短編 | ナノ

最初で最後のジュパンセアトワ

音城至華那の親友遥奈は、非常に頭が切れることで有名である。成績は常に上位で、よく政宗と首位争いを繰り広げているくらいだ。彼女が有名な理由は何もそれだけではない。その知性の他にも、女ですらおもわず惚れ惚れする美しさを持ち合わせているからである。

だが美しさを保つための努力は忘れていない。食事制限から運動まで、鏡の前で常に美を追求するくらいだ。遥奈いわく、ここまでになるのにどれだけ色々なものを我慢し、努力したと思っているの、である。良く言えば涼しげな、悪く言えば冷徹な印象を与える彼女の美貌もまた、男女問わず噂の的になるには十分なものだった。女の子らしく華奢でか弱い印象を与える彼女の容姿に、「自分が守ってあげないと!」と思う生徒も少なくない。

しかしそれは遠くから見た人間の感想である。彼女の本性はそれらのイメージを覆すほどのものなのだと、例えて言うなら核爆弾並みの威力があるということを知る者は非常に少ない。第一に口が悪い。思ったことはピシャリと言って、しかもその全てが大抵的を射ているため反論の余地を与えないのだ。その達者な口さえあればどんな世界でも生きていけるだろうと思わせるほどである。

そして二つ目。それは彼女自身悩みの種と化しているのだが、好きなものにほど素直になれないという天邪鬼な性格である。そう、遥奈はただのツンデレなのである。

「………ねえ、遥奈って本当に元親先輩と付き合っているのよね?」
「なあに藪から棒に。なんで今更そんなこと訊くのよ?」

いきなりこんな質問をぶつけてきた華那に、遥奈は心底鬱陶しいという態度で応えた。華那とて確かに今更だと思う。遥奈が一学年上の長曾我部元親と付き合っているという話は、この学校に入学してしばらく経った後に、元親の幼馴染である毛利元就から聞いていたからだ。

つまり今から一年以上も前に聞いた話を、今更確認するのはどうかと思う。が、華那は二人がそういう関係らしい姿でいるところを見たことがなかったのだ。例えば手を繋ぐ姿や抱き合っている姿、イチャついている姿でもいい。何か恋人同士らしい光景を一つでも目撃すれば信じられるのだが、一年以上も経っているのに未だに見たことがないという話もおかしいというもの。

以前休日に何度かデートをしている光景を遠目から目撃したことがあった。しかしあれはデートというより、ご主人様と下僕というかただのパシリというか、要は全くデートっぽく見えなかったのである。華那が目撃した光景とは、沢山買い物をする遥奈の荷物を、元親がただ持ってあげていたというものだ。あれに甘い空気など微塵もなかったと、今でもはっきりと断言できる。

「じゃあ訊くけれど、遥奈ってどうやって元親先輩をデートに誘うの?」
「決まっているじゃない。買い物するから荷物持ちなさいって声をかけるのよ」
「その誘い方のどこがデートだ!?」

明らかに間違っていると言わんばかりの態度を崩さない華那に、遥奈はムッと口を尖らせる。少なくとも華那に言われたくない、遥奈は心底こう思った。恋愛に関して奥手な親友にだけは、色気より食い気の子供にだけは恋愛について指図を受けたくない。遥奈のプライドが許さないのである。

「そうは言うけれど、私って意外と一途なのよ?」
「ウソだ。絶対にウソだ……」

***

「元親先輩も大変ですね。あそこまでツンデレだと扱うの大変じゃないですか? だってデレがないんですもん。ただのツンツンですよ?」

放課後の屋上で、華那は先ほど遥奈と話した内容を元親に説明した。一通り話を聞き終えた元親は思わず苦笑を漏らす。確かに大変なのかもしれないが、元親と遥奈は実に小学校時代からの付き合いであるため、元親からすれば今更と感じることだった。こういった関係になったのはまだ一年と少しだが、それでも互いの扱い方を心得るには十分な時間が二人にはあった。

「それに遥奈ったら自分が意外と一途なんて言い出すんですよ。あれのどこが一途なんだか……」
「いーや、遥奈の言うとおりアイツは結構一途な女なんだぜ?」

まさか元親まで遥奈が一途だと言うとは思っていなかった華那は、おもわず目を丸くさせてしまう。驚愕の表情を浮かべているその顔が、「どこが一途なの?」と訴えかけてくる。元親は言ってよいものかとしばらく迷ったが、この場に遥奈がいないことをいいことに、「実はな……」と話を切り出した。

「遥奈が勉強得意なのは知っているよな?」
「ええ、そりゃもう。昔から勉強はできるほうだって本人が言っていましたよ」
「ならなんでそんなに頭がいいやつが、この学校に進学したんだ? 遥奈くれェの成績となりゃもっと上位の高校だって選べたはずだろ」

言われてみれば確かにそうだ。ここ婆娑羅学園の偏差値は低くはないが、それほど高くもない。遥奈ほどの成績上位者であれば、もっと偏差値の高い学校に進学するのが当たり前である。この学園に他の高校にはない特別なカリキュラムがあるわけでもない。これといった目立った特色もない高校を、遥奈は何故選んだのだろうか。

「遥奈がここを受験するって言ったときはそりゃあ反対の嵐だったらしいぜ。学校の教師や塾の講師、遥奈の親までもが反対したって話だ。でも遥奈はここ以外受けるつもりはないってきっぱりと断言したんだと」
「な、なんで……?」
「その理由は俺の中学卒業式で本人に直接聞いたぜ。なんでも惚れた男がここに進学したから、自分もそいつと同じ高校に進学するんだと。そいつと同じ高校に進学して、野郎に会いたくて追いかけてきましたって伝えるんだって張り切っていたな」

元親の言葉に華那は息を呑んだ。遥奈が言ったその好きな男というのはもしかして……。じっと元親の顔を凝視していたら、さすがに彼も照れたのかポリポリと頭を掻きだした。

「当時の俺はそりゃあショックだったぜ。なにしろその頃から俺は遥奈に惚れていたからなー」

まさか元親がそんなに前から遥奈を好きだったとは知らなかっただけに、華那はさらりと言ってのけた彼の言葉に驚きを隠せずにいた。もしかして、さっきの言葉は無自覚から出たものなのだろうか。普段の元親なら恥ずかしくてこんなことを言えるはずがない。

「そしたら一年後、ひょっこりと俺の前に遥奈が現れたんだよなー。勿論この学校の制服を着てだぜ。なんでここにいるんだって思っていたら、いきなりあいつ……」

貴方にもう一度逢いたくてここまで来ました―――なんて言いやがったんだよな。

「………うそん」

華那はそれ以上何も言えなくなってしまった。つまり遥奈が言っていた好きな人というのは他ならぬ元親のことで、彼女は元親に会うために学校や親の反対を押し切ってこの学校に進学したということになる。ただ好きな人に会うため、それだけのために。

私って意外と一途なのよ? 先ほどの遥奈の言葉が頭の中で響く。確かにその通りだったと、元親の話を聞いてしまった後では認めるしかない。好きな人を追いかけるなんて、それこそ一途ではないと真似できない芸当である。おまけに遥奈は知ってのとおりツンデレだ。思ったことを、伝えたいことを、好きな人に言うということ自体彼女には難しいと言える。

どんな想いでありったけの想いを伝えたんだろう……。きっとものすごく緊張したに違いない。そんな遥奈の姿を想像しただけで笑みが零れた。

「……そうですね。確かに遥奈は一途です。そして、とっても可愛い女の子です。元親先輩は幸せ者ですね」
「だろ?」

華那のこの言葉が、まるで自分のことのように嬉しかったのだろう。元親は幸せそうな笑顔を華那に向けたのだった。

完