけどな。クリームにはおでんの汁の味をつけて、大根と玉子とちくわぶを中のフルーツの代わりにして、三色団子をイチゴの代わりにしてさ。見た目は全体的に茶色だったけど、おでんは二日ほどしみ込ませたから味には自信があったんだよ」
「やっぱケーキじゃねえじゃん。それはただのおでん!」
「ちゃんとロウソクは年の数だけ立てたよ?」
「そういう問題じゃねええええ! くっそ…ハァ…ハァ……息切れしてきた」

天然なのかそれともわざとなのかわからない華那の言動に対するツッコミは荷が重い。そう思うと政宗はやっぱり凄いと思わされる。彼女の言動に振り回されながらも上手く捌いているのは彼だけだ。

「おでんケーキは去年やっちゃったからなァ。今年はそれ以上のインパクトがあるやつをやりたいの。何か良い案ない? 成実だって普段政宗に散々殴られてるわけだし、仕返しするには良い機会だよ?」
「仕返しっつったな。やっぱあのおでんケーキはただの嫌がらせだったんじゃん。彼氏の誕生日になにトラウマ植えつけちゃってんの!?」
「普段やられている分、こういうときにこそお返しするべきでしょ。やられっぱなしは私の性分に合わないもの。政宗もたまには痛い目を見ればいいのよ」

確かに華那は俺様な性格をしている政宗に振り回され、スキンシップという名のセクハラを受けている。見ていてたまに同情することもあるにはあるが……。

「なあ華那、華那は政宗のことが好き……なんだよな?」
「なんで疑問形? 大好きにきまってるじゃない」
「ならば何故嫌がらせをする!?」
「それはそれ、これはこれだからだよ。だって政宗ってばわたしが嫌がることばかりしてくるんだもん。反撃しようにもいつもヒラリと避けられちゃうから、こういうときしかひと泡吹かせられないのよ」
「そのせいで政宗の野郎が怯えてんだよ。今年ももしかしたらって柄にもなく怯えてんだよっ! おかげで俺が誕生日の話を持ち出すたびに一瞬ビクッてなってんだよ! おまけになんかわけわかんねえこと呟いてたし! おでんの百鬼夜行とか、おでん四天王とか!」

誕生日プレゼントのリサーチを試みようと政宗に欲しい物はないかと訊ねたときだった。誕生日というキーワードを出した途端、彼はどこか怯えたような表情を浮かべたのである。そして呟いたことはおでんの悪夢。去年の誕生日に華那が作ったおでんケーキのせいで、おでんの悪夢を見るようになってしまったのだ。どんな夢なのかと訊いたら、ひたすら襲いかかるおでんと戦っているという内容だ。

「いいじゃない。ドキドキしながらプレゼントの箱を開けられるよ。今年はどんな不思議なプレゼントなのかって、期待で胸を膨らませることができるなんて素敵じゃない」
「そのドキドキは絶対に違う! プレゼントにそんなデンジャラスなドキドキはいらねえよ!」

どんなプレゼントなのかと期待で胸を膨らませるドキドキではない。この中身は一体何だろうという恐怖に満ちたドキドキ感だ。

「なに言ってんの。そんなの一緒にしちゃえばわかんないって」
「混ぜるな危険ー!」
「でも政宗にそこまで期待されちゃあ、やっぱり今年もおでんネタで責めるしかないのかな。あ! 今年は無理やりおでんケーキを食べさせるってどう? 去年は結局食べてくれなかったから、今年こそは!」
「政宗を殺す気か? ンなもんあいつが素直に食うわけないじゃん。
「だから無理やりって言ったじゃない。顔面をケーキに叩きつければ一口くらいはイケると思うの」
「ああ、テレビでよく見るパイ投げ的なアレか」
「面白そうじゃない?」

ニヤリ、と楽しい悪だくみを誘う彼女の笑顔は黒い。それに触発された成実は、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ想像してみた。

「……ちょっと成実、顔の筋肉が微妙に緩んでるんだけど。いま面白そうかもって思ったでしょ?」

成実は緩んでいた頬を引き締め、己の中に過った甘い誘惑を振り払うかのように大声をあげた。

「お、思ってねえよ! 俺は華那と違って誕生日に嫌がらせをする趣味はない。なによりそんなことをしたら後が怖いんだぞ!?」
「でも去年は……なんとか生還できるレベルだったじゃない」
「それは華那の場合だけ。政宗はとにかく華那に甘いから……他の奴らなら生還できねえレベルの報復が待ってんだってば」

あの後は酷かった。華那が帰宅してからというもの、政宗はそれまで必死に抑え込んでいた怒りを爆発させたのだ。視界に入った人間を手当たり次第殴りにかかったのである。屋敷が血の海に染まった瞬間だった。そのときの光景を思いだそうとしただけで身体がみっともないほど震えだす。

「………とにかく今年は普通に! 普通に楽しい誕生日をやること、いいな?」
「えー……それじゃあつまらないよ。じゃあ、特製おでん風呂に政宗を突っ込むあたりで妥協するから」

お願い! と掌を合わせて頭を下げる華那に成実は頭を悩ませた。そこまで政宗に嫌がらせしたいのかこいつは!

「却下っ! むしろこっちのほうがもっと性質が悪いじゃん。そもそもおでん風呂って何なのさ?」
「文字通りおでんのお風呂。浸かれて食べれて一石二鳥」

どや顔で迫る華那に、成実は両手でバツのサインを出した。

「それは大量のおでんの具と汁が必要っぽいので却下」
「そっか、なら仕方がないね」
「そういう理由ならあっさり引き下がるんだ!?」

もう少し粘ってくると思って構えていたのに、なんだか拍子抜けだ。

「だって大量のおでんが必要になるってことは、その分かかるお金も多いってことでしょ。さすがに成実がお金で苦労していること知っているから、無理強いはできないよ」
「え? 華那の中では、もしかして俺がお金を出すことになってた? 俺お金を出すなんて一言も言ってねえよな?」
「言わなくても私には成実の気持ちくらいわかるから……」
「嘘つけ! あと何故か無駄に慈愛に満ちた眼差しでこっち見るな。ふう……華那に任せたら今年はもっと酷いものになりそうだから、今年の誕生日は全面的に俺が仕切る。文句は言わせないからね」

子供のように頬を膨らませる華那に成実はぴしゃりと言ってのける。

「ふくれっ面しても駄目」
「成実酷い! 彼氏の誕生日を特別なものにしたくて頑張っている健気な彼女を、応援しようとは思わないの!?」

瞳を潤ませて迫る彼女の顔面に、成実は掌を向けて拒否の姿勢を取った。

「嘘泣きも駄目だからね。あと誰が健気だって?」
「しょうかがないわね。こうなったら最後の手段ッ!」

言うが早いか、華那は成実に強烈な一撃をお見舞いした。あまりの痛さに成実は一瞬呼吸ができなくなる。殴られた腹部を抑えながら、身体をくの字に折った。

「ゴフッ!? ……は、入った。見事なボディブローが俺の鳩尾に……!」
「最後の手段といえばやっぱりコレ。力で物を言わす的な?」
「……それでも、だ、め……だから…ね……!」
「チッ! 今日はやけに強情だなァ」
「と、とにかく政宗の誕生日祝いは俺が決めるからね! 華那は何もするなよ?」

それもこれも政宗の安全のためだ。事情を話したら伊達組のみんなも納得してくれるだろう。華那には悪いが、去年の惨劇を二度と繰り返さないためにも、彼女には何もしてほしくなかったのだった。

政宗の誕生日当日。屋敷で誕生日会に呼ばれた華那は、成実から何もするなと言われたとおり手ぶらで来た。彼女の姿を目撃した政宗は、サッと視線を反らした。

「どうしたの政宗。三日前から変だよ? 妙にギクシャクしてるっていうか、私のこと避けてない?」
「い、いや……そういうわけじゃねえけど」

そういうわけではないと言うわりにはあからさまに視線を反らしたし、歯切れも悪い。

「今年もまた何か仕掛けてくるつもりじゃないかって警戒してるんだよ、政宗は」
「成実テメェ、何言って……!」

やれやれといった呆れた声色の成実に、政宗が鋭い声で叱責する。が、成実はそんな政宗などお構いなしに話を続けた。

「だって本当のことじゃん。三日前から華那のこと警戒してたくせに。今年は一体どんな誕生日プレゼント……もとい、嫌がらせをしてくるつもりなんだって俺に訊いたのはどこの誰だよ」
「それは色々と……心の準備をだな!」
「へえ……私のこと、警戒してたんだ?」

華那は笑っているつもりだろうが、目が笑っていなかった。黒いオーラを放つ不気味な笑顔に政宗と成実の身体が震えだす。

「ま、でも安心して。今年は何も用意してないから」
「何も……?」
「うん、何も」
「お前……彼氏の誕生日に何も用意してないってぬかしやがるのか!?」

彼氏の誕生日会に手ぶらで現れるなんて信じられないというほどの驚きっぷりだ。じゃあ一体何しにここへ来た。タダ飯を食らいに来ただけか!?

「私も用意しようとしたんだけど、成実に何もするなって念を押されちゃってね。好きな人の誕生日だから、何か特別な物を用意しようとしていたんだけど……ごめんなさい」
「成実……歯ァ食いしばれ……!」

下を向きながらバキバキ指を鳴らす政宗に成実は咄嗟に声を上げた。華那の言い方には明らかな悪意が感じられる。成実が政宗に殴られるよう仕向けた言い方だ。そんな理不尽なことはない。こっちは政宗の安全のためを思っての親切心からの行動だというのに、誤解されたままでは腹が立つ。

「ちょっと待った。華那のその言い方じゃ、俺の言おうとしていることの半分も通じてねえぞ!? 華那もわざとらしく悲しそうに言うな、誤解されるだろ! もう誤解されたっぽいけどさ!」
「そうか、今年の嫌がらせは華那じゃなく成実、お前だったんだな……。そりゃあ華那のことを問い詰められても知らないって言うしかねえよな。華那は最初っから何も用意できなかった、お前のせいでな」

成実の言うことなど最初から耳に入っていないのか、政宗は勝手に話を完結させようとする。成実は更に慌てた口調で捲し立てた。

「だから誤解だっつーの! 頼むから指をバキバキ鳴らしながらこっちに来るな。しかもわざとらしく一歩一歩ゆっくり近づいてきやがって! 絶対にわざとだよな? 俺の恐怖心を煽るためにわざとゆっくり近づいてきてるだろ!?」
「もういい、喋るな」
「俺は政宗のためを思って華那に何もするなって言ったんだぜ!? もし俺が華那の好きにさせてたら、お前今頃おでんの風呂に浸からされていたり、更に進化したおでんケーキを食わされる羽目になっていたんだからな!」
「…………なんだと?」

政宗の足がぴたりと止まる。いまこいつは何と言った? 政宗にとっては悪夢以外の何物でもないおでんというフレーズが聞こえたような気がしたのだが……。

「華那に任せたら去年より酷い目に遭うのがわかっていたから、何もするなって釘を刺したんだ。政宗がめちゃくちゃ怯えてたの知ってたからさ……。そんな俺の優しさを少しは感じないわけ!?」
「…………成実、悪かったな。まさかそこまで考えてくれていたとは思わなくてよ」
「政宗……!」
「え、これって二人だけの世界ってやつ? 私の存在は?」

すっかり置いてけぼりを食らった華那は内心で舌打ちをした。さっきの流れだと成実を殴って終わると踏んでいたのに、政宗の僅かな良心のせいでそうはならなかったからである。なんと面白くないことか。

「オレは成実のことを誤解していたのかもな。小さい頃から人間型sandbagと思っていたが、実はそうじゃなかったってわけだよな」
「ハハハ。最低なカミングアウトも、今なら笑って許せちゃうよ、俺」
「成実、そこは爽やかに笑って流しちゃ駄目だと思うんだけど。いま政宗は人として最低なこと暴露したんだよ? あんたのこと友達以前に人間として認識してなかったって言ったんだよこの人」

いくらなんでもそこは寛容に許してはいけないだろう。華那は成実の肩を掴み激しく揺さぶった。しかし成実は不自然なまでに爽やかな笑顔を浮かべたままである。

「てなわけで、気を取り直して政宗の誕生日を祝らせてもらうよ。まずは去年のリベンジ。誕生日ケーキだね。今年は俺が作ったんだ」
「え、成実って料理できたっけ?」

成実が料理をしている姿を見たことがないだけに、政宗と華那は揃って眉を顰めた。以前文化祭の出し物でお菓子を作っていたのを見たことがある程度である。あのときはまあまあ美味しかった。

「まさか。俺はあんたら二人と違って料理はサッパリ!」
「自信満々で言うセリフじゃねえだろ! なに鼻を高くしてんだ!」
「そうだよ、むしろ痛々しい!」
「なに二人とも慌ててんのさ。料理ができないやつでも、ケーキくらいそれなりに作れちゃうもんなんだって。ケーキなんてスポンジの周りにクリーム塗りたくるだけで、ケーキっぽくなるんだからサ」

政宗と華那は成実の肩を掴み、首を横に振った。

「成実、悪いことは言わねえから全国のpatissierに土下座しろ、今すぐ」
「で、これが用意したケーキ。じゃーん、どうだ!?」
「どうだって言われても……なにこれ? これがケーキ?」
「どう見てもケーキだろ?」

ケーキと言われてもこれは本当にケーキと呼んで言いのか微妙だった。二人には白い塊の何か、としか認識できない。真っ白な生クリームがこれでもかというほど山盛りになっていて、クリームの下にスポンジがあるのかすらわからないからである。おまけにフルーツもなければロウソクもない。しかしこれはこれで何かを彷彿とさせるのだが、一体それが何かわからず華那は首を捻った。

「でもこれ、どこかで見たことがあるような……何かを彷彿とさせるのはどうしてかしら?」
「そんでもって俺からの誕生日プレゼントは……よっこいせっと」
「へっ!? ちょ……成実!? なんで急にケーキを持ち上げたの? そして持ち上げたケーキを私に向けてるのはなんでかなァ……!?」

ケーキ(?)を自分の肩くらいの高さまで持ち上げだした成実に、華那は無意識に一歩後ずさった。成実の目は明らかに自分を狙っている。だってわかるもん、獲物を狙う政宗の目つきと同じだもん! さらには決まってこういう目をしているときの政宗は性質が悪い。ということは成実ももしかして……。華那の脳裏に最悪な事態が過る。

「お、落ち着こう。落ち着こう成実! それじゃあまるでただのパイ投げだよ!? こういうのは今日の主役に向けてやるものであって、私に向けるものじゃないよね!?」
「問答無用!」
「うわっ!?」

華那の制止の声も虚しく、成実は容赦なく彼女の顔面にケーキ(?)をぶつけた。ケーキが潰れる生々しい音が部屋中に響き渡った。

「おーおー。こりゃ酷えな。華那の顔が生creamで真っ白じゃねえか」

政宗は心配するわけではなく、顔中生クリーム塗れの華那を見て楽しんでいる様子だ。彼は彼女の顔についている生クリームを指で拭いとると、そのままぺろりと自分の口に持っていく。クリーム自体の味は悪くない。

「これが俺の誕生日プレゼント。政宗専用特製ケーキってわけさ」
「はいぃ!? ケーキは私にぶつけて跡形もないじゃん」
「だーかーらー。華那がケーキなんだよ。ちゃんと生クリームも付けただろ?」
「なにそれ!? 冗談じゃない、政宗に食われてたまるもんですか」
「でも政宗は食べる気満々みたいだよ?」
「成実にしては最高の誕生日presentだな。じゃ、お言葉に甘えて頂くとするか……。にしてもなんかエロいよな」

どうぞどうぞと勧める成実に華那は悲鳴に近い声を上げた。もはやここは敵陣の真っただ中。味方は誰もいない。この状況を打開するための方法は自分で見つけなくてはいけない。

「どうぞ、じゃない! ちょ、どこ触って……くすぐった……ってうっぎゃー!」

誕生日おめでとう政宗。成実のそんな呟きは華那の悲鳴で掻き消されたのであった。

完